その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は御厨貴さん、芹川洋一さんの『 令和政権論 今なぜ高市首相なのか(日経プレミアシリーズ) 』です。「まえがき」をお届けします。
【まえがき】
御厨 貴
これで12年間に5冊めとなる。畏友・芹川洋一との「現代政治講談」である。かつての東大法学部のゼミ生(三谷太一郎教授)時代を思いおこし、あの頃よりは厚顔厚かましく、今の日本の政治分析を、二人の対談の火花散る中で示したいと思った。
正直のところ、前回コロナと菅政権を語り終えたあと、日本の政治を扱う気力・体力ともに失せかけていた。お互いに古希もすぎ老いが襲い、まあ「講談」もこれまでかというあきらめの心境である。
ところが、今年になって、後期高齢者を迎えた頃から、政界・政局もここ数年でこれまでになく変容をとげているのに、我々の「講談」が止まったままでいいのだろうか、と思い始めた。しかし政治の山は高く谷は深い。知力体力が追いつくかと、老境の愚癖がつい出てしまう。しかしまったく偶然に芹川とさる政治サロンで会った時か、彼に「あれ、またやってみる?」と軽く声をかけた。さすがにその場での即答はなかったものの、ほどなく「あれ、やろう!」との連絡が入った。よし!
高市政権の発足と展開、こんなにおもしろい政治状況を前に、黙っててはいかんぞ。もう一度「講談勝負」に出てみよう。私のきっかけ作りを芹川はみごとに捉えて、ここに5冊めの「講談」を作ることになった。日経BPの野澤靖宏さんが今回も編集と出版とを引き受けてくれた。これで鬼に金棒である。
芹川はすぐにも本の企画を考えてくれた。なぜ高市政権が出来たのか、論点をすべてこの一点に集中しようという大胆な設定だ。いや、日本の政治が大胆に変わろうとしているなら、攻め手も集中力を一点に絞らねばならぬ。芹川の提案でカバーする範囲を、大胆に、高市→石破→岸田→菅(→安倍)と、安倍政権後の四代の政権のあり方に絞り込んだうえで「逆上(さかのぼ)り方式」をとることにした。
歴史を語る時、「逆上り方式」は時折使われる。私自身、戦前の政党政治をテーマに『政党政治はなぜ自滅したのか? さかのぼり日本史』(文春文庫、2017年)を出版したことがある。ナゾトキをしていくような気分で、けっこうスリリングな試みであった。しかし欠点はある。すべて結果が分かっている上でのナゾトキなのだ。「先は見えた。そのためのナゾトキは安全地帯からの発言にすぎない」と言われてしまう。
だが本書はそれとは似て非なるものなのだ、実は。なぜって先は見えないし何も決まらないのだから。ナゾトキの先は何と歴史を貫く暗闇の向こうの未来に連なるだけのこと。「大ハズレ」ということもあるのだ。とはいえ70歳代半ばをすぎた政治好きのジジイ二人、そろそろ恐れを隠し、思い切って二人の“読み”をこの「講談」の中で公開している。
これまでの4冊に比べて、対談のスピードが速く、断定的モノ言いが増えているとしたら、SNS時代の影響を知らず知らずのうちに受けているからかもしれない。
あと一点、随所に二人が政治動向を示す新聞・雑誌での折々の発言を挿入している。当たりもあればハズレもある。正直に載せた。「逆上り方式」の余禄というべきものであろう。
例によって無精を決め込んでいる私の世話をあれこれ面倒見て下さった、相棒芹川洋一と日経BPの方々には厚く御礼申し上げる。
大学時代のゼミ仲間が、人生もたそがれる頃、もう一度出会って「ゼミ講談」を5冊も世に問うことが出来て、ありがたいと心の底から思っている。
あの頃も今もこわい存在の三谷太一郎先生に、改めて「ありがとうございました」と謹んで申し上げたい。
【目次】




