その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は砂川伸幸+山口敦之(編著)の『 サステナビリティとコーポレートファイナンス 』。「まえがき」をお届けします。

【まえがき】

本書の問題意識

 「サステナビリティ」は、社会・産業・バリューチェーンの再構築を求める大きな力学だ。地球温暖化への対応に向けた脱炭素方針として、2050年でのカーボンニュートラルが求められるように、「地球の限界」が様々な観点で迫る中で、時限が決められた変革が求められる。

 社会・産業・バリューチェーンの再構築は必至であり、発行体企業の事業変革・事業構造再構築には、自ずとファイナンスが必要となる。そして、投資家がファイナンスを通じて発行体企業に対してエンゲージメントを行い、サステナビリティへの対応を要求するという構図となっている。

 とはいえ、投資家が発行体企業に求めるのは、得てして比較的短い時間軸での投資採算性であり、サステナビリティへの対応は必要条件であっても、十分条件とはなりにくい。サステナビリティへの対応は、短い時間軸で見るとコストアップ要因となることが多く、採算性とのトレードオフを、トレードオンにするのは簡単ではない。

 しかしながら、これまでの延長線上に「未来」はなく、事業変革・事業構造再構築に向けた挑戦が求められ、変革できない企業は生き残れなくなる。不確実性の中で、アジリティー(意思決定のスピードや機敏性)をもって軌道修正しながら自己変革できる企業が勝ち組となるであろう。

 ところで、本書籍を執筆している時点で、日本における「サステナビリティ」の捉え方は、人によって様々だ。経営戦略の「メインディッシュ」でなく、「サイドメニュー」のように考えている人は決して少なくはないだろう。

 また、「JTC1」と揶揄される大企業を中心に、現状維持バイアスによって「失われた30年」を過ごしてしまい、縦割りの本社、過去の経験からのリスク回避的な基準・企業風土により、現場主導の自発的な変革の「炎」は消火されがちな一方で、「恥」を気にするメンタリティーから、努めて同業他社動向を気にして追随し、独自性が物足りない企業が多いように感じる。

 足許では、東証からの「資本コストや株価を意識した経営」の要請や、アクティビズムの活発化、政策保有株式の見直し等をふまえ、資本主義との向き合い方が、そもそも大きな課題となっているが、そこには当然のことながらサステナビリティに対する織り込みも必要となろう。

 サステナビリティは、経済性とのトレードオフ、短期と中長期の折り合い、世代間・ステークホルダー間、地域間でのコンフリクト等の課題があり、その取り組みは簡単ではない。社員・投資家等のステークホルダーとのエンゲージメントにおいて有効となるのは、「未来」からのバックキャストによる、サステナビリティストーリーであろう。

 本書の問題意識は、これから本格的にサステナビリティ経営に取り組む企業に対し、基本的な考え方を検討するうえでのヒントとなるようなメッセージを発信したいというものである。企業価値に対するコーポレートファイナンスとサステナビリティの関係性を明らかにし、企業の経営管理にかかる判断や投資家の運用方針の基軸となる考え方を整理する。そのうえで社会・産業構造の変化の中で、企業行動の変化と新たな企業価値創造プロセスを含む、サステナビリティストーリー発信のあり方を考えるヒントを示したい。

1 「Japanese Traditional Company(伝統的な日本企業)」の略。上意下達の企業文化や硬直的な組織運営といった「昭和」体質が残る企業を指す用語。

本書の構成

 本書は、みずほ証券が2005年度から京都大学に提供している寄附講座「企業金融と資本市場」の活動の一環として、同大経営管理大学院とみずほ証券で実施した共同研究の成果をまとめたものである。構成を簡単に記しておく。

 序章では、サステナビリティ経営とコーポレートファイナンスについて、砂川伸幸先生に、アカデミアの理論的な観点から整理していただいた。

 第1部では、サステナビリティと資本市場のかかわりについて、みずほ証券のサステナビリティ関連実務の一線で活動中のメンバーが、各自の観点で整理するとともに、マニュライフ・インベストメント・マネジメント株式会社クレジット調査部長押田俊輔氏に債券投資家の視点で寄稿いただいた。

 また、第5章では、2023年9月23日の京都大学で行われた日本経営財務研究学会での発表(オムロン株式会社、株式会社日立製作所、アセットマネジメントOne株式会社の方々による討議内容)を収録した。

 第2部では、企業のサステナビリティに対する取り組みのケーススタディとして、澤邉紀生先生監修のもと、株式会社レゾナック・ホールディングスと明治ホールディングス株式会社の方々にインタビューし、サステナビリティ経営の考え方や実際の取り組みを考察するとともに、澤邉先生に事例から得られる知見を理解するための整理をしていただいた。

 第3部では、サステナビリティと金融・資本市場の今後のあり方について、金融庁、京都大学、アセットマネジメントOne株式会社、みずほ証券が、産官学それぞれの観点で、座談会にて討議を行った内容を収録した。

 あとがきに代えてでは、幸田博人先生に、日本における「産官学連携」の歴史的な位置づけや取り組みを踏まえつつ、サステナビリティ時代の産学の役割や、産官学連携の視点からの本書の意味合いなどをまとめていただいた。

 京都大学のアカデミアの視点、発行体企業・投資家のビジネスの視点、当局の視点が融合した、共同研究らしい書籍が完成したものと自負している。

本書の意義と謝辞

 本書は、発行体企業、特に、CFOや経営企画部や財務部、CSuO(Chief Sustainability Officer)やサステナビリティ関連部署の方々に、サステナビリティ経営の基軸となる考え方や、資本市場やグループ経営におけるCFOイシューとの関係性の検討にあたってのヒントとして読んでいただくことを想定しながら執筆・編集したものである。また、発行体企業にエンゲージメントをしようとする投資家の方々、発行体企業をサポートする外部コンサルタントや金融機関の方々、また、これから社会人になろうとする学生の方々にとっても、サステナビリティ経営を立体的に理解・把握するうえで役立つことを期待している。

 本書では、株式会社レゾナック・ホールディングス、明治ホールディングス株式会社をはじめ、オムロン株式会社、株式会社日立製作所など、発行体企業のサステナビリティ経営への取り組みについて掲載したが、サステナビリティストーリー発信のあり方に、画一的な正解や唯一絶対の処方箋があるものではなく、企業の成長ステージや業種によって、未来に向けて必要なアプローチは様々であることがわかった。一方で、ステークホルダーが共感できるようなサステナビリティストーリーが重要であることが、改めて確認できた。

 今後ビジネスは大変革期となり、不確実な未来は自社の思惑通りに進むとは限らず、企業には変化適応力が求められる。担い手である社員の活躍は殊更に重要であり、企業には、未来に向けた変革への挑戦に誇りを持てる魅力が必要となる。また、CFOイシューが経営基盤として重要で、資本市場を味方につけるべく、資本主義を使いこなす必要もある。財務運営の基軸としては、資本コストに加え、動態的にキャッシュフローの確保と配分を考えることもポイントとなり、差別化投資を賄うべく、持続的に稼ぐ力の獲得が必要条件となり、ベストオーナー視点もふまえた事業ポートフォリオ見直しも、早々に着手すべきテーマである。

 各企業にて、「サステナビリティを前提に、勝つためのガバナンス」のあり方・目指す方向性の青写真を、ゼロベース・統合思考で考え、発信・実行することが求められる。いきなり完璧である必要はなく、ステークホルダーとのエンゲージメントを通じた意見も取り込みつつ、段階的に高度化していけばいい。重要なことは、未来に向けて社員が燃えてくるようなビジョンと、ビジョンに向けたストーリーがあり、規律をもって持続的に自己改善に努める組織風土を醸成し、サステナビリティを経営の中核に据えることだ。こうしたサステナビリティストーリーを、社会課題解決に向けて、自社の強みを活かしたユニークなものとし、一貫性・納得性・実効性を感じられるよう磨き上げ、ステークホルダーにファンを創り、その期待に応え続け、社会に対するインパクトを創出し、持続的な企業価値向上・プラスサムや好循環の実現に挑戦し続けようではないか。

 最後に、ご多忙にもかかわらず、本書の趣旨に賛同いただき、インタビューに快くご対応いただいた株式会社レゾナック・ホールディングス取締役常務執行役員(CFO)染宮秀樹様、執行役員(CSuO兼サステナビリティ部長)松古樹美様、明治ホールディングス株式会社取締役専務執行役員CSO古田純様、IR部長田中正司様、ご寄稿いただいたマニュライフ・インベストメント・マネジメント株式会社クレジット調査部長押田俊輔様、座談会に登壇いただいた金融庁チーフ・サステナブルファイナンス・オフィサー池田賢志様、アセットマネジメントOne株式会社常務執行役員丸山隆志様に御礼を申し上げたい。また、研究会に参加いただいた京都大学・みずほ証券の関係者のみなさま、日経BP日経BOOKSユニットの平井修一様にも、この場を借りて感謝を申し上げたい。

 2024年5月

山口 敦之

【目次】

画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示