その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は野中賢治さん、梅村太朗さんの 『マッキンゼー 新規事業成功の原則 Leap for growth』 です。

【はじめに】 新しい事業の創造に取り組む全ての皆さんに

 この数年で、新規事業に関する質問を受ける機会が格段に増えてきています。「新規事業を立ち上げたのだが規模が小さいものばかり」「これまでの延長線上のやり方ではうまくいく気がしない」「独自な技術があり引き合いもきているが大きな事業になる道筋が見えない」などという経営者の嘆き。
 「3年目から黒字化、と言われると目先のキャッシュを稼ぐだけの小粒な事業になってしまう」「投資をする度に、何も知らない関係者も含めた承認のために会社中を駆け回らないといけない」といった、現場のリーダーたちの焦燥の声もよく耳にします。もしこのようなコメントに心当たりがあるようであれば、ぜひこの本を手に取っていただきたいと思います。

 これまで、起業を支援するような書籍は世の中に数多くあったのですが、これらは必ずしも大企業を主語にした新規事業の立ち上げについて、正面から取り上げているわけではありません。既存の事業があるからこそ持っているアドバンテージをどのように活かすのか、また一方で既存事業があるが故のチャレンジをどう克服するのか、といった大企業ならではの視点が通常のスタートアップとは大きく異なるからです。
 一方で、新規事業を成功させる確率を上げるための処方箋に関しては、この10年ほどで知見が急速に集積し始めています。今回は、これまでに数千の新規事業構築を支援してきたマッキンゼーの知見を総動員して、企業の将来を左右するこのテーマの疑問に答えていきます。

企業存続をかけた戦い

 ところで、なぜ今、多くの企業が新規事業の構築に躍起になっているのでしょうか。これは、日本企業だけに限ったことではありません。欧米主要国のみならず、アジア各国や中東の多くの企業、それも大企業を中心に、新規事業構築に向けた取り組みが活発になっています。それも、新規事業の立ち上げに大規模な設備投資やM&Aなどの投資を組み合わせることで、次世代の大きな事業の柱を構築していくという動きが主流になりつつあり、むしろ、日本国内の企業は一周遅れの感さえあります。

 マクロな背景としては、企業が成長していく手段が行き詰まってきていることがあります。企業の成長の手段は至極簡単に言ってしまうと、3つしかありません。既存事業でシェアを伸ばす、事業買収などM&Aを活用する、そして、新しい市場・事業を作る、です。

 競合もしのぎを削っている中で、一社だけがシェアを急速に拡大するのには限界があります。また、世界的な金融緩和が続いて資金が飽和状態にある中で、事業買収による成長は、非常に高くつくようになってしまいました。のれん代を考えるとよほど厳選した買収をしなければむしろ重荷になってしまいます。
 その一方で、多くのスタートアップや新興企業が、目新しい事業モデルを武器に急速に成長しているのを横目で見ると、「彼らにできて自分たちにできないはずがない」と大企業が思ってもおかしくありません。

 そして、近年その傾向が一気に加速しました。一つの理由はやはり新型コロナ禍です。これまでも少しずつ広がってきたリモートワークや遠隔診療などのデジタルサービスの浸透が急加速しています。新型コロナ禍で新たなトレンドが生まれたというよりも、変化のスピードが10倍速になったことが特徴です。
 もう一つは、サステナビリティをはじめとする新しい価値観が広まり、それが企業の競争ルールを大きく変えようとしていることが挙げられます。欧州各国を中心に導入が拡大している炭素税などの施策によって、これまでの収益源が一気に吹っ飛んでしまう可能性もあります。一方で、「グリーン・スチール(再生エネルギーを活用して精製される鉄)」など、これまでのルールでは到底収益化できなかった事業でも、十分に採算が取れるようになります。また、IoT、AIなどのテクノロジーも成熟度を上げてきています。第四次産業革命と呼ばれている地殻変動が一気に多くの企業を目覚めさせました。

 皆さんの会社はこの流れと無縁でいられるのでしょうか。答えは明確だと思います。マッキンゼーが過去30年間にわたり企業の成長性と事業価値についての関係を調べた調査によると、一般的な上場企業の生存率は、継続的に成長をするメカニズムを備えた企業に比べると5割低いことがわかっています。買収されたり、会社を分割されたり、市場からの退出・撤退を余儀なくされます。成長をしない企業は文字通り淘汰されていきます。

死の谷をなかなか越えられない

 その中で、日本企業の多くはその潜在力にまだ気づいていないように見えます。少なくともそれを活用しきっているとは言えません。例えば、日本の製造業のR&D部門が持っている技術には、目を見張るものが依然として数多くあります。米国、中国に次ぐ巨額の研究開発費用が、大学や公共セクターではなく、民間部門、特に製造業セクターの大企業に集約されている、というのは、日本ならではの特徴です。
 また、小売り企業や金融機関などが保有している、ユーザーや顧客の属性情報や行動情報なども、その精度や情報の質の高さには驚かされます。大企業が持つ優秀な人材、顧客ネットワーク、また、付き合いのあるパートナーたちなど、少しソフトで目に見えにくいものも実は大きな価値を持っています。「水や空気のように当たり前」になっているこのようなアセットが実は新規事業にとっては大きな強みになります。

 ただ、残念ながら、日本の大企業で新規事業を継続的、かつ一定水準以上の規模に拡大し、企業価値を大きく高めるに至った企業はごくわずかにすぎません。これほどの宝の山を持ち腐れにするとは何と勿体ないことでしょうか。本書の中でも具体的に解説していきますが、日本企業の新規事業の成功を阻む以下の課題が明らかになっています。

課題1 十分な資金投入をしない

 数十億、数百億の設備投資はどんどん進めるのですが、新規事業に関してはまずは(そしてずっと)小さく投資をして様子を見よう、という傾向が多くの企業で見られます。取締役会でも、社外取締役をはじめ、過去に経験したことがない投資には慎重になりやすく、「本当に成功するのか」と念押しをされて追加投資がなかなか通りません。結果的に、後発企業に抜き去られてしまったり、市場が盛り上がった後に本格的に参入したり、と本来一番良いタイミングで成長できなくなってしまいます。

課題2 優秀な人材を率先して送り込まない

 新規事業で活躍するような人材は既存事業でも当然活躍しています。担当部門長も自分の組織から出したがりませんし、本人も積極的に自らのキャリアを新規事業に賭けていくことは避ける傾向があります。果敢に挑戦して万が一にも(実際はそれ以上の確率です)事業がうまくいかなかった場合に、評価されないどころか、昇進の目が摘まれてしまいます。
 また、一度キャリアに傷がつくと出世ルートから外れてしまう、という傾向も依然として存在します。結果的に、優秀な人は成功している事業にしか配属されない、という現象が起こります。

課題3 既存事業と同じ事業管理をしてしまう

 多くの企業で、新規事業を既存事業と同じ感覚で事業を管理してしまうことがよく見られます。既存事業に対する投資回収と同様の基準、例えば「3年目には黒字化」「既存事業への設備投資と同様の投資回収」などと言われてしまうと、新規事業担当者は大型の投資を避けて、小粒だが利益の出るような事業を志向します。これではスケールを持った事業を作るのは難しくなってしまいます。

課題4 既存部門が助けてくれない

 社内の販売網を使って新しいサービスを販売しようとしても、思ったように協力してもらえないことのほうが多いように見えます。また、新製品の試作品を既存の工場で製作しようとしても断られた、というような話は日常茶飯事です。営業担当は既存の商材を売ってこそ評価に繫がり、工場長も事業部門から依頼された注文に対応することがKPIになっており、新たな負担が加わることを避ける傾向があります。

課題5 自前にこだわりスケールが出ない

 日本企業の多くは、全て自前で事業を立ち上げることを無意識のうちに前提として事業構築を行っているように見えます。もちろん開発や生産、販売の一部などは外部の活用を当初から織り込む場合もありますが、人材、資金などを含め、積極的にまた大掛かりに外部の力を活用することには消極的です。結果的に、事業拡大の時機を逃してしまったり、小粒に終わってしまうことがよくあります。

 これらの多くは、これまでの事業の管理プロセスや人事の仕組み、成功体験から経営陣も現場も抜け出せていないことからきているように思います。
 それを避けるために、既存の事業とは離れた「出島」で新規事業に取り組む企業もあります。ただ、こちらも成功確率という意味ではほとんど変わらないように見えます。本来大企業が持っている様々な資産や強みを十分に活かせず、「離れ小島」になってしまうのです。

成功確率を圧倒的に上げていく

 では、既存企業の強みを活かしながら、新規事業を大きな柱に作り上げていくことは可能なのでしょうか。一見相反するような要素を両立させるだけでなく、昇華させなければなりません。マッキンゼーとしても、数千に及ぶ新規事業構築支援を通じて、その要諦を見出してきました。
 通常、新規事業が成功し、一定のスケールを獲得する確率は2割を切っているのですが、成功の要諦に沿った事業構築を行うことで、その割合を7割近くにまで上げることが可能だと考えています。本書は、これらの経験やアプローチを詰め込んだ内容になっています。

 特に意識したのは、一つ一つの新規事業のアイデアをどのように作り、大きくしていくのか、という新規事業のリーダーたちに向けた実践的なノウハウを含む視点だけにとどまらず、個々の新規事業を一歩引いて全体を見た時に、どのように経営として関わっていくべきか、という経営的な視点も盛り込んだことです。新規事業の立ち上げを一回きりで終わらせるのではなく、継続的に生み出す仕組みを作ることこそが、究極的な目標になります。

 まず第1章では、なぜ新規事業が重要なのか、また、なぜ今それが重要になってきているのか、という「WHY?」について再確認をします。組織の中には、新規事業に対して冷やかな目を向けている人も数多くいるでしょう。経営陣でしっかりと重要性に関する認識を合わせることが最初の第一歩です。
 新規事業が長期にわたって企業の存続のために必要なことと、現在からの今後数年間が特に重要な時期になる可能性が高いこと、について見ていきます。2000年代前半は半導体、2000年代後半からは家電業界が大きな変化の波に飲まれました。そして今、自動車のような日本の基盤産業が未曾有の変化に見舞われています。こうした大きな変化は受け身であれば災難でしかありませんが、大きなチャンスに繫がる可能性も秘めています。

 その上で第2章では、どのような事業を立ち上げていくのか、「WHAT?」についての切り口を紹介していきます。本章においては特に着目すべき4つの変化、具体的には、「ユーザーの変化」「価値観・規制・ルールの変化」「ビジネスモデルの変化」「テクノロジーの変化」を取り上げます。
 サステナビリティ、テクノロジー、など今後の世界のビジネスの潮流を形作るトレンドがいろいろな変化を引き起こします。それが製造業、金融業、小売業などそれぞれの業界にいる企業にとって、どのような事業機会を生み出そうとしているのかを見ていきます。

 ただし、仮に素晴らしい新規事業の機会があったとしても、それだけではうまくいきません。そこで第3章では、新規事業に取り組む時に日本企業が特に陥りやすい「5つの課題」とその背景について深掘りをします。日本企業と海外企業などの比較はもちろん、日本企業の間での比較などもしながら、「5つの課題」をどのように乗り越えていくべきか、についても提案をしていきます。

新規事業の立ち上げ方

 第4章では、日本企業ならではの課題も頭に入れた上で、新規事業を成功裏に立ち上げていくための具体的なやり方、「HOW?」を紹介します。マッキンゼーがこれまで世界中の大企業で毎年数百の新規事業を立ち上げてきた中で、その有効性が実証されているアプローチの主要な部分である、「創造(Ideating)」「構想(Planning)」「構築(Building)」「拡大(Scaling)」の4つのフェーズについて解説をします。

 「創造(Ideating)」のフェーズでは、筋の良い新規事業のアイデアの創出の手法を考えます。大企業にとっての新規事業のゴールはスタートアップとは異なります。次の世代の事業の柱を作っていくことにほかなりません。そのため、伝統ある企業ならではの強みや持っている資産・アセットをどのように活用していくのかについても説明します。このフェーズの中で、数多くのアイデアを選択・淘汰していきますが、その際に見るべき視点についても紹介します。

 「構想(Planning)」フェーズでは、すでに粒の揃ったアイデアを大きな柱として成長させるために必要な計画の作り方を見ていきます。計画は粗すぎてもダメですが、詳細に作り込めば事業がうまく立ち上がるわけでもありません。新規事業の計画を立てる際に見落としてはいけない最低限の要素をしっかりと押さえていきましょう。このフェーズの最後に、製品・サービスの開発に入るのか、それとも先に進めないのか、を決めることになります。

 「構築(Building)」フェーズでは、実際に製品・サービスを開発し、顧客・ユーザーに提供を始めていくという、最もエキサイティングなフェーズになリます。航海に例えると、最初に決めた進路は正しそうに見えますが、海に乗り出すといろいろな困難や課題が現れ始めるので、少しずつ進路を変更させないといけません。実際、この「構築」フェーズの進め方次第で事業が儲かるか否か、がおおよそ決まってしまうのです。特にあとで後悔しないために、事前に確認しておくべきポイントを説明したいと思います。

 「拡大(Scaling)」フェーズは「大きく成功した事業」になれるか「小さくまとまった事業」で終わるか、を決めることになります。多くの企業において、新規事業を立ち上げたものの、中途半端な規模のまま低空飛行を続けてしまうことがあります。拡大するためには、これまでと異なるロケット・エンジンを噴射させなければなりません。このタイミングを逃してしまうと、その他大勢のプレーヤーの一つになってしまうのです。切れ目なく成長軌道を保ち続けるために必要なポイントについて説明をしていきます。

新規事業と組織の関係

 第5章では、新規事業を一歩引いた形で、どのように「ポートフォリオ」として管理していくのか、について見ていきます。個別の新規事業をどのように管理していくのか、また、数多くの新規事業を一連の投資ポートフォリオとして捉え、それらの価値をどのように高めていくのか、を解説します。またここでは、多くの経営者を悩ませる、不振事業の畳み方についても説明を加えてみたいと思います。

 第6章では新規事業の立ち上げを支える組織のあり方を解き明かしていきます。新規事業を長い期間にわたって、継続的に生み出し続け、大きく育てていくことができる組織はどのように作っていけばいいのでしょうか。
 ベンチャーキャピタル(VC)のようにポートフォリオの新陳代謝を加速させる管理のやり方もあれば、次世代の柱を作るために追加のM&Aなども含めて既存事業以上に粘り強く拡大を促していくような組織体制も考えられます。皆さんが舵取りをされている企業にとって、どのような組織体、ガバナンスのあり方が最も望ましいものなのか、考えていきましょう。

 第7章では、新規事業を立ち上げる一連の流れにおいて、また組織設計において、経営者として持っておいていただきたい視点を提案します。経営者は新規事業や推進チームとどのような関わり方をすべきなのでしょうか。また、どのような視点を持ちながら新規事業に関する投資や撤退の意思決定をすべきでしょうか。ここでは、新規事業構築を加速させつつ、経営者自身が不要なブレーキを踏まないようにするためにも、ぜひ意識していただきたい5つの視点を説明したいと思います。

 最後に、「新規事業をめぐるグローバルの動向」ということで、日本のみならず、米欧中をはじめとした様々な地域における大企業の新規事業に対する取り組み方、日本企業との共通点、相違点などについての対談を挿入しています。

 ここまで聞くと盛り沢山に聞こえるかもしれませんが、なるだけ平易に、かつ参考データとなるような資料やコラム、エキスパートとの対談なども織り込んで、実証的でありながら読みやすい内容になるよう工夫をしました。ぜひ楽しんでいただければと思います。

死の谷を飛び越えましょう!

 従来とは異なる手法やアプローチに挑戦しないといけないものが多くあることと思います。その一つ一つは人生を変えるような大ジャンプが必要なものではありません。ただ、新規事業は小さなジャンプを繰り返しながら、大きな飛躍を作っていくものだと思っています。そのような気持ちで本書のサブタイトルに「Leap for growth」という言葉を選びました。マッキンゼーの中でも、新規事業の立ち上げを支援するグループがLeapという名称で呼ばれているのもそういう背景です。

 本書を手に取られた皆さんは、将来に向けてどうにかして会社を変えていかないといけない、という強い思いを持たれているはずです。そんな皆さんのジャンプを手助けするようなきっかけが作れたら、という気持ちでマッキンゼーのメンバー、またアドバイザー一丸となって、この本を書き上げました。
 ぜひ次の時代を切り開く新しい事業を一緒に創造していきましょう。

Let’s Leap!

マッキンゼー・アンド・カンパニー
野中 賢治

【目次】

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