その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は武藤泰明さんの 『マネジメントの文明史 ピラミッド建設からGAFAまで』 です。

【はじめに】Introduction

 経営論と企業論の違いって、何だと思いますか?
 経営論は、書店に並んでいるビジネス書をイメージすればよいでしょう。これらの本は、何を目的に書かれているかというと、「どうすればマネジメントがうまくいくか」。だから、いろいろな企業の成功が紹介されています。ときどき、失敗を語るビジネス書もありますが、その場合は、失敗をいかにして教訓とするか。結局は、うまくいくことが目的です。
 これに対して、企業論は究極的には、企業という仕組み……言い方を変えれば、企業という「発明」や「イノベーション」が、果たして有効なのかどうかを検討しようとします。取り上げる成功や失敗は、経営論とあまり変わらないかもしれませんが、企業論のほうは、うまくいくことを目的としていません。うまくいっていたものがダメになる。もうダメだと思いながら必死にやっていたことがうまくいく。経営論とは異なる次元で、その理由を発見しようとする。場合によっては、成功も失敗も、その企業ではなくて環境のせいだと評価する。経営論ではこれは絶対にあり得ない。

 つぎに、理想の経営はあるでしょうか。結論を先に書けば、ない。だから経営学には数学で言う定理みたいなものがなくて、経済学と違って教科書が存在しない。書店には経営学の教科書ふうのものはありますが、皆中身が違う。
 企業はよく「ゴーイング・コンサーン」だと言われます。理想の経営を追求するというより、環境に適応しようとします。理想の経営というアイデアに意味があるのか、ないのか。そんなことは考えない。否定すらしません。重要なのは、一つひとつ違う、他の企業とは違う自分の会社が、環境にうまく適応していくことです。
 環境に適応しなければならない理由は、環境が変わるからです。環境のほうが変わらなくても、自分の会社の規模が急に大きくなったり(つまり、うまくいっていいことが起きる)した場合にも、相対的に環境が変わっているので、やはり適応が必要になります。『鏡の国のアリス』で、赤の女王は言います。「その場にとどまるためには、全力で走り続けるしかないのじゃ。どこか別の場所に行きたいのなら、せめて全速力の二倍の速さで走らないとならぬのじゃ」。童話の女王にも企業にも、安住の地はありません。
 環境が変われば、企業の実態との間に「ずれ」が生まれ、これを修復するために、適応の苦しみが始まる。うまく適応できる企業と、できない企業があるでしょう。マクロ的には、生物学で言う淘汰が起きるということです。だからどの企業も、意識しているかどうかは別にして「生き残り」をかけて日々を過ごしている。適応の毎日です。適応し続けるので、企業は不断に変化していくことになります。

 3つめです。100年前にうまくいった企業や経営は現代でも通用するのか。この答えは、ほぼノーである。
 企業とは「発明されたもの」、換言すれば、イノベーションで生まれたものです。誰が発明したのかは、わかりません。イノベーションとは過去に存在したモノやアイデアの組み合わせなので、企業は突然生まれたのではなくて、次第に形ができてきたものだと考えたほうがよいでしょう。またそうであるとするなら、20世紀初頭のT型フォードと現在の自動車が違うように、過去の企業と現代の企業は、似ているけれど違うもののはずです。そして、過去から現代にいたる企業の変化は、右に述べたような適応の過程であり、またイノベーションの結果でもあるということができるでしょう。生物は進化し、会社は、おそらく進歩しています。

 さいごに、では現代の企業は、全力で走りながら、これからどこへ行くのか。その解は、たぶん歴史の中にあります。「中にある」と言っても、今の会社のほうが優れている。過去の企業を見ればそこに未来の企業が見つかるわけではありません。歴史の延長線上に未来があると言ったほうがよいのでしょう。ですから、本書は未来のために過去を取り上げます。
 何を見ていくのか。つぎのような感じです。

  • 古代エジプト
  • 古代ギリシア
  • 十字軍とヴァイキングを「ちら見」
  • 神聖ローマ帝国(ハンザ)
  • ルネサンス期のヴェネツィア
  • 辺鄙な英国
  • 諸侯のドイツ
  • 王のいない米国

 この本1冊で5000年を語るというのも我ながら勇気のある行為ですが、そうすることで、見えてくる未来があるのではないかと思っています。

 国内を見渡しても、あるいはさらに海外に視野を広げていっても、お手本になるような会社が、なくなってきたのではないか。そんな気がしているのは、おそらく私だけではないと思います。歴史を参考にすることは、先の見えないこの状況の解決策のすべてではありませんが、きっと、何かがあるはずです。そんな期待をもって、読んでみてください。

2020年8月 著者


【目次】

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