その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は出口治明さんの 『戦争と外交の世界史』 です。

【はじめに】─交易、戦争、そして条約

 少し唐突なことから話を始めますが、人間の文明とはなんでしょうか。ごく大雑把(おおざっぱ)に言ってしまえば、物質的に生活が豊かになっている状態、それに対して精神的に豊かな状態を文化、そのように考えてもいいでしょう。

 生活を豊かにするために必要なことは何かと考えると、それは自分が生きている生態系を自分の力で豊かにすることであると思います。

 山、川、海など、あるまとまった自然環境と、そこに生存するすべての生物で構成される空間の体系を生態系と呼びますが、人類以外の生物は自分が存在する生態系の中にあるものしか利用できない。たとえば蛙が一〇〇〇匹しかいなければ蛇は一〇匹しか生息できない、という具合に。ところが人間は自分の生態系にないものを、ほかの生態系から持ってくる。そのことで自分の生態系を豊かにして生きてきました。たとえば北九州地方は、日本の文明の先進地域でしたが、古代、この地には鉄が産出しませんでした。人々は木材や石器類を農具としていました。耕すにしろ刈り取るにしろ、生産性の低さに嘆いていたことでしょう。やがて彼らは隣の朝鮮半島に、鉄があることを知ります。そこで丸木舟で交易を行い、鉄器を入手しました。おそらく、生口(奴隷)などと交換したのだと推測されます。こうして北九州地方は日本最初の文明地帯となって発展していきました。

 自分が生きている生態系にないものを、よそから持ってくる行為。それは多くの場合、交易の形を採りました。相手を殺して物を奪うよりも、話し合ってお互いに必要なものを交換し合うほうが、はるかに労力が少なくてすむのです。大量殺人兵器のない時代、ほぼ同等の腕力と知力を有する人間同士が殺し合うことは、大変な重労働だったのです。しかも自分も傷つきます。

 生態系を豊かにする条件、平たくいえば生活を豊かにすることの最も重要で基本的な条件、それは交易だったといっても決して過言ではないと思います。ところが交易がうまくいかない場合もあります。

 たとえば交易を行う両者のいずれかが、自分だけ得することに固執したり、相手の物品を奪い取ったり、粗悪品を相手に摑(つか)ませたりすることです。「略奪」というと最初に思い浮かぶのは、例えば、ヴァイキングでしょうか。ヴァイキングは、スカンディナヴィア出身の海賊、と定義されることが多いのですが、もともと彼らは寒冷地帯では収穫が乏しい小麦や穀物を求めて、タラやニシンなどの魚類を交易品として舟に積み込み、北海を南下して西ヨーロッパへ、交易をするために出かけて行ったのでした。けれども粗末な毛皮などを身につけ、金髪碧眼、体が大きい北欧の人々を西ヨーロッパの人々は、なかなかきちんと相手にせず、ニシンを法外に安く値づけしたり、小麦に小砂利を混ぜたりもしました。それらのことが重なるうちに、ヴァイキングたちは事と次第によっては戦えるように武装するようになった、それが海賊などと呼ばれた原因であったと思います。ちなみにヴァイキングとは入り江の人、という意味です。

 交易がうまくいかなければ、個人の場合は殴り合いとなり、集団や国同士の場合は戦争になる。すなわち交易の歴史の隣に戦争の歴史があり、戦争を止めるためや防ぐために外交がある。その外交の重要な駆引きや取り決めを文書の形にして残したものが、条約です。それゆえに条約の歴史には必ずといってよいほど戦争そのものや戦争の影がある、と考えていいのではないでしょうか。また、私たちが働いて生きていく日々の中で繰り返される、喧嘩や仲直り、妥協と打算、取引きと駆引き、握手と裏切り、それらの多くも、自分や自分の所属する集団や組織の利益を優先することに端を発している場合がほとんどです。

 世界史の中で結ばれた条約や勃発してしまった戦争を振り返って検証してみることは、現代を生き抜くことの知恵につながるのではないか。「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」とビスマルクは言いました。自分の経験だけで考えずに、戦争と条約締結の裏側で展開された人間模様を学ぶことが、人生の急場を救ってくれるかもしれない、そんな思いからこの本を書きました。

 二、三の点について付言したいと思います。

交易の道は昔から海路が中心だった

 古代文明の発祥地メソポタミアのシュメール地方で、ウル第三王朝の遺跡から発掘された粘土板に、次の言葉が楔形(くさびがた)文字で刻まれていました。

「陸は閉じる、水は開く」

 この言葉は交易を暗示していると考えられています。人々は必要とするものを得るために、旅に出ました。旅人は、金銀などの財物や交換用の品物を携えていたので、異境の地においてはいつも狙われる存在でした。自分が住む集落の他人の家に泥棒に入ることは厳しく罰せられましたが、旅をする商人を襲って品物を山分けすることは、むしろ褒められる時代がずっと続いていたのです。

 未知の陸路を旅する場合は、森陰や岩陰など待ち伏せに適した場所も通らねばなりません。しかも山あり谷あり、曲り道ありで、思ったより距離があるのが陸の道です。反対に水、即ち海の道は見晴らしが効き、盗賊が隠れる場所がない。丸木舟に乗って陸伝いに進路を採ることが、いちばん安全性の高い旅路でした。しかも水には浮力がありますから、重い物は水中に浸して引っ張っても行けます。

 このように、「陸は閉じる、水は開く」ので、交易の道は圧倒的に海路が中心でした。現代においても鉄路や高速道路、飛行機が発達しましたが、多量の物品を運搬できる巨大船舶の存在は限りなく重要です。またスエズ運河やパナマ運河の価値も全く低下していません。

他者を支配したいという欲望

 交易をめぐる争いが発展して戦争になる、ということが多かったのですが、その起点は定住にありました。人間はいまから一万二千年ほど前に、脳に突然変異かとも思われる変化が起きました。それは定住して他者を支配したいという欲望を持ったことです。

 具体的にいえば、自ら食べ物を追いかけて生きるのをやめたのです。狩猟採集生活から農耕牧畜社会への転換です。穀物を育てる農業、牛や馬を飼育する牧畜、金属の道具をつくり出す冶金(やきん)など、高度な技術を使用するようになっていきました。この脳の変化をドメスティケーションと呼んでいます。Domesticationは飼い慣らすこと、と通常の英和辞典には出ていますが、世界史で使われるドメスティケーションという学術用語は「定住する」、「支配する」という意味合いだと思ってください。

「もう食べ物を追いかけて生活するのは止めた。これからは自分で作る。そして好きな場所に住む」

 人間は一万二千年ほど前に、支配することに目覚めた。最初は植物、次いで動物、そして金属。それから自然界のルール、朝があって夜があることや季節があることなど、それさえも自分で支配したいと思うようになります。そこから神=GODという概念も誕生したのです。当然、人も世界も支配したくなる。交易をリードするだけでは満足せず、相手の集団や国をまとめて支配したい、そういう王様や集団が登場してきます。

 BC三世紀から二世紀にかけて三次にわたって戦われたポエニ戦争は、フェニキア人の植民都市カルタゴとローマによる、地中海の制海権の争奪戦でした。どちらが地中海交易の主導権を握るかの戦争です。この結果は、苛酷なほどのカルタゴ抹殺の形で終わりました。ローマ兵たちは、市民の成人男子を皆殺しにすると、カルタゴの地面に塩をまいて人が住めなくしてしまいました。両者にまったく妥協の余地はなかったのでしょうか。そういえば、これはギリシャ神話の話ですが、トロイアの戦いにおいても、トロイアの都市は跡形もなく焼き尽くされ破壊されたと記述されています。

 人間の脳みそは一万二千年前のドメスティケーションの後は一切進化していないそうです。ですから、頭に血が上ればいまも変わらず殴り合って、それから後悔してお互いに妥協する歴史を続けています。そして星の数ほど条約が生まれました。

 ドイツのプロイセン王国の将校としてナポレオン戦争に参加したクラウゼヴィッツという軍事学者がいました。彼は『戦争論』というすぐれた著作を残しています。その序文に次のような文節があります。

「戦争は政治的手段とは異なる手段をもって継続される政治にほかならない」

 この文節から「戦争とは血を流す政治であり、外交とは血を流さない政治である」という言葉が、広く人口に膾炙(かいしゃ)しています。条約とはまさに外交の申し子なのではないでしょうか。

 本書では、世界を動かしたり支えてきた、代表的な条約について考えていきたいと思います。2022年2月、突然ロシアがウクライナに侵入しました。両国は激しい戦火を交えており、一体、どちらが止めるのか、皆目、見当がつきません。一刻も早く停戦に持ち込んでほしいと願わずにはいられません。

 この本が世の中に出ることになったのは、すばらしい文章にまとめてくださった小野田隆雄さん、校閲をしていただいた矢彦孝彦さんのおかげです。小野田さん、矢彦さん、本当にありがとうございました。

  二〇二二年七月 APU(立命館アジア太平洋大学)学長  出口治明


【目次】

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