その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は稲田将人さんの『 PDCAマネジメント 』です。

【はじめに】

「おい、最近の日本企業、おかしくないか」
「いったい、何が起きているんだ。日本企業、大丈夫か?」
 数年前に、私の古巣であるマッキンゼーの、当時の大阪オフィスOB主催の集まりがありました。関西のクライアント先の仕事の際に、大阪のオフィススペースを使っていた私にも声がかかり、そのほとんどが二十数年ぶりとなる顔ぶれの集いに足を運びました。
 そこで顔をあわせる久しぶりの面子が、会場に入って来た元同僚たちに次々に声をかけ、真顔で議論をしていたのが、この話題でした。
 彼らは、外資系企業のトップや経営陣、他のコンサルティング会社の勤務、起業した者など、それぞれが自身のキャリアを歩んでおり、在籍中はもちろん、今も日本企業の動向について一家言持ち合わせている顔ぶれです。そのほぼ全員が「日本企業が変わってしまっている」ことを体感し、その変わりように驚いていたのです。
 当時の、マッキンゼーをはじめとした外資系コンサルティングファームによる日本企業への提言内容については意見が分かれるところで、その点については本書でも触れていきます。
 しかし、「カタカナ言葉ばっかり使って訳が分からん」「生意気だ」などの批判はあっても、彼らは高度成長期の一時代を築き上げた自負のある、日本企業の部課長クラスと日々、丁々発止やり合って、「べき論」のプランをまとめていった面子です。その彼らが、日本企業のかつてと今の姿の違いに愕然(がくぜん)としているのです。
 彼らとの議論はいつも、それぞれが頭の中で描いた仮説の応酬で進みます。ところが、この時の議論はスキーム、すなわち経営手法の良し悪しレベルの話では着地を見い出せませんでした。議論している土俵の外側に問題の本質があるような感じで進み、結論らしきものがはっきりしないままに、話は流れていきました。

 今、日本では「失われた20年」が30年になろうとしています。日本の景気拡大は、期間だけを見れば、直近では2019年1月まで「いざなみ景気」を超える74か月と、戦後最長を記録しました。しかし経済成長を率でとらえると、東南アジアなどの新興諸国だけではなく先進諸国と比べても、驚くほど見劣りするのが今の日本経済の現実です。その結果、実生活の中で景気の好調を実感できる人は、ほぼいない状態になっています。
 日本の経済政策は、巨額の債務と今やマイナスにまで至った超低金利という、万一長期化していった場合には破滅に至るしかない、実験的とも言うべき2つの財政金融政策を軸に行われてきました。しかし、付加価値を生み出し、経済を駆動させるエンジン部分となる肝心の企業による事業活動は、かつての日本や、他の国々と比べ、まったく振るわなくなってしまっているのです。
 なぜ、国の経済にとっても最重要なエンジンである企業が、機能不全とも言える状態に陥ってしまったのでしょうか。そして我々は今、何を知り、何に気が付き、何に真摯に取り組まなければならないのでしょうか。
 本書では、こうした大きなテーマについて、皆さんにも馴染みのあるPDCAの作法が、事業を運営する組織においていかに重要な鍵を握っていて、企業内でいかに機能すべきものなのかを議論の軸において話を進めていきます。

 PDCAは本来、企業組織のマネジメントの考え方であり、事業の永続的な発展を実現するためのものです。ところが現実には、PDCAは予算計画の達成を無理強いする時に使われるものと捉えている人が非常に多いと思います。
 これは、全くの間違いで、元をたどれば、プラニングPを誰かが「計画」と訳したのが発端です。日本では「計画」という言葉を「予算」の意味で使う企業が多く、ある意味、この誤訳がそのまま独り歩きして、一部の企業では定義してしまいました。また検証Cは本来、Pが読み通り進んでも、進まなくても、そこから事象の因果と真理を読み、成功則を導き出すためのもので、「学習」に相当する意味合いになります。
 アクションAに至っては、さらに様々な我流の解釈が横行しています。そもそもPDCAの原型は「ものづくり」の最適化を推進するために発案された方法論です。PDCAでは、組織の動きを業務プロセスとしてとらえ、その進化を促進するべくPDCAが廻るたびに組織に潜む課題を炙り出し、解決していく行動を、「カイゼン」Aと表現しています。
 本書では、日本の高度成長期に日本の製造業において実践され、その発展に大きく貢献したPDCAの実践的な方法論を解説していきます。

 第1章では、日本の企業組織の中でPDCAの正しい作法が有効に作用して、高度成長期の一時代を築き上げ、なぜ現在の状態に至ったのかを戦後産業史に沿って解説していきます。
 第2章では、日本の優良企業において根付き、永続的な成長を実現させている「組織のPDCA」の基本作法とはどういうものかを説明します。
 それ以降の各章では順に、P、D、C、Aそれぞれについて、PDCAを起動させ、組織に定着させるために行うべきこと、気をつけるべきことを解説します。

 PDCAの定着によって目指すのは、組織の全階層で課題解決に正しく取り組む文化づくりです。そしてそのために、マネジャーと担当者が業務の成功則を求め、自分たちで考える力を高める習慣づくりに取り組みます。
 日本企業に散見される悪しき傾向のひとつが、「今、ホットな経営手法である○○を自社にも導入すればいい」「フレームワークにあてはめればいい」と本社や本部が考える企業が増えた点です。
 そこには戦略論からはじまり、次々に生み出される経営理論を安易に妄信し、それだけで事が足りる、経営の精度が上がるというまちがった思い込みがあります。
 かの「ブルー・オーシャン戦略」で知られるW・C・キム教授も、日本企業が失速した原因に、競争戦略への過信と、そこに囚われたまま脱却できない現実があることを明確に指摘しています。
 流行りものの経営理論や経営ツールを提供するという、言葉巧みな提案に頼るようになったことから、日本企業の衰退が始まったと言えます。そしてうまく機能しなかった場合、経営理論や道具立て、コンサルティング会社のせいにして総括し、真の検証と原因の深掘りなしに終わらせてしまう、無責任な「なんちゃってPDCA」が起きているのです。

 本書の脱稿間近に、世界と日本は新型コロナウィルスとの戦いの渦に巻き込まれました。コロナ禍が終息に向かったとしても、これからの世界経済、ビジネスのあり方に大きな変化が起きることは必至です。
 例えば、我々ビジネスマンの仕事の仕方ひとつとっても、ネットワークを介した環境が当たり前になります。リモートワークが多くの企業で取り入れられ、組織図の上位に鎮座ましましていた管理職が、部下が何に取り組んでいるのかも把握できておらず、電話をかけてきて仕事の邪魔をするという、笑い話のような事態も起きています。
 リモートワークの環境下においては、仕事の成果とともに、会議への参加に価値や意義があったのかなどが履歴に残り、必然的に言語化と「見える化」が求められ、各人のアウトプットがより重視されるようになります。その際には理にかなった考え方と判断、行うべき挑戦とその結果の検証が健全に行われているかどうかが重視されていきます。
 また、この変化は、「ピンチはチャンス」にもなり、顕在化していなかった様々なビジネス機会が水面下に生まれてきます。環境変化に呑み込まれることなく、市場の変化をリードして仮説と検証を繰り返していくためにも、「組織のPDCA」の作法は基本となります。
 本書が、今回の危機打開と皆さんの事業活性化の一助になれば幸いです。

 2020年6月

稲田 将人

【目次】

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