その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は大村敬一さんの『 ファイナンスの世界史 金融技術と金融ビジネスの歩み 』です。
【はじめに】
「ファイナンス」という研究分野が確立されたのは、学界の成立から見ると、アメリカファイナンス学会(AFA)が創設された1939年となりますが、AFAは、日本でいえば日本金融学会も含めた広範な分野を対象としていました。したがって、「ファイナンス」をより狭く捉えると、アメリカでも「現代ファイナンス」と呼ばれる分野の研究が芽生えるのは1950年代以降といえます。
ちなみに日本を見ると、AFA創設とほぼ同時期の1943年に日本金融学会が創設されていますが、これは銀行中心の相対型金融に偏った日本の金融システムの特異性を反映して、銀行行動や金融政策を主たる関心としていました。
その関心の多くは銀行の貸付行動とそのコントロールでしたから、ファイナンスのなかの一部の分野にかなり偏っていました。当時は「ファイナンス」という名称自体が一般的ではありませんでしたが、対外的には、一応、「日本版ファイナンス学会」だったといえます。
当時(国内での)研究の中心は、戦後の保護金融行政のもと、その合理的な行動理論もなかなか登場しなかったこともあって、どちらかというと、歴史、規制・制度研究が中心でした。国家の庇護のもと、銀行は政策金融の担い手として非価格競争のなかで機能してきたこともあり、金融ビジネスの合理的な行動とそれによる価格決定を議論する理論的土壌が育っていませんでした。
理論的な研究といえば、経済学の延長線にある「貨幣論」と呼ばれるマクロ金融理論が中心であり、そこでの主たる関心は、金融政策と関連性のある「利子と物価」でした。この分野は、ミクロ経済学を基礎とする現代ファイナンスの主たる関心というよりも、むしろマクロ経済学の関心でした。
これに対して、日本ファイナンス学会(NFA)は、アメリカで誕生した現代ファイナンス研究を主たる関心として共有する本邦初の学会ですが、その創設は1993年なので、かなり遅れて発足しています。
当時は、まだ「ファイナンス」という用語自体が一般的ではありませんでした。日本での偏った「金融」が先入観として広がっていたことから、あえて差別化する意図もあって、組織名をカタカナにしましたが、それは、銀行中心の伝統的でしかも制度研究であった「金融」を超えた議論の場とすることを目的として立ち上げられたからでした。
通常、「現代ファイナンス」として既存の「金融論」と区別することが多いのですが、その場合の現代ファイナンスでは、金融取引を構成するミクロな経済主体による合理的行動と市場の効率性を前提に、そのあるべき(均衡)価格を決定し、それによって資源の最適配分を考えます。
そのときの主たる経済主体として教科書で提示される代表は以下の3者です。すなわち、有利な生産機会に恵まれないために所得>支出となって恒常的に資金余剰となる主体であり、最終的に富の保有者である「家計」。有利な生産機会に恵まれているため、恒常的に資金不足となる主体であり、そこから実物価値を生む「企業」。そして、この代表的な2主体間での富の効率的な移転を促す機能を果たす「金融ビジネス」。これらを軸に構成されます。
簡単にいえば、ファイナンスとは、恒常的な赤字主体である企業が、金融ビジネスを経由して、恒常的な黒字主体である家計の余剰資金を調達して経済の価値を高める、その一連の機能を構成する主体の行動や市場の分析といえます。これを(狭義の)ファイナンスと呼ぶこととします。本書では、厳密性にこだわらず、ファイナンスでコアとなる資金の調達と運用と、それに関わる金融ビジネスの歴史的な歩みを中心に整理することとしました。
ただし、決済機能と(狭義の)ファイナンスは深く関係し合っています。歴史上での金融技術革新というと、どうしても、通貨・為替、手形・小切手など決済機能のほうが先に頭に浮かびますが、その歴史となると古代までさかのぼらなければなりません。そのような歴史書はすでに存在していますし、かなり詳細な内容となります。本書ではそのような紙幅の余裕はありません。決済機能は、「(広義の)ファイナンス」の一分野ではあるのですが、本書での関心の主たる対象から意図的に外しています。
このように整理したうえでも、『ファイナンスの世界史』となると、その対象はかなり広くなります。限られた紙幅のなかで整理するとなると、どこに焦点を合わせて議論を展開すべきなのか、たとえば、どの時代、どの地域、どの金融ビジネスに主眼を置くのか、制度的な面から整理するのか、事象や事実を列挙しながらするのか、技術面や理論面での発展を整理するのかなど、課題だらけです。
少ない紙幅のなかですべてを盛り込むのは困難なように見えますが、これらは互いに関連し合っており、独立に論じたのでは本書の目的と異なってしまいます。これらに対応するうえで、本書では、いくつかの工夫をする一方、やむなく断念という妥協もしています。また、筆者は歴史家ではありませんので、史実について個別・詳細に分析することを目的としてはいません。ファイナンスの理解のなかに「歴史を通しての視点」を持ち込みたいというのが願望でした。この前提のうえでですが、ファイナンス自体が頑健な定義もされていない分野ですので、守備範囲を決めなければなりません。
本書では、中世までさかのぼって、(狭義の)ファイナンスを中心に主たる2つの機能、すなわち、調達面と運用面の機能について歴史的歩みを、金融イノベーションの視点から整理していきます。
舞台の中心は、中世ヨーロッパの商業革命では、地中海沿岸のイタリア諸都市、北海沿岸のハンザ同盟都市と内陸で開催される定期市、また、近世に入ってからの重商主義時代では、ポルトガル、スペインといった大西洋沿岸諸国、オランダ、そして、近代の幕開けとなる産業革命以降のイギリスに移り、20世紀になると、アメリカを中心として構成されています。
実は、各章をどのように配列するかは悩ましい点でした。各章は、基本的に、ファイナンスの歴史において重要な一コマとなる出来事、市場変革、そして、金融商品の誕生などを中心に構成されますが、そこでは、その主題(テーマ)の誕生・由来からその発展経過にまで一応ふれますので、カバーする時代が幾世紀にまたがることもあります。各章で中心となるテーマが活発に展開された時代を一応の軸として(不完全ではあるのですが)、ひとつのテーマ(制度、機関、商品、システムなど)を章としてまとめて扱ったため、その時期が世紀をまたぐような場合もあり、時代の流れが前後することがあります。章によっては、古代から現代まで扱っていることもあります。
また、ファイナンスの歴史となると、どうしても欧米となりますし、特にファイナンスが脚光を浴びる近代以降の舞台となると、アメリカが中心となってしまいます。参考として、日本での事情についても、(かなり遅れた場合を含めて)関連する範囲で章の最後に加えるようにしました。
このような構成面以外にもあらかじめ断っておかなければいけないことがあります。それは地名や人名の表記に関するものです。本書は読みやすくするために、本文中の地名・人名については、カタカナ表記となっていますが、その表記法はかならずしも統一されていません。
地名については、たとえばヴェネチアはラテン語読みで、英語でのカタカナ表記はヴェニス、あるいは、ベニスが一般的です。本書では、(迷いましたが、)ヴェネチアを採用しています。国名では、オランダはオランダ語読みではホラントかネーデルラント、英語ではネザーランドとなりますが、日本ではオランダが一般的なのでこれを採用しています。
人名もかなり厄介です。コロンブスはラテン語読みで、イタリア語読みではコロンボ、スペイン語読みだとコロンです。英語読みではコロンバスかコロンブスとなりますが、本書では一般的な後者の表記を採用しています。このように、表記については一貫性よりも慣れていてわかりやすいものを採用しています。
そのほかにも、たとえば名誉革命でメアリー2世とイングランドの共同王となったオランダ総督のウィレム3世は、即位前はオランダ語読みのウィレムとしていますが、イングランド王となって以降は、区別する意味から英語読みのウィリアムと表記しています。
また(現代)ファイナンスといえば、数学や技術などテクニカルな内容に偏りがちなイメージがありますが、ファイナンスについて、むしろ、機能面からその創意や工夫等対応の歩みを概観することで整理しようとしています。多くのファイナンスの書物が難解な理論で一杯の専門書、あるいは、馴染みのない金融技術や金融商品の解説で溢れる金融担当者のためのハウツー本であることの閉鎖性を解き、身近でベーシックな位置付けを与えるというのが希望です。
とはいえ、ファイナンスの歴史を議論するうえでファイナンス理論や金融技術、金融商品の知識は一定程度不可欠です。最小限の内容、たとえば、ポートフォリオ理論については補章としてその概説を加えています。しかし、さすがにオプション理論となると、(その考え方や応用商品などが多く登場しますが)入門レベルに抑えてもはやはり難解すぎるため、(筆者の専門分野なのですが、)説明に要する紙幅上、省かざるを得ませんでした。
その登場以降に開発されたデリバティブ関連の金融商品や取引手法は膨大で、その影響も極めて重大ですから、その意義や歩みについてまったく扱わないというわけにはいきませんが、商品性など技術的な内容は複雑すぎるのでできるだけ簡略化しています。
理論的解説は最小限に抑えたつもりですが、それでもやはり難解という読者、すでに学んだことのある読者はスキップしていただいて構いません。しかし、関心のある方には拙著を含めて利用可能な解説書を参照いただければと思います。
なお、内容は、歴史的事実とその解釈について膨大な数の著作(著書、論文等)に基づいていますが、本書の性格とやはり紙幅の関係から、具体的な数字など特に信憑性が問われる箇所以外では、出所をその都度注記することをしていません。
以上、かなり言い訳が多くなりましたが、本書はファイナンス分野からのひとつの試みです。歴史上の事象をつまみながらファイナンスの発展とその機能を整理したものとして読んでいただければ幸いです。
最後になりましたが、本書の執筆と『証券論』(有斐閣)の改訂が並行したこともあり、共著者の俊野雅司成蹊大学教授との議論が参考になりました。また、本書の発刊にあたり、担当いただいた日経BPの堀口祐介氏には、コロナ以前に声がけしていただいたにもかかわらず、脱稿まで長期に及んでしまいました。この場を借りて、心よりお礼申し上げます。
2025年6月
大村敬一
【目次】


