その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は伊東完(著)、伊藤亜希(監修)の『 臨床医が腑に落ちる 漢方処方の考え方 』です。著者の「まえがき」と「監修者より」をお届けします。
【まえがき】
筆者の自宅の本棚には、基礎医学、臨床医学、公衆衛生と多岐にわたる教科書が、所狭しと並んでいます。これらの多くは、親からの仕送りとアルバイト代で、学生時代に購入したものです。当時の筆者は、医学部の講義に追いつくための副読本を探しながらも、結局は教科書に頼らざるを得ない状況でした。しかし、たった1週間の講義と試験のために、800ページにも及ぶ高価な教科書を購入する必要が本当にあるのか――葛藤を抱えていたのも事実です。もちろん、学生時代に教科書を読み込む経験の重要性は疑いようがありません。教科書との格闘が、その後の進路を決定づけることもあります。ただ、すべての科目で同じことを求めるのは現実的ではなく、結果として残ったのが、いまも埃をかぶったままの本棚なのです。
近年では通読可能性を重視したいわゆる“アンチョコ本”も増えてきました。しかし、その多くが読みやすさを優先するあまり、難解な概念を十分に扱わないという問題を抱えています。結果として、「読み切ったが理解していない」という状況に陥りやすい。むしろこれらは、講義前の予習として活用されてこそ意味を持つ書籍なのかもしれません。もっとも、日本の医学教育の現状を踏まえれば、そのような理想的な使われ方が一般的とは言い難いわけで、こうして考えると、講義に対する「ちょうどよい副読本」を作ることの難しさが浮き彫りになってきます。
漢方医学の書籍に目を向けても、状況は大きく変わりません。流派ごとの難解な理論を深く掘り下げた専門書と、流派に依らない簡便なマニュアル本との間で、二極化が進んでいるように見受けられます。つまり、深く学ぼうとすれば挫折しやすく、手軽に学ぼうとすれば理解に至らない。もちろん、例外もあります。例えば、三潴忠道先生の『はじめての漢方診療十五話』(医学書院)は、難解な概念から逃げることなく、それを平易な物語として提示することに成功した稀有な一冊です。筆者自身も繰り返し読み、後進にも勧めてきました。しかし同時に、この名著でさえ厳しいと感じている初学者に対し、どのように漢方医学を伝えるべきかという課題を、教育者として臨床の現場で意識するようにもなりました。
本書は、そうした問題意識から生まれたものです。漢方医学の全体像を、難しい概念を生かしながら、しかし可能な限り平易な文体で俯瞰できるよう構成しています。厳密性を過度に追求することは避けつつも、誤解を招かないよう細心の注意を払いました。それ以上に、古人の自然観や身体観を、現代に生きる我々が想像しうる言葉へと翻訳することを最大限に意識しています。本書を通じて最初のハードルを越えることができれば、その先は物語をたどるように、漢方医学の理解が連なっていくはずです。本書が、過去と現在のあいだに横たわる断絶をつなぐ、小さな架け橋となることを願ってやみません。
筑波大学附属病院 病院総合内科
伊東 完
【監修者より】
伊東完先生から監修の話をいただいたときは、「私!?」と驚きました。しかし、せっかくのお声がけでありますし、「漢方e-learningのテストプレーヤー」(本編参照)として大変お世話になった恩もあります。私でお役に立てるのであればと思い、お引き受けすることにしました。伊東先生はさまざまな媒体で発信されており、興味深い内容と軽妙な筆致により、思わず引き込まれて読み進めてしまう魅力があります。そのため、先生が漢方について執筆されると伺ったときは、面白いものになると確信しました。
当時医学部6年生だった伊東先生には、漢方e-learningのテストプレイヤーにとどまらず、多方面でご協力いただきました。その一つが「学生×若手漢方医」(学生からのさまざまな問いに若手漢方医が答える)の動画企画であり、企画立案に加わっていただきました。そのなかで伊東先生からの「漢方の胡散臭さについてどう考えますか?」という問いは、漢方医学に懐疑的な学生の興味を喚起する格好の切り口となりました。他にも理想の授業の在り方などに多くの意見をくださるなど、伊東先生は学生時代から教育活動に関心を持ち、医師となった現在も後進の育成に尽力されています。
さて、監修についてです。漢方医学にはさまざまな流派が存在し、さらに時代によっても考え方が異なり、書籍によっても記述が異なることもあれば、国によっても違いが見られます。こうした多様性を踏まえ、監修では伊東先生の意向を尊重しつつ、記述の整合性や妥当性を一つずつ確認していきました。また、本書の理解を深めるうえで、関連する事項についてコラムとして適宜記載したつもりです。読者にはコラムも含めて楽しみながら読み進めていただければ幸いです。
本書では、はじめに伊東先生自身の流派について語られ、これまで実践してきた経験に基づいてまとめられています。さらに、漢方薬を西洋薬に例えた説明や、「ナンバーズ三兄弟」といったキャラクターの登場など、親しみやすい要素も盛り込まれています。一方、古典の条文も適切に引用され、初学者にとってもバランスが良い構成になっています。書籍タイトルにある「臨床医が腑に落ちる」という言葉通り、臨床現場での理解と実践を意識した内容になっていますが、対象は医師に限りません。漢方薬を取り扱う歯科医師、薬剤師、看護師、登録販売者にも学んでいただける内容になっています。私が所属する大学の漢方薬学科の学生にも勧めたい一冊です。本書が、漢方医学を学ぶ多くの方々の理解と実践の一助となることを心より願っています。
横浜薬科大学薬学部 漢方薬学科 漢方治療学研究室
伊藤 亜希
【目次】



