その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は内田和成さんの 『ビジネススクール意思決定入門』 です。

【はじめに】

 私がボストンコンサルティンググループ(BCG)で働いていたときの先輩で、私の前のBCG日本代表だった堀紘一さんという人がいます。堀さんはたとえ話がうまくて、おもしろいことをよく言っていたのですが、意思決定についてはこう話していました。

 「すべての情報がそろってから意思決定をしようとする経営者がいるけれど、それは競馬にたとえれば、馬の血統や戦績を入念に調べて、レースの直前にはパドックまで行って馬の状態を確かめて、それでも自分の予想が当たるかどうか心配なので、『実際に走った結果を見てみたい』と言って、レースが終わってから馬券を買おうとするようなものだ」

いかに「質の高い意思決定」をするか

 意思決定をするときに「わからないこと」があるのは当然です。知りたいことを調べ上げる時間はありません。情報を集めることは大事ですが、もっと大事なことは「今ある情報でどのように意思決定するか」ということです。ビジネスは、限られた情報しか得られていない段階で、いかに「質の高い意思決定」をするかということが勝負なのです。

 では、限られた情報を頼りにして、質の高い意思決定をするには、どうすれば良いのでしょうか。その問いかけに対するヒントを提供するのが本書の目的です。

 知りたい情報をすべて集めてから意思決定するのでは手遅れになりますが、意思決定をする前には、想像できる限りのことを想像する努力が必要です。すなわちチェックすべき要素を洗い出す。そして不確実な要素については、「どうなる可能性があるのか?」と考えていく。そういう基本動作を身につけてください。

「数字で割り切る」と「人の気持ちをくみ取る」

 では、次の質問に答えてください。

 Q:「今日、1万円もらえる」と「1年後に1万500円もらえる」という選択肢があったら、みなさんはどちらを選びますか。

 この質問をすると、「今日、1万円もらえる」を選ぶ人のほうが多くなる傾向にあります。でも、1年待てば500円が上乗せされるということは、年利5%で運用できるのと同じです。現在は銀行預金の金利が1%に満たないわけですから、1年後に1万500円を必ずもらえるというのは、ずいぶん得をすることになります。

 ところが、多くの人は1年後の1万500円ではなくて、今日の1万円を選びます。それが何を物語るかというと、人間というのは、目先の利益に目を奪われやすいということ、そして何でも数字で割り切って決められるほど合理的でないということです。あるいは、1年後の1万500円のほうが得だということがわかっていても、いますぐ1万円ほしい事情があったり、1万円もらって宝くじや馬券を買いたいと思ったりするのかもしれません。

 だから意思決定をするときには、「冷静に考えればこれが有利だ」という「客観的な正解」を見つければ、それで必ずうまくいくというわけではありません。あまり理屈を通そうとすると、人の気持ちをくみ取れないことがあり得るのです。

 もちろん、数字で割り切ったほうが良い意思決定もあります。そういう場合は、数字を正しく導くべきでしょう。現実は複雑で、そう簡単に数字に落とし込めるわけではないのですが、基本的な考え方を理解しておくことは欠かせません。

尺度や基準はいろいろある

 意思決定というのは、決める人の考え方によって、いろいろな尺度や基準があるということも忘れてはいけません。私が知人から聞いた話を紹介しましょう。

 その昔、『スター誕生!』という人気テレビ番組がありました。歌手志望の少年少女たちをコンテスト方式で選抜して、芸能界にデビューさせる。昭和のアイドルを多数輩出した番組でした。

 あるとき、その番組のノウハウを中国に持って行って、同じような番組を放映しようという話が持ち上がりました。まだ中国の改革開放が進む前のことです。そして日中の関係者で「やりましょう」ということになったのですが、選抜の方式を巡って、日中関係者の意見が対立しました。

 日本の『スター誕生!』は、選考の最終段階で芸能事務所のスタッフがずらりと並んで、「うちの事務所で契約したい」と手を挙げる。1人も手が挙がらない子もいるけれど、いくつもの事務所が手を挙げて奪い合いになる子もいる。デビューできるかどうかというのは、「この子がスターになれそうだ」という芸能のプロたちの「勘」で決まりました。

 ところが中国の関係者は、まったく違う方式で選抜すべきだと主張しました。採点項目をいろいろ設定して、みんなで点数をつけて、一番得点が高い人がデビューしていく。フィギュアスケートや体操などの採点競技のような方法にしたいというわけです。

 日本側は、スターになるかどうかというのは、「何か光るものがある」とか、「まだまだ荒削りだけれど、こいつを磨けば光り輝く」とか、そういうことが大事だという考え方でした。ところが中国側は、そんなに曖昧でわかりにくい決め方ではなくて、誰もが納得するように、点数をつけて、一番高得点だった人をデビューさせるべきだと主張した。それで日本側と中国側が大もめにもめたのだそうです。

 今の中国でも同じ決め方を求めるかどうかはわかりません。でも、そのときは「感性」よりも「客観性」を優先しようとしました。

 この話は、どちらが正しくて、どちらが間違っているということではありません。重要なことは、「決め方」にはいろいろな方法があるということです。

意思決定のメソッドを総動員する

 私は経営コンサルタントとして経営者の意思決定を手助けする仕事を続けてきました。その経験を踏まえて、本書では、ビジネスパーソンなら誰でも知っておきたい意思決定の基本を紹介します。実際のビジネスで意思決定をするときの難しさも含めて、どのような場合にどのような決め方をしたらいいのかという「意思決定のメソッド」を幅広く取り上げます。

 本書の内容は、早稲田大学ビジネススクールにおける私の講義「経営者の意思決定」をもとにしています。ケーススタディ形式のディスカッション、判断に必要な数値化の演習、人間のクセや限界を知る行動経済学の実験など、受講生とのやり取りを再現して意思決定のポイントを学んでいただく形式です。

 その講義では、ビジネスの意思決定に欠かせない、以下のような手法や考え方を幅広く取り上げました。

・意思決定論
・ディシジョンツリー
・経済性分析
・ゲーム理論
・行動経済学
・行動心理学
・リアルオプション
・シナリオプランニング
・リーダーシップ
・リスクマネジメント

 意思決定の質を高めるためには、こうした理論や考え方を総動員することが欠かせません。これほど広範囲にわたって意思決定の基本的メソッドを教えている授業はビジネススクールでも珍しいと思います。

 もちろん個々の専門書を読んで勉強することはできますが、まずは何を学んでおくことが重要なのかを知らないといけません。そこで本書は、ビジネスリーダーの意思決定に必要なメソッドを「広く」「わかりやすく」紹介していきます。

 そういう趣旨の入門書なので、個々の手法についての説明は簡略にしています。本来であれば説明すべき理論的な骨格などを省いている場合もあります。それでも、こんな理論がある、こんな手法がある、こんなところに気を付けなければいけないということを知っていれば、必ず役に立つはずです。

 出題している問題の多くは、それぞれの専門書で紹介されている定番的・入門的な問題です。そこから学ぶべきポイントについて、私なりの解釈やメッセージを加えています。

 本書で紹介した「意思決定のメソッド」について詳しく学びたい人には、それぞれの専門書を読むことをおすすめします。巻末に、私が講義をするにあたって参考にした主な本を参考書籍として紹介しています。

 ぜひ覚えておいてほしいのは、事前に何でもわかっていたら、経営者はいらないということです。エクセルで計算して、どのくらい投資すると、どのくらい儲かるかということが判断できるなら、意思決定は誰にでもできるでしょう。そうではなくて、将来が見通せなくて、計算できない不確定要素があるときに、質の高い意思決定をしていくというのが、リーダーとしての経営者の役割なのです。


【目次】

画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示