その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は西原勇介さんの 『それでは伝わらない!ビジネスコミュニケーション新常識 デジタルグローバルな作法は若者に学べ』 です。

【はじめに】

キャリアパーソン世代に立ちはだかる困難

 あなたが40~50代(本書では「キャリアパーソン世代」と呼ぶ)であれば、自身を取り巻く環境に、難しさを感じているかもしれません。

 1つ目は、デジタル化によるものです。AI(人工知能)、ブロックチェーン、DX(デジタルトランスフォーメーション)、NFT(非代替性トークン)などとテクノロジートレンドは目まぐるしく移り変わり、それに応じて事業が影響を受けるだけでなく、デジタルツールによって日常業務も変化せざるを得なくなっています。最たるものは、新型コロナウイルス感染症拡大(以下、コロナ禍)でのオンライン会議であり、急速に利用されるようになったビジネスチャットでしょう。ビジネスパーソンにとって、こうしたデジタルツールを使いこなすのは、もはや必須スキルです。

 2つ目は、グローバル化です。リモートワークやオンラインコミュニケーションが当たり前となった結果、出張せずとも海外とのやりとりが容易になりました。また、著しい人口減少と超高齢社会が進む日本では、コロナ禍により保留となっていたものの、外国人、特にアジアからの人材登用は待ったなしです。これまでは日本人同士だけで済んでいたコミュニケーションも、これからは多様性を想定した組織でのコミュニケーションルールが不可欠となってきます。

 3つ目は、20代を中心とする若者コミュニケーションです。若者は飲み会への参加を避け、私生活を重視し、海外志向も減ったと言われており、キャリアパーソン世代が20代だった頃との価値観の違いに戸惑うことも多いと思います。キャリアパーソン世代からすれば宇宙人にも見える若者は、組織においてどのようにすればやる気を出してもらえるか、活躍してもらえるか、彼ら/彼女らとの接し方に困惑している方も多いでしょう。

 若者コミュニケーションに対して「気遣いがない」「敬語が使えない」「対面を重視しない」「仕事外の交流を嫌がる」など、挙げれば切りがないほどの不満があり、キャリアパーソン世代は「最近の若者コミュニケーションはなっとらん。オフならともかくビジネスでは駄目」と感じているはずです。

20代の若手社員を見ていて気付いた発見

 1つ目のデジタル化と2つ目のグローバル化は受け入れていくしかありませんが、3つ目の「若者コミュニケーションに対する評価」は、実は間違っているのではないかと、筆者は考えています。そう考えるようになったのは、当社にいる20代の若手社員がきっかけでした。

 筆者は、ITシステムのオフショア開発会社を経営しています。オフショア開発とは、日本企業向けのシステム開発を海外(特にアジア)のエンジニア企業で実施することを指し、筆者の会社は日本と海外の担当者をつなぎ、システム開発プロジェクトがスムーズに進むように支援します。そうしたプロジェクトでは、多国籍メンバーがオンライン会議やビジネスチャットなどのデジタルコミュニケーションツールを駆使するので、おのずと「デジタル」で「グローバル」なものになります。

 3年前に、当社に新卒で入社した社員がいます。ITの知識や経験はなく、英語もあまり得意ではありませんでした。こう言ってはなんですが、今どきの普通の20代社員です。通常の社員研修を終えた後、ベトナム人のエンジニアが開発するプロジェクトのアシスタントとしてチームに加わってもらいました。アシスタントは、ベトナム人のエンジニアチームの相談役のような役割です。当然、言葉の壁はあるのですが、一緒に働くベトナム人エンジニアとのチームワークが実にうまくいっていて、プロジェクトの雰囲気向上に大きく貢献していました。ベトナム人のエンジニアも若い人が多かったので、筆者は当時、若者同士、たまたま相性が良かったのだと考えていました。

 先のプロジェクトは無事完了し、その若手社員はいくつかのプロジェクトでアシスタントを経験した後、まだ若いですが、あるプロジェクトのディレクターを任せることにしました。ディレクターの役割は、日本企業とアジアチームとの間に立ってコミュニケーションを統括することです。プロジェクトの成功に責任を負うことになりますので、時にはアジアチームに厳しい要望を伝えることもありますし、アジアチームから出てきた要望を却下せざるを得ないこともあります。オフショア開発プロジェクトでは、そうしたピリピリした状況に一度は陥るものですが、その若手社員は初めてのディレクターの役割を見事に果たしていたのです。日本企業の担当者から厚い信頼を獲得しつつ、アジアチームとの強固な連携も築いていたのです。

若者が身に付けているコミュニケーションスキルはビジネスでも有効

 IT経験も浅い、海外経験もない、そんな若手社員がどうしてこんなにもうまくグローバルプロジェクトを進行できるのだろうか、筆者は不思議に思っていました。その若手社員は、会社のメンバーでランチに出かけると、Instagramに投稿するために、料理が運ばれてくるなりおもむろにスマホを取り出して写真を撮るような今どきの若者です。

 ある日のこと、若手社員がSNSを使いこなしている日常を見て、筆者はあることに気付きました。

 「もしかすると、スマホやSNSなどデジタルネーティブな若者が自然と身に付けているコミュニケーションスキルが要因ではないだろうか。オフショア開発プロジェクトはデジタルを駆使したグローバルコミュニケーションが求められるので、実はとても相性が良いのではないか」――

 その仮説が正しいかどうかを調べるために、筆者は当社の若手社員だけでなく、日本で働く20代の若者へのインタビューを重ね、彼ら/彼女らの日常のコミュニケーションを知るとともに、それらを通して磨いているコミュニケーションスキルを探りました。さらに、彼ら/彼女らがそのスキルを駆使してデジタルで変化する最新のビジネスシーンでどのように活躍しているのかを調査したところ、若者が身に付けているコミュニケーションスキルは、デジタルグローバルなビジネスシーンと相性が良いことが分かったのです。

 それは同時に、従来のビジネスコミュニケーションの常識が変わってきていることを意味します。筆者が手掛けるオフショア開発では、多国籍チームを組み、デジタルツールを駆使することから、ある意味、先進的な職場と言えます。筆者はそうした職場で数多くの経験を積んできました。その経験から言えることは、こうした職場で重要なのは「コミュニケーション力」であり、その力は「英語力」「異文化教養」「豊富なビジネス経験」とほとんど関係がないということです。関係がないどころか、日本での「豊富なビジネス経験」があると、かえってプロジェクトがうまくいかなくなることさえあるのです。

新常識のキーワードは「ストレート」「共感」「フラット」

 では、ビジネスコミュニケーションはどのように変化しているのでしょうか。表にまとめましたので、ご覧になってください(図表0-1)。

図表0-1 ビジネスコミュニケーションの常識の変化(出所:著者)
図表0-1 ビジネスコミュニケーションの常識の変化(出所:著者)
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 従来のビジネスコミュニケーションでは「丁寧・気配り」「実直」「立場・背景」を重視していましたが、それらはこれからの時代に合いません。ビジネスコミュニケーションの新常識を表すキーワードは「ストレート」「共感」「フラット」です。

 例えば、従来は「文章の説明はできるだけ細かく、長文で書くことで誠意を伝える」(丁寧・気配り)ことがよいとされていましたが、これからは「必要なことだけを短文で伝える」(ストレート)方がよいのです。また、従来は「詳細に記載した設計書・仕様書で完成イメージを伝える」(実直)ことがよいとされましたが、これからは「まずは見たり、触れられるプロトタイプを用意したりして、使ってもらいながらイメージを伝える」(共感)方がよいのです。

 「なるほど」と感じる部分があれば、「そんなはずはない」と思う部分もあるかもしれません。けれども、デジタルでグローバルなビジネスコミュニケーションの常識は、従来のビジネスコミュニケーションの常識と違うことは明らかです。しかも、「ストレート」「共感」「フラット」は若者コミュニケーションの特徴でもあるのです(図表0-2)。

図表0-2 若者コミュニケーションの特徴(出所:著者)
図表0-2 若者コミュニケーションの特徴(出所:著者)
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 これは、キャリアパーソン世代にとって二重の意味でショックです。まず、自分たちが身に付けてきたものが時代遅れになってしまうこと。もう一つは、「なっとらん」と思っていた若者コミュニケーションが実はビジネスでも効果的で、「なっとらん」のは自分たちであったことです。

読者のコミュニケーションスキルがバージョンアップする

 でも安心してください。本書はそんなキャリアパーソン世代の不安を取り除くことを目的に書いています。若者コミュニケーションの実態をひもとき、彼ら/彼女らが自然と身に付けているコミュニケーションスキルを明らかにしていきます。そして、今、世界で起きているビジネス環境の変化を踏まえつつ、「次世代ビジネスコミュニケーション」を分かりやすく説明します。この本を読むことで、読者のコミュニケーションスキルがバージョンアップするのです。

 もちろん、若い世代の読者がお読みになってもメリットがあります。本書を読むことで、次に示すことが明らかになります。これらはキャリアパーソン世代だけでなく、あらゆる世代の人にとってメリットがあると思います。

●デジタルグローバル社会で変わるビジネスコミュニケーションの在り方
●20代の若者のコミュニケーションの特徴と可能性
●キャリアパーソン世代が身に付けるべきビジネスコミュニケーション術
●若者を世界で活躍させるための導き方
●未来に向けてキャリアパーソン世代が第一線で活躍し続ける方法
●日本が世界をリードするためのコミュニケーション活用法

本書の構成

 本書は5つの章から成ります。

 第1章では、SNSを中心とした若者の日常を掘り下げ、彼ら/彼女らのコミュニケーションスキルの特徴を紹介します。第2章では、ビジネスの現場で働く若者世代の実像を説明します。キャリアパーソン世代からは「なっとらん」と見えるかもしれませんが、彼ら/彼女らからの視点では別の世界を見ることができます。

 第3章では、変わりつつあるビジネスコミュニケーションを取り上げます。ビジネスやマーケティングのトレンド、国内に押し寄せるグローバル化、デジタルツールの進化などによって、ビジネスコミュニケーションは変わりつつあることを実感していただきます。第4章では、第3章の変化を踏まえて、デジタルグローバル社会における具体的なコミュニケーション術を学べる章です。筆者がオフショアビジネスの第一線で培った、実証済みのノウハウを伝授します。

 第5章は、本書に記載したコミュニケーションスキルを身に付けた後の世界です。未来に向けてキャリアパーソン世代と若者が担う重要な役割、とりわけキャリアパーソン世代だからこそ発揮できる力についてお伝えします。最後に付録として、メタバースによる「近未来仕事予想図」を取り上げています。

コミュニケーションギャップをなくしたい

 日本には、今、深刻なコミュニケーションギャップが生まれていると感じています。一つは日本とグローバルのコミュニケーションギャップです。世界をリードする技術やアイデアは、結局は世界の人々にその価値や使い方が伝わらなければ(コミュニケーションされなければ)、日の目を見ることはありません。日本が再び輝きを取り戻すには、このギャップを必ず乗り越えないといけません。

 もう一つは、年長者と若者の間のコミュニケーションギャップです。今、大企業を辞める若者が増えています。だからといって若者の起業人口が増えているわけではなく、若者の機会が失われていると言えます。理由は様々あると思いますが、その一つには、年長者と若者との間のコミュニケーションがうまくいっていないことがあると思います。

 日本の未来は、若い世代の活躍にかかっています。年長者が若者の可能性を見いだし、彼ら/彼女らが世界で羽ばたく導き手とならなければ、日本は衰退してしまうでしょう。年長者が若者コミュニケーションの特性を理解し、その術を学ぶことができれば、ギャップはなくなり、世代を超えた強固な連携が生まれるはずです。過去の常識にとらわれず、変化に順応し、そして、違いを受け入れることができる、そうした「地球人」チームは、国境を超え、世界で活躍することで日本の輝かしい未来を創ってくれるはずです。

 そのために本書が役立てば、筆者として、それほどうれしいことはありません。

2022年8月 西原勇介

【目次】

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