その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は小林りんさんの『 世界に通じる「実行力」の育てかた はじめの一歩を踏み出そう 』です。
【プロローグ】
その「不安」の正体は?
効率的に正解にたどり着く時代は終わった
「今でも時おり、自分が進んできた道が正しいものであったのか迷うことがあります。周りからどう見られているのか気になり、自分と比べて落ち込んでしまうのです。そんな時に思い起こすようにしているのが、学校で毎日のように繰り返された“What is most important to you?"という問いです。この問いのおかげで、思い切ってアメリカの大学に進学し、地球科学を専攻することもできました。(一期生:佳蕗)」
「ブロックチェーンのスタートアップで学び、エジンバラ大学で開発したプログラミングを教えるカリキュラムを、母国フィリピンの恵まれない子どもたちに提供するのが夢です。卒業して3年が経った今でも、学校での学びは僕のなかに生きています。(一期生:ディラン)」
私たちの学校では、現在80ヶ国以上から集まる200名の高校生が学んでいます。ここからは、自ら考えるだけでなく、行動を起こし、道を切り拓いていく若い人たちがたくさん巣立っています。ここで実践・実験している教育が、もしかしたらより幅広い年齢層のみなさんのヒントになるかもしれないと考え、本書の執筆に着手しました。
私は普段、主に高校生を対象に教育の仕事をしていますが、ここ数年、さまざまな年代の方々から子どもの教育方針や、ご自身のキャリア形成についてご相談を受けることが増えています。社会人向けの講演や研修をご依頼いただくこともあり、その中で「自分や子どもの将来にはどこか不安や疑問を抱えているが、何をしたらいいのか分からない」という方がとても多いことをひしひしと感じています。
世の中は今、大きく変化しています。技術の進化だけでなく、人類の寿命が延び、働き方や価値観も変わり、企業の終身雇用制度も崩壊して社会保障制度も大幅な改革が余儀なくされるであろう、先の見えない時代です。一生懸命に勉強して偏差値の高い大学に入り、大手企業に就職すれば安定した収入と生活が得られて、老後も安泰だというシナリオは成り立たなくなってきています。
かつてコンピューターといえば大型の汎用機だった時代に、個人のための「パーソナル・コンピューター」というまったく新しい概念を提唱し、現代を予測していたアラン・ケイは、「未来を予測する最善の方法は、それを発明してしまうことだ」と言いました。もし先が見えなくて不安なら、その未来は自分たちでつくっていくしかないのではないでしょうか。
まず、私たちは、「はじめの一歩」を踏み出す必要があると思います。単に変化に適応するだけではなく、周りの環境に自ら働きかけ、多くの人を巻き込みながら、自分が本当にやりたいと思う方向に向かって既存路線を変えていくチャレンジを始めること。そこには、想像以上に多くの困難が立ちはだかるかもしれません。しかし「自分が進むべき道はこれだ」と心から信じられる軸があれば、その苦労を苦労とも思わず、信じた道を進んでいけると私たちは考えています。
「はじめの一歩」はどのように踏み出すことができるのか
では、何から始め、どう動き出せばいいのか。私たちは今、この「実行力」を、いかに教育を通じて育むか、試行錯誤しています。2014年8月、長野県軽井沢町で日本初となった全寮制国際高校、ユナイテッド・ワールド・カレッジISAKジャパン(以下、UWCISAK)を開校しました。学校の建学の精神(ミッション)には、「自ら成長し続け、新たなフロンティアに挑み、共に時代を創っていくチェンジメーカーを育む」ことを掲げています。
社会をより良い方向へ導くチェンジメーカーを育てるために、私たちは3つの力を重視しています。「問いを立てる力」「多様性を生かす力」「困難に挑む力」です。
変革への第一歩は、解くべき問題は何なのかを見つけるところから始まります。ますますボーダレス化していく世界では、多様な価値観を持つ人たちを理解し、彼らと協働できる能力も必要です。変革は困難の連続です。そこには壁に突き当たってもすぐに放り出したりしない、失敗しても再びチャレンジすることができる粘り強さが求められます。さらに、しなやかに発想の転換ができる逞しさも必要となるでしょう。これら3つの力は、閉塞感に包まれた今の世界を変えていく大きな原動力となり、新しい未来を切り拓いていくことにつながると私たちは信じています。
開校から6年。これまでにも学校をつくるまでの話は、本やTVのドキュメンタリーになってきましたが、開校後にUWCISAKで起こっていることについては、断片的に記事になっているだけで、それらを包括的にお伝えできてはいませんでした。ここで改めて、私たちの学校が目指していることや、生徒たちに起きているさまざまな変化をご紹介すると共に、私自身が紆余曲折から学んできたことも合わせて、本書でお伝えできたらと思っています。
自分の道のつくり方
もともと私は、教育の世界とはまったく関係のない世界でキャリアを積んできました。大学卒業後は米系の投資銀行であるモルガン・スタンレーに入社し、「いろいろな経験をして、もっと成長したい」という思いから、日本のベンチャー企業で約3年間、役員として起業する経験も積んでいます。その後、国際協力銀行に転職。円借款を担当する部署に所属して仕事をする中で、「世の中を変え、より良くしていくためには教育がカギになる」という確信を強めました。インフラ整備などのハード面と同時に、人材育成というソフト面が重要なことを痛感したのです。
そこには、カナダのUWCピアソン・カレッジに留学した高校時代の体験も大きくかかわっています。当時、メキシコ出身の友人の家に、1カ月ほどホームステイしたときのことです。彼女の家は、メキシコシティのハイウェイの横に立つブロックでできた質素な建物でした。断水のときはトタン屋根に降り注ぐメキシコの豪雨をドラム缶に集めて洗濯板で洗濯をしていたお母さんの後ろ姿が、とても印象的でした。
このメキシコ滞在中に生まれて初めて目にしたスラム街の光景は、今でも忘れることができません。むっとしたにおいが立ち込める暑い夏の日、子どもたちは裸同然で走り回り、大人たちは粗末な家の前に座って虚ろな目で宙を眺めていました。私はメキシコの降り注ぐ太陽の光のもとで、自分がいかに恵まれているかを思い知り、彼らが貧困から抜け出すためには経済的な援助だけでなく、教育が必要だと感じました。そして、日本という恵まれた環境に生まれた自分には一体何ができるのだろうと自問したのです。
10年以上の紆余曲折の末に
29歳で国際協力銀行を退行した私は「教育の世界に身を置こう」と決意し、米スタンフォード大学大学院で教育学を学びました。その後、国連児童基金(ユニセフ)の職員としてフィリピンに駐在し、ストリートチルドレンの教育事業に携わることになります。そこで直面したのは、社会に根づく圧倒的な格差と、渦巻く汚職です。年間9000人の子どもたちを支援しても、母数は数十万人、そして毎年その数は増え続けていました。私たちにできることはあまりに限られていて、自分の不甲斐なさと無力感に、フィリピンの真っ青な空を仰ぎながら涙したことが何度もありました。
そんなときに友人の紹介で出会ったのが、のちにUWCISAKの発起人代表となる谷家衛さんです。「アジアの未来を担うようなチェンジメーカーを輩出する学校をつくろう。日本でもそういう人材は切望されている」と持ちかけられたとき、最初は面食らいました。しかしよくよくその意味を理解すれば、私にとってまさに天命のような提案だったのです。その夜は興奮して眠れませんでした。
その翌日から、学校づくりが私のライフワークになりました。つまりこの学校プロジェクトは、私自身にとっても、「何から始め、どう動き出せばいいのか」という問いへ答えを出す営みとなったのです。それは私が社会人として第一歩を踏み出してから、あるいはもっと以前から、長年迷ったり悩んだりしながら探し求めて、ようやくたどり着いた解でした。
挑戦するかしないかは自分次第
UWCISAKのモットーに、“One Life.Realize your potential. Be a catalyst for positive change”というものがあります。一度しかない人生、この一つしかない広い地球を舞台に、自分の可能性を信じて限界に挑戦することで、変化への扉を開いてほしい……。そんな生徒たちへの願いが込められています。挑戦して失敗する後悔と、挑戦しない後悔。どちらが大きいと感じるかは、人によって違いがあると思います。ただ、生徒たちが学校生活を通じて経験しているように、本書を通じみなさんの中でも、前者への恐怖が少しでも薄らいでくれるのであれば幸いです。
この後、第1章ではまず、「はじめの一歩」を踏み出すために欠かせない自己考察の仕方についてみなさんと考えてみたいと思います。第2章では、実行するために大切なことを、第3章では私たちの学校でも大事にしている真の多様性について、第4章では動き出すことに必ず伴う困難にどう挑んでいくかを、第5章では自分らしく生きていくためのヒントについて考えていきます。
本書では、私たちが自分自身の苦悩や葛藤から学んできたこと、いつも生徒たちに伝えたいと思っていること、そしてこれまで彼らに教わってきたことを数多く書き記しました。
みなさんが未来をつくっていくきっかけにしていただけるなら、こんなにうれしいことはありません。

【目次】