その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は安岡孝司さんの『 企業不正の調査報告書を読む 』です。

【はじめに】

 企業不正の発覚が相変わらず目立っています。2017年前後は国内の一流企業で品質不正問題が拡がり、その後は不正会計が増えました。日本経済新聞は日本公認会計士協会の資料から、2020年3月期までの5年間で不正会計が3倍も増えたと報じています。
 新型コロナウイルスの感染拡大によって、2020年3月は在宅勤務が求められました。3月末決算には重い足枷で、多くの企業で決算発表が遅れました。最終赤字に転落した企業が多く、しばらくは不正会計が起きやすいと考えられ、不正防止に取り組む経営者にとっては厳しい状況が続きます。
 筆者は前著『企業不正の研究』を出版してから、機関投資家や経営者などの考えを聞く機会が増え、企業不正をなくす経済社会のあり方を研究し始めました。本書は企業不正の防止に取り組む人向けに、ガバナンスとリスクマネジメントのチェックポイントを整理したものです。
 第1部では主に2019年の企業不正の事例を分析し、不正防止のチェックポイントをまとめています。不祥事の調査報告書を読み解き、問題の真因を探りました。この年は不正会計が多かったので、それを反映した構成になりました。
 第2部では、事例ごとのチェックポイントを体系的に整理しています。すべてのチェックポイントは最近の事例に紐づいたものなので、実感を伴って自社をチェックできると思います。
 不祥事の分析とチェックポイントを体系化するときの軸が「不正構造仮説」と「調査発注者免責の法則」です。これは新しいコンセプトなので、基本的な概念を説明しておきます。

●────不正構造仮説

 企業内で不正防止対策を立てるとき、実際に起きた事例を自社に当てはめると弱点や盲点がよくわかります。
 しかし、さまざまな事例を参考にして防止策を考えても、考え方の軸がないと、対症療法的になりやすく、根本的な解決につながりません。そこで本書では、防止策を体系的に整理するために、さまざまな企業不正を1つの構造で捉える仮説を提唱します。

 まず次の2点を企業不正の原因と考え、不正会計や品質不正を同じ構造で捉えます。これを「不正構造仮説」と呼びます。

  • 経営から現場への無理な圧力・指示に対して、現場側の組織防衛によって不正が起きる。
  • 内部統制の不備によって不正が実行可能になる

 「経営の無理な圧力」とは、売上や利益の目標必達への圧力で、困難な性能や品質の目標への圧力のことです。この圧力は指示の場合もあります。たとえば粉飾決算では経営者が財務・経理部などに不正処理を指示しているはずで、これは無理な指示です。
 「組織防衛」とは、部署レベルでの保身だけでなく、個人的な保身も意味します。経営の圧力・指示に応えられない部署は縮小・廃止されるので、現場は組織防衛に走り、不正行為によって目標を達成したかのように見せかけます。
 不正が発覚すると、調査や決算訂正の費用のほうが高くつくことがあります。会社全体の損得ではなく部署の損得勘定で動くことも組織防衛の表れで、徳川幕府のためではなく、藩のために生きた武士たちと同じです。企業不正が内部通報されにくい理由は関係者が組織防衛のために不正に関わっているからです。
 現場で不適切な処理ができてしまうのは内部統制に不備があるからです。これは経営者が内部統制を無効化しているか、不備を放置していることを意味します。つまり内部統制の不備はガバナンスの機能不全の結果です。

●────ガバナンスとリスクマネジメント(GRM)

 企業不正の防止は監査役監査、社内監査、リスクマネジメントなどの視点で対策が講じられてきました。このアプローチでは経営主導の不正を防止することができません。もし監査役が機能していれば防止できるかもしれませんが、うるさい監査役は外されてしまいます。
 経営不正を想定しておかないと、企業不正を防止する対策は機能しません。これは経営者にとって不愉快な考え方でしょうが、立派な経営者にとっては、大した足枷にはならないでしょう。そしてほとんどのパターンの企業不正を防止できるはずです。

 不正構造仮説は、事象を説明して満足するための仮説ではなく、経営不正を想定した不正防止の原点です。これをガバナンスとリスクマネジメントの切り口で言い換えると次のようになります。

  • 企業不正の原因はガバナンスの機能不全とリスクマネジメントの不備である。

 これまでの不正防止策はガバナンスの問題を考えていなかったという盲点がありました。不正防止力を高めるには聖域をなくし、ガバナンスとリスクマネジメントを一体で改善することが必要です。これを合わせてGRM(GovernanceとRisk Management)と呼びます。

 不正構造仮説をマネジメントレベルで補足するのが、部署間の力関係の問題です。

  • 経理部は営業部より軽視されやすい。
  • メーカーでは製造部より検査部の立場が弱い。

 これは経理部や検査部を「利益を生まない部署」として軽んじる経営姿勢や組織風土を意味します。

●────3層ディフェンスラインモデル

 リスクマネジメントに関しては、本書は3層ディフェンスライン(DL)モデルで分析します。
 3層ディフェンスラインモデルとは、リスクマネジメントを機能させる仕組みの1つです。簡単にいうと、次の3階層のチェックで全社的にリスクマネジメントを組織化する考え方です。

 第1ディフェンスライン:現場レベルでのリスクマネジメント
 第2ディフェンスライン:現場と独立な部署でのリスクマネジメント
 第3ディフェンスライン: 執行部門と独立な部署でのリスクマネジメント

 3層ディフェンスラインを整備する義務はありませんが、企業不正の原因分析や再発防止策をチェックするときに実務的にわかりやすく、内部統制の弱点を構造的に捉えることができます。

表0-1 3層ディフェンスライン(DL)
表0-1 3層ディフェンスライン(DL)
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●────「経済公害」の悪循環

 不祥事企業が調査委員会を立ち上げるとき、多くの企業は法律事務所や会計事務所に依頼します。不正構造仮説に立てば、経営責任まで中立に調査することが原因解明の基本です。しかし調査業務を発注するのは経営者なので、経営者に不利な調査を頼むはずがありません。声をかけた法律事務所が「経営責任までしっかり調査すべき」と言うなら、他の事務所に頼めば済む話です。法律事務所としては理想を追うだけでは食べていけないので、経営者の意向を反映して調査します。
 社会的に問題なのは、経営者にすり寄った調査で済ませてくれる事務所が繁盛し、根本的な原因解明が行われないことです。調査ビジネスには弁護士や会計士の資格が不要で、内容的な規制もないため、自由な競争状態です。

 また再発防止策として、改善委員会を作って改善状況の監視を提言するケースがあります。調査委員会の弁護士が改善委員会に入って次の仕事を確保しているともいえますが、経営者に都合のよい調査報告書を書いた人が、その後の改善状況を監視できるかは疑問です。
 その企業で再び不祥事があれば、その弁護士にまた調査業務を依頼することになり、利害関係者が改善状況を監視している点でも問題があります。本来なら再発防止策を提言した人と独立な人が改善状況を監視することが求められます。

     この状態が続くと、次の悪循環が繰り返されます。
  • 不正調査のために法律事務所を探す。
  • 経営者に甘い法律事務所が増殖する。
  • 信頼回復に本気で取り組まない企業が増える。
  • 不正が再発する。

 この悪循環によって、投資家や顧客などのステークホルダーが不利益を被り続けることになります。つまり企業と法律事務所は企業不正という外部不経済の原因者であるとわかります。そして企業不正は「経済公害」という新しいタイプの社会不利益と見ることができます。

 思い返せば、三菱自動車のリコール隠し事件では犠牲者が出ました。建築不正では市民生活の安全安心が脅かされました。日本郵政グループの不正保険販売では数万人規模の顧客が経済的損失を被りました。粉飾決算では機関投資家が損失を被っているだけのようにみえますが、その資金の元には国民の年金や税金が含まれています。これらは企業活動による社会的な不利益、つまり経済公害です。
 戦後の成長優先社会では環境公害が外部不経済の典型例でしたが、今のデフレ社会では経済公害に直面しています。環境公害に対しては環境庁がありますが、経済公害を監督する省庁はまだありません。

●────調査発注者免責の法則

 不祥事の調査は企業側の意思と費用負担で行われるので、当局や検察の調査・捜査とはまったく違います。経営者は会社のお金を使って自分の首を絞めるような調査を頼みません。調査発注者の責任が調査されないことを「調査発注者免責の法則」と呼ぶことにします。

  • 調査発注者の責任は調査されない。

 不祥事企業のトップが調査終了まで辞任しない理由は、発注者側にいれば自分に不利な調査が行われないからでしょう。
 たとえば、子会社で経営不正が発覚した場合を考えてみましょう。
 子会社の経営不正には2つのケースがあります。親会社の経営者が子会社の役員を兼務していないときは、子会社トップの責任が調査されます。調査の発注者と子会社トップに距離があるからです。逆に親会社の経営者が子会社トップを兼務している場合は、子会社トップの責任は調査されません。
 経営者交替が絡む経営不正では新経営陣が調査の発注者なので、旧経営陣の責任がしっかり調査されます。このケースでは新経営陣にも過去の役員がいるはずですが、彼らの責任は調査されません。

 調査発注者免責の法則は、調査の限界を示します。したがって経営責任まで調査していれば優れた報告書と考えるのは早計です。調査の発注者側に不利なところまで調査したものが優れた報告書といえます。このような報告書は経営者の潔さを感じさせ、信頼回復を期待したくなります。
 また再発防止策が現場中心で、経営者に厳しい再発防止策が提言されないケースもあります。これも調査発注者免責の法則で説明できます。第1部の事例をこの視点で読むと優れた報告書を見分けることができます。筆者の評価は第11章5節に記しています。

【目次】

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