その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は福岡真之介さん、松下外さんの『 生成AIの法的リスクと対策 』です。
【はじめに】
本書を一言で表せば、生成AIを法的リスクという地雷を踏まないで、開発・利用できるようになる本です。
生成AIの開発・利用にあたって、気が付かないで法律に違反したり、他人や会社に迷惑をかけたりすることがあり得ます。そのため、近時、企業では、従業員向けに生成AIの開発・利用についての社内ガイドラインが作成されています。本書は、社内ガイドラインを理解し、行動につなげるための分かりやすい解説本としても使えるでしょう(社内ガイドラインについては本書の第6章で取り上げています)。
第3次AIブームからの法的議論、生成AIの登場で身近な問題へ
2022年11月にChatGPTがリリースされてから、爆発的にユーザ数を伸ばし、生成AIが大きく関心を集めました。生成AIがもたらす社会的インパクトの大きさは、コンピュータ、インターネット、スマートフォンに匹敵するかもしれません。ChatGPTにより生成AIブームが到来するとともに、生成AIがもたらす様々な問題が世界レベルで懸念され、2023年5月のG7広島サミットでもAIを適切にコントロールする国際的枠組みを話し合うことが合意されました。
このように生成AIを巡る問題や対応が世界的にも大きな関心事となっていますが、ChatGPTの登場する数カ月前からStable DiffusionやMidjourneyがリリースされ、画像やイラストの著作権侵害や権利者の保護が問題となっていました。また、さらにそれより前の2006年ごろから始まった第3次AIブームとともにAIに関する様々な法律問題が議論され、ChatGPTが登場した時点である程度の法的議論の素地は出来上がっていました。しかし、それらの議論は限られた専門家の中だけのものであり、一般の人が関心を持つ対象ではありませんでした。
生成AIの登場によってこの状況が一変し、AIに関する法律問題をいよいよ身近な問題として考えなければならないものになってきました。生成AIの法律問題に関するオンラインセミナーを開催すると1000人以上の参加者が集まることも多く、法律セミナーとしては異例の高い関心を集めていました。
生成AIブームの到来後、我々のようなAIに関する法律問題を取り扱う弁護士のところには、数多くの法律相談や原稿執筆・セミナーの依頼があり対応していました。そうした状況にあって、「AIの法律問題について一度まとめて整理する必要がある」と感じ、体系的に伝えるには書籍化が適していると考えましたが、AI技術の進化は早く、変化は激しいため、まとめた内容はすぐに時代遅れになるかもしれず、執筆することにはためらいもありました。
本書の執筆者である福岡と松下は2018年に公開された経済産業省の「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」の執筆メンバーとして旧知の間柄です。2023年に松下が福岡と同じ西村あさひ法律事務所・外国法共同事業に移籍したことから、2人の間で生成AIの議論が盛り上がり、執筆へのためらいを上回るニーズの強さを感じ、書籍執筆を決意したのです。
著作権侵害は法的リスクの一部に過ぎない
本書は、生成AIをビジネスにおいて開発・利用するビジネスパーソンを読者として念頭に置き、生成AIの法的リスクとその対策を解説しています。
メディアでは、生成AIの利活用に関する課題として、特に著作権に関する問題が取り上げられます。もちろん、それ自体は重要な問題ではあるものの、著作権は生成AIの利活用に関連する法律問題の一部でしかありません。そこで本書では、著作権だけではない生成AIに関する法律問題を対象にし、特に法的リスクを中心的に取り上げています。法的リスクは、生成AIによる法律問題の一面しか捉えてはいませんが、多くの読者が関心を寄せると考えたためです。
本書の特徴は、生成AIの開発・学習段階から利用段階に至るまで、法的なリスクを幅広に紹介していることです。本書を通読いただければ、ビジネス活用に必要なレベルで、生成AIとは何か、生成AIの利活用に関する現在の法的な議論の状況、問題になり得る法的リスクの全体像などを把握できるでしょう。具体的に想定されるビジネスに応じて、必要な箇所だけを参照する使い方もできますし、社内でリスク分析をする際の出発点としても利用できます。
本書の内容
各章の大まかな内容は次のとおりです。なお、第1章から第3章までは基礎的な知識を、第4章から第6章までは応用問題を取り扱っています。また、最後に本書のポイントをまとめた「要点整理Q&A」を掲載していますので、ポイントの把握や知識の振り返りに、ぜひご活用ください。
第1章 生成AIとその法的リスク
第1章では、生成AIを活用した製品・サービスを紹介したうえで、生成AIの基本的な概念を説明しています。特に、生成AIとは法的に何を指すのかの議論が重要です。これらを前提に、生成AIの法的リスクの概要を説明しています。
具体的には、①知的財産権の侵害、②人格的権利・利益の侵害、③個人情報の不適切利用、④秘密情報の漏洩、⑤誤情報の利用、⑥バイアスによる不公正な取り扱い、⑦フェイクニュースの流布やマルウェア作成等の不適切利用、そして、⑧各種業法の違反を説明しています。また、実際にリスクが顕在化した事案として、米国で現在進行中の訴訟を簡単に紹介します。第1章を読むことにより、生成AIの法的なリスクの全体像を把握できます。
第2章 AI開発・学習段階の法的リスクと対策
第2章では、生成AIの開発・学習に際しては、基盤モデル(本書では大規模言語モデルの観点から主に言及しています)の事前学習と生成AIのファインチューニングの関係を整理しています。そのうえで、生成AIを開発・学習する際のリスクを、主に学習用データセットの取り扱いの観点から整理しています。この章は生成AIの開発者やサービス提供者にとって直接的に関係するトピックを扱っています。
具体的には、①著作権関連の知的財産に関するデータ、②著作権以外の知的財産に関するデータ、③人格権関連の権利・利益に関するデータ、④パーソナルデータ、⑤秘密情報に関するデータ、⑥バイアスに関するデータを開発・学習に用いる際の法的リスクと対策を解説しています。第2章を読むことにより、生成AIの開発・学習段階の主な法的リスクと対策の概要を把握できます。なお、生成AIシステムを開発する際の法的リスクと対策については、章を分けて第4章で紹介します。
第3章 生成・利用段階の法的リスクと対策
第3章では、生成AIを用いたAI生成物(コンテンツ)の生成と利用段階の法的リスクと対策を説明しています。この章は生成AIのユーザにとって直接的に関係するトピックを扱っています。
具体的には、①著作権、②著作権以外の知的財産権、③人格的権利・利益の侵害、④パーソナルデータ、⑤秘密情報、⑥誤情報の利用、⑦バイアスによる不公正、⑧偽情報(フェイクニュース)拡散やマルウェア作成などの不適切利用について解説しています。第3章を読むことにより、AI生成物の生成・利用に関連した主な法的リスクと対策の概要を把握できます。なお、AI提供者(生成AIを用いた製品・サービスの提供者)の法的リスク(第5章)と、生成AIの社内ガイドラインと対外的に提示する利用規約のチェックポイント(第6章)については、別の章で、それぞれ説明しています。
第4章 生成AIシステム開発における注意点
第4章では、生成AIの開発・学習を他の事業者に委託する場合や、他者の大規模言語モデルを利用する際等、開発・学習に第三者が関与する場合の主な注意点を説明しています。
前者については、①開発方式・契約形態、②学習用データセットの取り扱い、③生成AIの権利・利用の各点に焦点を当てています。この章は生成AIの開発者やサービス提供者にとって直接的に関係するトピックです。第4章を読むことにより、第三者が関与する場合の法的リスクとその対策の概要を把握できます。
第5章 AI提供者等の法的リスクと対策
第5章では、生成AIに関する製品やサービスを提供する事業者の観点から、①これら製品・サービスのユーザを相手方とする責任(契約責任)、②これら製品・サービスのユーザが他者の権利・利益を侵害した場合に事業者が負い得る責任(不法行為責任)、③刑事責任に関する法的リスクとその対策を説明しています。この章は生成AIの製品・サービスの提供者にとって直接的に関係するトピックを扱っています。
第5章を読むことにより、生成AIに関する製品やサービスを提供する事業者が様々なステークホルダーとの間で負う法的リスクとその対策の概要を把握できます。
第6章 生成AI社内ガイドラインと利用規約のチェックポイント
第6章では、生成AIのユーザにとって必要な実践的知識である社内ガイドラインと、生成AIの利用規約について取り上げます。
具体的には、生成AIに関する製品やサービスを利用するユーザの視点から、①主に役員・従業員などの、生成AIの対内的な利用に関するルールである社内ガイドライン制定の際の注意点と、②対外的な利用に関するルールである生成AIやデータの利用規約のチェックポイントを整理するものです。第6章を読むことにより、これらの制定やチェックに関する実務的な注意点を把握できます。
法律の議論はともすれば専門的・抽象的になりがちですが、普段法律に接する機会が少ない読者のために、できるだけ具体例に触れ、分かりやすい記述をし、図表を配置することを心掛けました。分かりやすさの観点から、本書では、ChatGPTやMidjourneyの事例を使って説明していることが数多くあります。これは、ChatGPTやMidjourneyが一般ユーザによく知られているため、事例として取り上げているに過ぎないことをあらかじめお断りします。本書における解説の多くは、他の生成AIにもあてはまるものです。
本書を読む際の注意点
本書の執筆中に時代遅れにならないように、3カ月間という極めて短い期間で行われ、なかなか過酷な作業ではありました。ある程度の水準の内容にはなっていると思いますが、まだまだ検討が足りない点も多々あると思います。そのような部分があれば読者の方のご指摘をいただければありがたく存じます。それに基づいて検討を深める所存です。
本書では、議論が十分でない論点について、執筆者の個人的な意見や見解を述べている箇所も少なくありませんが、あくまでも現時点かつ一般的なものにとどまります。本書では分かりやすさの観点からあえて触れていない例外も少なからずあり、実際に法律の適用を検討する際には、適用される法令やガイドラインも変わり得るため、具体的な事実関係と適用ルールに応じた検討が重要です。また、本書の内容は、執筆者が所属する団体を代表して意見や見解を述べるものでもありません。この点もご理解ください。
生成AIについて、色々と問題点が指摘されていますが、人間の知的生産性や創造性を高める素晴らしい技術であり、AIに関わる弁護士として、生成AIが進歩・発展し、社会で活用されることで、より良い世の中になることを願っています。そのためには多くの方が、その法的リスクを回避・軽減する方法についての知識を持っていただくことが有益であると考えています。本書が、生成AIの利活用に少しでも貢献することがあれば、執筆者として望外の喜びです。
2023年8月 福岡 真之介
松下 外
【目次】






