その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日はキャサリン・M・ゲール、マイケル・E・ポーター(共著)の『 民主主義のファイブ・フォース分析 政治産業にイノベーションを! 』です。

【はじめに】

 私の名前はマイケル・E・ポーター。経営学者で、執筆活動や助言活動を行う傍ら、教鞭も取っている。私が1979年にハーバード・ビジネス・レビュー誌に発表した産業の競争要因を理解するフレームワーク「ファイブ・フォース(5つの競争要因)分析」は、競争戦略の分野に革命を起こすきっかけとなり、いまなお、世界中でビジネスの進め方や学界の考え方に少なからぬ影響を及ぼしている。

 私はこれまでに19冊の本を執筆した。テーマは、経済理論・政策、競争・競争優位、国の競争力・経済発展、医療の提供、ビジネス戦略など様々だが、まさかアメリカの政治に取り組むことになるとは夢にも思っていなかった。それが一変したのは、キャサリン・ゲール氏のおかげだ。

 私はこれまでの大半の期間、政治にはほとんど関心を寄せていなかった。政策と戦略の問題に没頭し、世界中の企業や政府のトップと実践に移す取り組みを進めてきた。私にとって、政治の「駆け引き(ゲーム)」は、どちらかと言えばノイズのようなものだった。最適な公共政策を編み出すことが最大の課題であり、もしそれが実現できれば、効果に応じて、よい政策が導入されていくと思い込んでいたのである。読者の多くもそうだと思うが、私は基本的に、選挙で投票し、投票した大統領候補や知事候補が社会を正しい軌道に戻してくれることに期待をかけるという形で政治に関わってきた。いま振り返ると、私は政治制度がもたらす有害きわまりない膠着状態や、「どうせ駄目だ」という無力感1をごくふつうのこととして受け入れていた。

 それが変わり始めたのは、アメリカの経済政策に改めて関心を寄せたときだった。2010年、私はジャン・W・リブキン教授と共同で「アメリカ競争力プロジェクト」の共同議長に就任した。これはハーバード・ビジネス・スクールが打ち出した複数年にわたるプロジェクトで、アメリカ経済の不調の根本原因を探ることが目的だった。経済の不調は、リーマン・ショックのはるか以前に始まっていたのだ。アメリカは強大な力を維持しているが、競争力は確実に低下している。読者もご存じだと思うが、アメリカには憂慮すべきたくさんの弱点がある。教育、労働者のスキル、複雑な規制、インフラの老朽化といった課題だ。

 ただ、こうした経済面の課題は、政府の仕事の半分でしかない。残り半分は社会面の課題だ。2013年、私はスコット・スターン氏らとともに「社会的進歩の指標」を開発した。これは各国の社会、環境、生活の質に関する重要指標を客観的に測定・比較する新しいフレームワーク、新しい方法論である。これで明らかになったのは、大半のアメリカ人が気づいていないことだった。つまり、アメリカの経済競争力が低下しているのとまったく同じように、アメリカは社会の完成度という点でも多くの面で後れを取っているのだ。私たちが大切にしている分野、往々にして私たちが切り開いてきた分野も含めてである。社会の完成度が低下したことを受けて、格差といった経済面の課題も生じた。

 「アメリカ競争力プロジェクト」を分析から実践の段階に進めるなかで、私はハーバード・ビジネス・スクールの同僚と共同で「8項目のプラン」を提唱した。アメリカの経済競争力をてこ入れするために必要な喫緊の政策課題をまとめたものだ。私はワシントンDCに何度も赴き、連邦議会の議員と話をした。議員たちは口をそろえて対策の必要性を認めてくれた。

 だが、何も起きなかった。結果がまったく出なかったのである。経済ファンダメンタルズは何十年にもわたって悪化し、一般市民のチャンスや生活水準に連鎖的な悪影響が及んでいる。そうした流れを変えるための画期的な政策の処方箋が、なぜ改革に結びつかないのか。非公式には超党派の支持を得た私たちのプランが、なぜ公の場でまったく法制化されないのか。

 私は狐につままれた思いがした。

 ところが、キャサリンは違った。政治の上層部や政治改革への取り組みに精通し、「すでに政治への嘆きを5段階ほど」通過してきたキャサリンは、理想的な相談相手として、私に政治の仕組みを教えてくれた。キャサリンは、すでに党派政治から足を洗い、政治の刷新(イノベーション)に深く関わっていた。ただ、私たちが政治の分野で協力するきっかけとなったのは、ビジネス上の課題だ。

 2013年、キャサリンは自分が経営する会社の戦略について私に助言を求めてきた。当時、キャサリンはウィスコンシン州のハイテク食品メーカー、ゲール・フーズの社長兼最高経営責任者(CEO)を務めていた。企業価値は2億5000万ドル。一世紀以上にわたってイノベーションを重ねてきたが、業績が急激に悪化していた。同社の再建を指揮していたキャサリンは、父親の残した遺産を守り、会社の競争力をあと百年間維持するには、何をするのか一番よいのか、暗中模索していた。私たちがファイブ・フォース分析など競争分析のツールを使ってゲール・フーズの戦略を分析・立案している間、キャサリンが並行して、後に「政治産業」と名づけるものを分析していたことは、当時の私には知る由もなかった。<

 本書の土台にあるのは、キャサリンのひらめきだ。業種を問わず競争のあり方を分析できる「競争要因のフレームワーク」といったツールで、アメリカ政治の微妙な陰影を捉えることができる―。その後、私はキャサリンの説得で、政治とは厳格な分析を拒む、手出しができない部内者の駆け引きではないと考えるようになった。政治の化けの皮をはがし、政治を産業とみなせば、政治を変えることができる──キャサリンはそんな独創的なアイデアを持っていた。

 キャサリンは、政治のイノベーションに充てる時間を増やしたいとの思いもあり、2015年に会社を売却したが、その直後、一緒に本を書かないかと私に連絡をくれた。まったくの畑違いだったが、私はやってみたいと感じた。2人のリポート「政治産業の競争力はなぜアメリカの期待に届かないのか」は2017年にハーバード・ビジネス・スクールから出版され、本書の基になった。説得力とインスピレーションに富んだリポートで、私は無我夢中だった。

 こうした共同作業が、実現するとは夢にも思っていなかった。それが運命だったかどうかは別にして、アイデアが文章になり、文章が本になり、本が(望むらくは)大変革の土台になれば、発端となったストーリーは面白い形でどんどん膨らんでいく。

 こうしたアイデアの生みの親は私だと思われることがすくなくないが、それは違う。本書で提唱する「政治産業論」も、政治のイノベーションに向けた戦略も、キャサリンが編み出したものだ。そして、こうしたアイデアを全米に広げ、実行に移す原動力になっているのもキャサリンだ。私はこの活動に関われたことを誇りに思う。

 最後に、本書は私の20冊目の著作となった。これを最後の著作にする計画はないが、何十年にもわたって、企業や国家の成功を左右する戦略的思考・洞察を仕事の中心に据え、何世代もの学生を教え、企業や政府のトップに助言をしてきた自分のキャリアを振り返ると、本書はまさに、私の最重要の著作になるかもしれない。なぜか。それは、これ以上ないほどリスクが高まっているいまのアメリカで、問題を解決し、行動し、結果を出すことについて書いた書物だからだ。本書は党派対立による膠着を打破し、民主主義を救うための手引きとなる。お読み頂ければわかるが、アメリカ人は過去にそれを成し遂げていたのである。

 それをどのように再現するか、本書ではその点を説明していく。

マイケル・ポーター

【目次】

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