その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は守島基博さんの『 全員戦力化 』です。
【まえがき】
大人材不足時代
本書は、人材マネジメントや人材確保・人材活用というテーマを、組織の視点から考える書物である。取り上げた人材マネジメントのトピックは、わが国の企業が抱える最も大きな人材問題だと私が考える、「人材不足」である。これに組織力という考え方を使ってアプローチしようという試論である。
現在、顕在化している人材不足は、単に労働人口や生産年齢人口(人口のうち、15歳以上65歳未満の生産活動の中核となり得る年齢の人口)が減少していることだけで起こっているわけではない。同時に、企業の経営環境や、それに対応した経営戦略が変化し、またITやAI(人工知能)などの情報技術が進展し、さらには、働く人の価値観が変化し、多様化していることが大きく関係している。さらには、2020年初頭からは、新型コロナウイルスの感染拡大の経営や組織への影響がある。新型コロナウイルスの感染拡大は、働く人の働き方に影響を与えるだけではなく、今後は、組織そのものやマネジメントの考え方などにも大きな変化をもたらす可能性がある。
こうした変化は、求められる人材や価値ある人材像を変え、さらには、人材を活用するための方法に変化をもたらす。これまでとは違ったタイプの人材が必要になり、また働く人も変わるなか、人材マネジメントの方法にも変化が求められるのである。こうした変化に現在の人材マネジメントが追い付いていないということが、人材不足の背後にある大きな要因である。まさに企業に貢献する人材の確保・活用が難しくなっているのである。
組織力開発による問題解決
ここでは、この問題に、「組織力開発」という観点からのアプローチを試みた。組織力とは、ひと言で言ってしまえば、組織として人材を確保し、活用する能力のことである。例えば、戦略が変わり、新たな能力や専門性をもった人材が必要になったとき、そうした人材を惹きつけ、維持し、活用するための組織が必要である。また働く人の価値観が多様化し、ワークライフバランスを重視する働き手が増えるようになると、そうした働き手に魅力的な職場を提供しつつ、同時に経営に貢献をしてもらうための、働きやすさと働きがいのある組織をつくらなくてはならない。
こうした組織をつくる力が組織力だと考える。経営学では組織能力という概念が使われており、定着している。例えば、イノベーションを生み出す組織能力などがある。本書では、「一定の能力や特徴をもった組織をつくる力」という意味で、あえて従来の組織能力とは異なった用語を使っている。従来の組織能力が、求められる結果を生み出す力だとしたら、組織をつくる力が、組織力である。
そして、組織力を維持し、向上させるための活動は、個別の人材を育成したり、またモチベーションを上げたりという従来の人材マネジメントとは異なる。まず対象が組織や職場であり、個人ではない。一種の「場づくり」である。例えば、人がモチベーションやエンゲージメントをもち、活躍できる場づくりなのである。具体的な方法も、これまでの人事管理とは異なる。採用、育成、評価、配置転換などの人事施策とは違った活動が必要になる。
本書で議論されることは、これまでの人事管理論でとりあげられてきた内容とは異なるかもしれない。だが、組織力を開発するという視点からの活動も、重要な人材マネジメントなのである。なぜならば、こうした活動を通じて、人材が活躍できる環境がつくられるからである。どんなに優秀な人材を採用、育成しても、活躍する「舞台」がなければ、その人材は活躍できず、経営への貢献は行えない。そんな思いが本書の背景にある。
人材を確保、活用し、人材によって組織の競争力を高めていくためには、組織を対象にしたマネジメントが重要である。これが本書の基本的なアイデアである。その意味で、人事部門だけではなく、広く経営に携わる経営者・管理職の人たちにも読んでほしい。方法論の詳細までは議論できなかったが、どこに焦点を当てればよいか、進めるにあたって何を重視すればよいかについては、なんとか書くことができたと思っている。
本書の基本的アイデアは、「日本経済新聞」朝刊「やさしい経済学」に2017年3月22~31日に掲載された「毀損した日本企業の組織力」に依っている。その後、数多くの講演や企業研修、社会人大学院の授業などの場を通じて、少しずつ修正が行われてきた。セミナーや授業等に参加され、コメントや質問などをいただいた皆さんに感謝したい。
また、原稿の完成を辛抱強く待っていただいた日経BP日本経済新聞出版本部の堀口祐介氏に、深く感謝したい。堀口さんは、私の筆の進みが遅いのをよくご存じで、本当にこまめに連絡をおとりいただき、私を前に進めてくれた。前回の単著から、はや10年以上がたっている。本当に長い間待っていただいた。感謝の極みである。
そして最後に、いつも私を叱咤激励し、時には原稿に鋭いコメントをくれ、時には和ませてくれる妻、利子に大きな感謝である。絶え間ないサポートを本当にありがとう。
新型コロナウイルス感染拡大が収束しない東京の自宅で、2021年3月に守島基博
【目次】