その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日はカール・ポランニー(著)、 大野一(訳)の『 大いなる変貌 私たちの時代の政治と経済の起源 Ⅰ Ⅱ 』(日経BPクラシックス)です。第1部「国際システム」第1章「100年の平和」の一部を抜粋してお届けします。

【第1部「国際システム」第1章「100年の平和」より】

 19世紀の文明は崩れ去った。本書では、政治と経済の視点でこの事件の源を辿るとともに、事件が到来を告げた大いなる変貌について論じる。

 19世紀の文明は四つの制度の上に成り立っていた。第一が勢パワーバランス力均衡システムであり、これが1世紀にわたって列強間の破滅的な長期戦争を完全に防いでいた。第二が国際金本位制であり、世界経済の特異な組織形態を象徴していた。第三が空前の物質的繁栄を生み出した自己調整市場だ。第四が自由主義国家である。経済制度が二つ、政治制度が二つと分類することもできるし、国家制度が二つ、国際制度が二つと分類することも可能だ。こうした制度が相まって、私たちの文明特有の歴史の輪郭が決まった。

 振り返れば、四つの制度のうち、決定的だったのが金本位制であり、その崩壊が目下の大惨事の直接の引き金となったのである。この制度が破綻するまでには、他のほとんどの制度は金本位制を守ろうという空しい取り組みの犠牲になっていた。

 だが、この文明(システム)の源泉にして母体であったのは、自己調整市場だ。このイノベーションが、独特の文明を生み出した。金本位制は、自己調整市場という国内の市場システムを国際的な場に広げようとした試みに過ぎなかった。勢力均衡システムは、金本位制の上に築かれた上部構造であり、ある程度まで金本位制を通じて機能していた。自由主義国家は、それ自体が自己調整市場の産物である。19世紀の制度体系(システム)の要(かなめ)は市場経済の法則にあった。

 自己調整市場という理念は、純然たるユートピアに他ならない――これが本書の主張だ。そんな制度が続けば、社会を構成する人間と自然という実体はいずれ壊滅する。人間は物理的に滅び、辺り一面が荒野に変貌していただろう。社会は否応なく自己防衛措置を講じたが、どんな措置を講じても市場の自己調整機能は損なわれ、産業の営みが混乱し、結果的に社会はまた別の形で危険にさらされた。こうしたジレンマがあったからこそ、市場システムの発展はある一定の型に嵌(はま)らざるを得ず、このシステムを基盤にした社会組織はついに引き裂かれた。

 人類史上最大の危機の一つをこんな風に説明するのは、あまりに単純過ぎると思われるはずだ。ある文明を、文明の実体とエートスを、限られた数の制度に還元し、そのうちの一つを根幹として選び、さらには経済組織の一部の技術的な特徴を理由に文明が自壊するのは必然だったと論じるなど、不適切極まりないようにみえる。文明は生命それ自体のように、多数の独立した要因の相互作用で生まれるものであり、ふつう、そうした相互作用を外枠のある制度に還元することはできない。文明没落の制度メカニズムを突き止めるなど、無駄な努力と思われても仕方がない。

 それでも、本書ではあえてそれに取り組むのである。この取り組みに際しては、本書の研究対象の極端な特異性に意識的に照準を合わせる。というのも、19世紀文明はまさに、ある一定の制度メカニズムを核にしていたという点で特異だったのである。

 なぜ突如として大洪水が起きたのかを解明できなければ説明として不十分だ。まるで1世紀にわたって変化のマグマが溜まっていたかのように、事件に次ぐ事件が奔流のように人類に押し寄せている。地球規模で社会が変貌を遂げつつある上に、全く新しいタイプの戦争で多くの国が衝突し、血の海から新たな帝国の輪郭が現れつつある。だが、こうした残忍非道な現実は、変化という音を立てぬ激流の上に重なったものに過ぎず、この流れはしばしば水面(みなも)には細波(さざなみ)一つ立てず過去を吞み込んでいく! この大惨事を理性的に分析するのであれば、荒れ狂うような動きと静かな解体の双方を説明できなければならない。

 本書は歴史書ではない。本書で目指すのは大事件を納得のゆく形で並べることではなく、そうした事件の底流を人間の制度という観点から説明することである。現在の問題を解明するというただ一つの目的のために、過去の光景について自由に思索を巡らせよう。重要な時期については詳しく分析するが、その前後の時期はほぼ完全に無視する。ただ一つの目的のために複数の研究分野に立ち入ることにしよう。

 まずは、国際システムの崩壊を取り上げる。ここで明らかにしたいのは、勢力均衡システムを支えていたのは世界経済であり、世界経済が破綻した以上、平和を維持できなくなったという点だ。だからこそ、崩壊は突如として訪れ、想像を超えた急激なペースで解体が進んだ。

 ただ、私たちの文明の崩壊が、世界経済の破綻と時を同じくしたとしても、無論、世界経済の破綻が文明崩壊の原因だったわけではない。その起源を辿れば、自己調整市場という理念が西欧に生まれる契機になった100年以上前の、あの社会と技術の激変に行き着く。自己調整市場という一大事業は、私たちの時代に終わりを迎えた。産業文明史の一つの特異な時代が幕を閉じるのである。

 本書の最後では、今日の社会と国家の変化を支配してきたメカニズムについて論じよう。人間が置かれた状況についても論じたい。大まかに言えば、目下の危機の源が制度にあったという観点から人間の現状を説明できると考えている。

<以下略>

【目次】

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