その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は王百禄さんの『 半導体ビジネスの覇者 TSMCはなぜ世界一になれたのか? 』です。

【日本の読者の皆さんへ】

 台湾で本書が出版されたのは2021年9月のことだ。あれから2年たった今、TSMCは創業以来、最大の地政学的リスクに直面し、米国、日本、中国、欧州の政治家や経済関係者の注目の的となった。このようなビジネス以外の要素で脚光を浴びるのは、創業者で前会長のモリス・チャンにとっても初めてのことだ。

 だが、様々な外的要因の懸念や影響はあるものの、TSMCは事業に邁進している。2021年から2023年にかけて、新工場建設のため年間300億〜340億米ドルを投資し続けている。その額は減るどころか着実に増加し、半導体の製造規模において競合するサムスン電子やインテルを大きく引き離している。

 技術開発面では、「3Dファブリック・アライアンス(3D Fabric Alliance)」を立ち上げ、オープンプラットフォームに世界有数の半導体関連のテクノロジー企業を集結させた。また、IBM、HP、AMDなどコンピューティング技術の先進企業とも緊密に連携している。さらに、Chat GPTなど生成AI向けの半導体のリーディングカンパニーであるエヌビディアやクアルコム、アップル、グーグル、テスラなど世界的テック企業がこぞってTSMCと連携し、最先端の半導体を共同で開発している。

 TSMCの2022年の純利益は1兆台湾ドル超あるため、潤沢な資金を研究開発に投じられる。2023年の研究開発費は100億米ドルに達した。このような巨額な研究開発投資が、最先端の製造・加工(プロセス)技術、特殊マイクロ部品、精密微細加工、第四世代の半導体材料開発などの技術力を支えている。今後10年は、TSMCが半導体製造における各種先端技術のトップランナーであり続けるだろう。

 同社の創業者で魂ともいえるモリス・チャンが、一線を退いてから4年あまりたつ。彼がつくり上げた企業文化は同社の中に着実に根づいて機能しており、マーク・リウ(劉徳音)会長、C・C・ウェイ(魏哲家)CEOの2トップのもと、この3年で驚異的な売上高と営業利益を記録した。

 TSMCが2022年に達成した三つの新記録は以下の通りだ。
・年間売上高が717.4億米ドルに到達(前年比26.3%増)。
・粗利益率が62%(金額は444億7800万米ドル)、純利益は350億米ドルを突破。
・世界最先端の5㎚[ナノメートル=10億分の1メートル]、7㎚プロセスの売上高が全体の52%超。

 2023年第2四半期において、TSMCは10㎚以下の半導体製造におけるトップランナーだ。7㎚、5㎚プロセスで競合を大きく引き離しただけでなく、2022年には両方の売上高が全体の半分以上を占めるようになり、きわめて高い粗利益率に貢献した。また、2022年第4四半期に3㎚プロセスの量産を開始した。これには一層高い技術レベルが求められる。4㎚プロセスの量産で歩留まりの低さに苦戦するサムスン電子に対して、TSMCは、同年12月29日に、3㎚プロセスの量産を祝う記念式典を開催し、リウ会長とウェイCEOが出席した。その誇らしげな様子は、サムスン電子とは対照的だった。

 TSMCの躍進はこれに留まらない。新竹と台中の両サイエンスパークに、超先端の2㎚プロセスの生産能力を有する最新の12インチウエハー半導体製造工場の建設を決めた。整地は完了しており、2023年に着工し、2024年に試運転、2025年に量産を開始する。今後も、サムスン電子やインテルとの技術差は広がっていくだろう。

 TSMCのライバルであるこの2社は、2022年に経営不振に見舞われ、業績が落ち込んだ。インテルの売上高は前年比約20%減の630億米ドル、売上総利益率は同47%減、1株当たり利益は同65%減だった。サムスン電子は売上高こそ302兆2300億ウォン[1ウォン=約0.11円]と過去最高を記録したが、営業利益は43兆3800億ウォンに落ち込んだ。これは売上高の14.35%にすぎない。TSMCの売上総利益率62%、売上高営業利益率は49%であり、2社とは雲泥の差だ。

 2022年に絶好調だったTSMCだが、2023年に目を向けると、第1〜2四半期は世界のハイパフォーマンス・コンピューティング(HPC)市場とコンシューマ・エレクトロニクス市場などで半導体の在庫調整の影響を受けるものの、高機能製品を求める顧客からの需要が大きく伸びていることから、減収幅は競合他社と比較して限定的になると見られる。また、市場の動向から下半期には高速処理が必要なAIチップの需要が旺盛になると見込まれ、再び業績は伸びるだろう。

 2022年、米国のナンシー・ペロシ下院議長(当時)の台湾訪問(8月)後、中国は台湾海峡で軍艦、戦闘機を投入し、ミサイル発射を伴う軍事演習を行ったほか、「中間線」[軍事防衛ラインとしての事実上の中台境界線]を越え、領海侵犯を繰り返した。こうした圧力により台湾海峡の緊張は一時高まったが、台湾の蔡英文総統はかなり自制的な態度をとることで、戦争を招かないようにした。

 2023年に入り、ロシアによるウクライナ侵攻が行き詰まり、ロシアが泥沼にはまっていく中で、3月に中国の習近平国家主席は3選を果たした。自身の指導力に自信を深めていることだろうが、国内での自信とは裏腹に、対米政策は慎重姿勢だ。台湾に対する大規模な領海・領空侵犯はその後起きておらず、米中衝突のリスクは沈静化している。つまり、短期的には、地政学的リスクがTSMCに与えるマイナスの影響は大幅に下がったといえる。

 TSMCは、世界中の軍事航空産業、HPC、IoT、スマートロボット、スマートフォン向けの高機能チップの80%以上を供給する唯一無二のサプライヤーであることから、台湾の安全保障と安定は、世界の産業の発展に深く関わっている。だからこそ、日本、米国、韓国、EU、オーストラリア、カナダを中心とする西側の民主主義陣営が結束して、台湾の安全と安定を支援することがきわめて重要だ。

 地政学的緊張の中でも、TSMCの熊本工場の建設計画は、日本政府やパートナー企業と交わした2021年の取り決めに基づき、変更することなく進められている。TSMCは2021年12月、合意内容に基づき、日本の熊本県に子会社JASM(Japan Advanced Semiconductor Manufacturing)を設立し、そこにソニーセミコンダクタマニュファクチャリングとデンソーが少数株主として出資した。JASMの熊本工場では12/16㎚プロセスと22/28㎚プロセスを製造する。一方、熊本より先に進められていた米アリゾナ工場は、労働組合との交渉や法律、文化の違いから、建設コストが当初の想定よりも大きく膨らみ、工事が大幅に遅れる事態に陥っている。また、エンジニアの育成やマネジメントに関しても、米台の企業文化や社会文化には異なる点が多く苦戦を強いられている。

 その点、熊本工場の計画・建設は順調に進んでいる。日米の工場とも稼働後5年間は、現地のエンジニアが育つまで、台湾から数百から数千人のベテランエンジニアを派遣し、現地のサポートに当たる予定だ。台湾人から見ると日本は治安が良く、歴史的に儒教文化の影響を受けたという共通点もある。さらに食習慣も似ているため、支援のために派遣されるTSMCのエンジニアは、米国よりも日本を希望する人が多い。海外拠点として、日本は最も友好的で効率的な場所だ。日本政府がTSMCのエンジニアたちに永住権や良好な定住プランを提供し、長期滞在の道が開かれれば、将来、日本が5㎚、3㎚という先端技術の拠点を誘致する際、プラスに働くはずだ。

 熊本工場は12/16㎚、26/28㎚プロセスというミドルクラスの半導体製造拠点になり、製品は主に、日本の自動車、家電、通信などの業界向けだ。だが、2024年には5㎚プロセスの製造技術が成熟し、その製造工場が熊本第3工場になる可能性が高いというのが私の予想だ。そうなれば、最先端の製造設備やロボット、電気自動車(EV)などに欠かせないハイエンドの半導体の供給が可能となる。新工場とTSMCの設備改善能力があれば、さらに4㎚プロセス、3㎚プロセスの製造も不可能ではない。そうなれば専門的なIC製造サービスをもって、世界市場からの先端スペシャリティ・テクノロジーへの需要に応えていくことが可能になる。JASMのウエハー工場は2024年末の生産開始を目指している。

2023年4月

【序文】

 最近、台湾のメディアで「護国神山」という言葉が大きく取り上げられているが、何を指しているのだろうか。「護国神山」になるにはどんな条件が必要なのか。これは興味深く、探求する価値があるテーマだ。

「護国(国を守る)」のためには、現代の先進国が日常生活や産業、国防などで不可欠な技術を保有していることが欠かせない。しかも、ほぼ独占的で、その技術において絶対的な優位性を持っているようにする。もしそのサプライチェーンが途絶えたら、日常生活や産業に大きな影響が及ぶだけでなく(例えば、iPhoneや自動車向け半導体の供給が滞ったらどうなるか)、大国の国防や軍事のための高度な武器が機能しなくなるかもしれない。大国は重要なリソースが途切れないようにするため、当然、その保護に力を入れる。この観点から見ると、TSMCの状況は「護国」の条件に合致しているといえる。

 では「神山」が指すのは何か。それはTSMCが台湾北部(ファブ2、5、8、12)、中部(ファブ15)、南部(ファブ6、14、18)の3エリアにある大型ファブ[ファブ=半導体製造工場]と、五つの最先端パッケージング工場を指す。

 これらの工場は、昼夜止まることなく稼働し、全世界、特に先進国の産業、商業、国防のニーズを満たしている。半導体チップの生産は、人類が半導体を発明してから70年の間に蓄積された知恵の結晶だ。巨大なファブは200億〜300億米ドルをかけて建設されている。北部、中部、南部に広がるこれらのファブの総投資額は数千億米ドルにのぼり、30年以上にわたり磨き上げた高い生産技術を有する製造チームが、あらゆる分野で必要とされる主要な電子部品を全世界に供給する。そう考えると、TSMCは世界で唯一無二の存在であり、「神山」といえるのではないだろうか。

 TSMCは偶然の産物だったと私は思っている。巨大な資本、大量の従業員、顧客は世界をリードする大企業ばかり。これらは周到な計画に基づいていたわけではない。私は創業者モリス・チャンに直接インタビューし、その背景と理由を聞いた。なぜチャンは54歳で米国から台湾に戻ることを選んだのか。なぜ彼は35年間も台湾に留まり続けているのか。そもそもモリス・チャンとはどのような人物なのか。台湾の行政トップと政府のハイテク施策トップがチャンに帰国を再三懇願したのは、モリスにどのような才能があるからなのか。これらの疑問に対する答えは、本書の第1章から第3章に記した。

 ここ数年で、TSMCは国内外のメディアの注目を集めるようになった。その一挙一動は、台湾の株式市場だけでなく、世界の主要産業のサプライチェーンを安定的に運営できるかどうかにも影響を及ぼす。本書では、TSMCの基本的な実力(ファンダメンタルズ)を深く理解することができる。強みはどこか、なぜそれほど強いのか、競合他社がなぜこの先10年間でTSMCに勝つことが難しいのか、その理由も明らかにする。また、TSMC株を保有する投資家は、ファウンドリーの競争優位性をしっかり理解する必要がある。本書の第4章と第5章では、TSMCのコアバリューについて詳しく説明する。これらを知ることで、TSMCの強さは最近の取り組みによるものだけではなく、時折起きる市場変動に踊らされることなく、設立から30年以上の時間をかけてトップから末端の従業員まで全員が築き上げたものであることがわかる。

 また、本書を1回、2回と十分に読み込んでいけば、世界トップクラスの競争相手がどのような戦略でTSMCに挑戦するのか、あるいはできないのかもはっきりするはずだ。

 本書第4章では、TSMCの七つの競争優位性について詳しく説明する。米国のインテル、韓国のサムスン電子、中国の中芯国際(SMIC)は虎視眈々とTSMCの座を狙っているが、この先10年間で、どの競争優位性に追いつく可能性があるのか。10年以上かけても越えられない競争優位性はどれなのか。本書の分析を読めば、おのずと理解できるだろう。

 モリス・チャンが去ったらTSMCの経営は悪化し衰退するのだろうか。TSMCの今後の発展に関心がある人なら、気になる話だ。本書では、モリスが築き上げた企業文化について数多く紹介している。本書を熟読すればTSMCの企業文化の核心とは何か、なぜそれが持続可能な経営への基盤になるのかへの理解を深められるだろう。企業文化は、従業員が暗唱するスローガンのことではない。台湾企業やアジアの企業がなかなか「100年企業」になれない理由は、カバナンスにおいて人による部分が大きすぎ、仕組み化するのが難しいからだ。モリスの退任後、TSMCが依然として強力な競争力を維持している理由の一つは、モリスがつくり上げた企業文化が組織の隅々まで浸透し、従業員の思考や行動様式になっているからだ。そのため、リーダーがつきっきりでなくても、従業員はいつも通りに行動できる。これはモリスの特筆すべき功績だ。

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 TSMCの台湾への貢献は、産業面以外にどのようなものがあるのだろうか。「環境、社会、ガバナンス(ESG)」という企業が追求すべき三つの目標において、具体的にどのような取り組みをしているのか。本書の第6章では、国際的なトップ企業となったTSMCが本業で利益を創出すること以外に、社会のためにしている拍手喝采を浴びるような感動的な取り組みについて具体例を挙げて説明する。

 第二次世界大戦後、台湾は農業社会から工業社会に移行し、さらにハイテク産業を大きく発展させるまでに70年以上の歳月を要した。政府主導の経済プランは、最初の40年間は非常に効果的で、経済全体を一変させた。人口はわずか2300万人ながら、国際連合に加盟する数百の国・地域と比較すると経済規模ではトップ20に入り、莫大な富と雇用の機会を創出した。TSMCの設立と成長は、台湾の経済政策が重要な役割を果たしたことと、巨大化した産業が自由競争に向かっていることを物語っている。本書を読み終えた後、皆さんもきっと同じ感想を持つだろう。


【目次】

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