その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は名越健郎さんの『 ジョークで読む世界ウラ事情 』です。

【はじめに】

 二〇二〇年――。野生動物を提供する中国湖北省・武漢の料理店で、コック長が部下の料理人を叱責した。
 「お前は一九年のあの日、なぜコウモリをオーブンから一分早く取り出したのだ」
 「すみません。あの生煮えのコウモリが、世界に破局を招いてしまいました」

 筆者は政治ジョークの収集を趣味にしていますが、ロシアのアネクドート(小話)サイトにアップされたこの作品を見つけた時、思わずうなってしまいました。
 木を見て森を見せる切り込みの鋭さ、視点を一気にずらすスケールの大きさは、傑作なアネクドートの定番です。
 世界で一億三千万人以上の感染者、約三百万人の死者を出している新型コロナウイルスの起源は謎のままで、中国政府は武漢発生源説を否定しています。しかし、二〇一九年十二月ごろ、最初に集団感染が確認されたのが武漢だったことから、武漢が発生地とされています。
 〇三年に流行した重症急性呼吸器症候群(SARS)の起源はコウモリといわれていますが、新型コロナウイルスもコウモリ起源説が有力です。
 中国南部の広東料理では、「飛ぶものは飛行機以外、四つ足は机と椅子以外は何でも食べる」といわれます。コロナ禍は、このアネクドートのように、珍味といわれるコウモリのウイルスが、調理ミスから人体に入り、グローバル化の波に乗って感染が世界に拡散した疑いが出てきます。
 ロシアは二〇年初め、中国との国境を素早く閉鎖したものの、その後、アルプス・スキーを楽しんだ富裕層がイタリア北部からウイルスを持ち帰って拡散。感染者数は世界ワースト五位(二一年三月時点)で、地方で医療崩壊を招くなど、社会・経済に大打撃を受けました。
 中国外務省のホームページによると、ロシアのプーチン大統領は二〇年四月に習近平国家主席と電話会談を行った際、「ウイルスの発生源をめぐり、中国の顔に泥を塗るやり方は受け入れられない」と中国を擁護しました。
 しかし、ロシアの一般庶民は、他の感染拡大国の庶民同様、膨大な被害をもたらした中国に恨み骨髄のはずです。アネクドート・サイトには、政府の立場と異なる自由で健全な批判精神が宿っています。

ロシアの飲み会に持参するもの

 筆者が時事通信の記者としてモスクワに駐在していた時、ロシア人との飲み会に必ず持っていくものがありました。飲み会で披露するアネクドートを四つ、五つ持参するのです。
 ロシア人の飲み会の醍醐味は、興が乗るとアネクドートのオンパレードになることでした。強くないので閉口しましたが、ウオツカを三、四杯流し込み、体が温まると、「こんなの知ってる?」と披露が始まります。

 カーチャが働くコルホーズ(集団農場)には、三人の若者がいて、カーチャに求婚していた。
 イワンはウオツカに目のない酔っ払いだった。
 イーゴリは賭け事にのめり込んでいた。
 アンドレイはセックスのことしか頭になかった。
 誰にしようか迷ったカーチャが、コルホーズの長老に相談した。
 「アンドレイにしたまえ。他の二人の欠点は年とともにひどくなるが、アンドレイの場合はその逆だから」

 メドベージェフ大統領が深夜、夢にうなされてベッドから飛び起きた。
 スベトラーナ夫人が尋ねた。
 「いったい、どんな夢を見たの。アメリカに攻撃されるとか、ロシアが崩壊するとか?」
 「もっと恐ろしい。私がプーチン首相を解任する夢だ」

 アネクドートには、ロシア語の韻を踏んだ難解なものが多く、何度も説明を頼んで座をしらけさせたものでした。二度目の赴任の時は飲み会の前に準備し、ロシア人の助手に文法などを直してもらい、スマートな表現にして臨むようにしていました。
 ジョークのセンスや現実をパロディー化する能力にかけては、ロシアは先進国で、日本人はとても対抗できません。
 「アネクドート」の語源は、ギリシャ語の「アネクドトス(地下出版)」から来ており、帝政時代からロシアの伝統でした。旧ソ連のスターリン時代には、政治小話を口にしただけで逮捕され、収容所送りになった記録もあります。
 しかし、アネクドートは社会主義の矛盾や抑圧を温床として、旧ソ連・東欧圏で異常な発展を遂げました。庶民の不満や憂さを晴らし、現実を諦観する批判精神が、ソ連邦を崩壊に追い込む原動力になったのかもしれません。
 かつての旧共産圏の政治ジョークには、「部分的な真理が必ず込められている」という格言があり、社会を動かす力を秘めています。
 アネクドートはゴルバチョフの時代から市民権を得ており、現在もインターネット上やSNSで力作が飛び交っています。

酷評されるアメリカ大統領

 アメリカにも政治ジョークの伝統があり、特に三大テレビ・ネットワークの「Late Night」と呼ばれる夜のトークショーが人気です。
 一九九〇年代の冷戦終結、クリントン大統領登場の頃から、スーパースターの大統領がジョークのネタになりました。議員やセレブも叩かれますが、トランプ大統領への酷評は気の毒なほどでした。高級紙『ニューヨーク・タイムズ』の電子版に、前夜のトークショーの作品が掲載されています。

 ヒラリー・クリントン元国務長官が占星術師に占ってもらった。
 「あなたの夫は将来、悲劇的な死を遂げることになります」
 「それで、私は無罪ですか」

 問●「son of a bitch(このろくでなし)」よりも相手を罵倒する表現は何か?
 答●「son of a Bush」だ。

 オバマ大統領が国民との対話で、電話による質問を受けた。
 「大統領、暇な時に一度でいいから会って私の話を聞いてください」
 「あなたはどなたですか」
 「ジョー・バイデン、副大統領です」

 バイデン大統領の就任式出席を拒否したトランプ大統領が、米空軍基地でお別れの演説を行い、最後にこう述べた。
 「We will see you soon」
 ニューヨークのマンハッタン地検特捜部の検事もこれを見て言った。
 「We will see you soon」

 政治ジョークのサイトは欧州やアジア、中東などにもあり、非英語圏では一部が英語に訳されています。ただし日本人がすぐに理解して笑えるネタを探すのは容易ではありません。
 日本でもジョーク本が多数出版されているものの、多くは冗長で緩慢、なかなかシャープなネタには出合えません。
 筆者は二〇〇八年に『ジョークで読む国際政治』(新潮新書)という本を出しましたが、ある外交官から「外交官同士の会話で使うため、ジョークの本を何冊も買い込んだが、使えたのはあんたの本だけだった」と言われたことがありました。
 権力者や官僚主義、生活の不自由を揶揄(やゆ)し、毒を盛り込んで笑いを取る小話は、世界の普遍的なテーマです。日本では、川柳というジャンルが発達していて、政治ジョークはまだまだ後発です。
 アネクドートの分野で筆者の恩師だった作家兼通訳の故米原万里さんは、「短いアネクドートほど、寸鉄人を刺す傑作が多い」とし、「意外性と機転、マクロとミクロの反転、詐欺にも似た錯覚がすぐれたジョークのコツ」(『必笑小咄のテクニック』集英社新書、二〇〇五年)と喝破していました。

世界大乱の時代

 シェークスピアの作品に「Sea Change」という造語があります。凪ないでいた海が一気に嵐に直面する現象で、大激動といった意味です。英語では、複数のハリケーンが合流し、一気に発達して猛威を振るう現象を「Perfect Storm」といいます。
 新型コロナが世界を襲い、グローバル化の波を逆流させた二〇二〇年は、シー・チェンジであり、パーフェクト・ストームの年と言えるかもしれません。その余波は今後何年も続きそうです。
 米中覇権争いはますます激化し、中国の強硬な外交が周辺諸国・地域に脅威を与えています。世界注視の米大統領選は、風雲児のドナルド・トランプ大統領が敗退し、ややひ弱な印象のジョー・バイデン氏が後継者になりました。
 英国の欧州連合(EU)離脱は、欧州の地政学的な変化につながりそうです。ロシアの反政府指導者、アレクセイ・ナワリヌイ氏への弾圧は、プーチン体制の落日を予感させます。
 本書では、近年の国際政治の激動を示す主要国の最新政治ジョークを紹介しながら、軽い解説を付けました。米原さんの指摘に沿って短いジョークに絞り、日本の読者が納得できる作品を選びました。出典は、各国のネット・サイトやSNSが中心です。作者は匿名で、読み人知らず、著作権は存在しません。
 筆者は、拓殖大学海外事情研究所が発行する国際情勢専門誌『海外事情』に「世界最新アネクドート」というコラムを連載しており、それをもとに書き下ろしました。
 一九五五年創刊の『海外事情』は、国産の国際情勢専門誌が出版不況で次々に休刊・廃刊となる中、国際問題の老舗の専門誌として気を吐いています。
 日本外務省の外郭団体、国際問題研究所の『国際問題』(電子版)もありますが、面白さや内容の充実では『海外事情』が圧倒すると自負しています。
 本書の執筆に当たっては、日経BP日本経済新聞出版本部の堀口祐介氏にお世話になりました。

 二〇二一年三月

著 者

【目次】

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