その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は上阪徹さんの『 成城石井はなぜ安くないのに選ばれるのか?(日経ビジネス人文庫) 』です。
【はじめに】
■成城石井は、なぜこれほどに支持されるのか?
都内屈指の高級住宅街と評される世田谷区成城。作家、画家、音楽家、俳優、タレント、経営者……。数多くの著名人たちが、この地に居を構えていることはよく知られる。瀟洒(しょうしゃ)な邸宅は、この街の象徴のひとつ、といえるかもしれない。
そしてもうひとつ、この地の象徴的な存在、さらに成城の名を全国に知らしめた存在といえば、この名前を挙げることができるだろう。成城に古くから暮らす人たちの間では“石井さん”と呼ばれる、駅の目の前にある老舗スーパーマーケット、成城石井である。
この文章を書いている私は、縁あって2003年から、成城に暮らしている。この地に仕事場を持っている作家に取材をする機会があり、街を一目で気に入ってしまったのである。
生活を始めるにあたり、成城で真っ先に入ることになった店。それが、成城石井だった。ビジネス関連のライターという仕事柄、いろいろな業界にアンテナを張っている。流通業界について書く仕事をしていた時期もあり、成城石井の名前は当然、知っていた。
高級住宅街に暮らす人たちが日常的に利用する老舗スーパー。高級品や輸入品を扱い、他の街のスーパーとはちょっと違う品揃えになっている店。おそらく内装なども手の込んだ高級な作りになっているに違いない……。そんなイメージを持っていた。
ところが、初めて店に足を踏み入れてみて、私は驚いてしまった。イメージとまるで違ったからだ。外国にあるような美しい陳列がされているわけではない。照明にこだわっているわけでもない。店内は清潔ではあるけれど、特に高級感を感じることはなかった。
「なんだ、普通のスーパーじゃないか」
正直、これがパッと見たときの印象だったのである。お恥ずかしいことだが、食料品などの買い物は妻に任せ、基本的に同行することのない私は、それきりほとんど成城石井に足を運ぶ機会はなくなってしまった。
その後、成城石井が店舗を拡大していることは知っていた。エキナカに出店していたり、商業施設の中にあったり。そのブランド力を活かし、出店を加速しているものだとばかり思っていた。
印象が大きく変わったのは、最寄り駅の成城学園前駅が大規模リニューアルをして駅ビルになったときである。かつては成城石井の目と鼻の先にあった鉄道系列の店舗やテナントも、それまでのものよりも、はるかにグレードアップしてリニューアルされた。
近隣では、“成城石井を意識したのではないか”とも、ささやかれていたらしい。たしかに、新しくできた店は、高級感あふれる店舗になっていた。これでは、さしもの成城石井も大きな打撃を受けるのではないか、と想像できた。
こうなると、俄然、興味が出てきてしまうのは、職業柄かもしれない。2つの店を比較して観察してみようと考えた。
そしてわかったのが、私の見る限り、成城石井の人の入りは、まったくといっていいほど変わらなかったことだった。目の前に高級感を意識した新しい店ができても、成城石井は、びくともしなかったのである。
以降、少し離れた幹線道路沿いに高級スーパーができても、もっと近くに商社系列のスーパーができても、成城石井にはまったく関係がなかったようだ。幹線道路沿いの高級スーパーはあっさり撤退に追い込まれてしまった。
いったい、成城石井というのは何が違うのか。どこにその人気の秘密があるのか。いつか調べてみたいと思っていた。
そんな私と同じような思いを持っていた編集者からメールがやってきたのは、2013年のことである。
その編集者は、渋谷区の店舗で成城石井を日常的に使うようになったという。食への関心の高い彼は、その過程で、成城石井が単なるスーパーではないことにすぐに気づいたらしい。しかも、高級スーパーと呼ばれるスーパーがほとんど新たな出店などしない中、成城石井は出店が続いていたことも知っていた。このスーパーは何が違うのか。どこにその人気の秘密があるのか。私と同じような疑問を持つに至っていたのだ。
こうして、成城石井の全面協力のもと、人気の秘密を解き明かすという本企画がスタートすることになった。
実は私が真っ先に話を聞いてみたのは、毎日のように買い物に出掛けていた妻とその友人たちだったのだが、成城石井に対する評価は私の想像をはるかに超えて高かった。こんな声が次々に入ってきたのだ。
「成城石井でお肉を買っていると、もう他の店では買えない。そもそも、子どもたちが成城石井のお肉以外、食べてくれない」
「ちょっと変わったものが食べたいな、おいしい調味料や食材が欲しいな、と思うと必ず成城石井に行く。そうすれば、間違いなく何か面白いものが手に入る」
「総菜のレベルが他のスーパーとはまるで違う。置いてあるものがまったく違うし、味もびっくりするくらい本格的」
「とにかくレジが速い。ほとんど並ばなくて済む。店の人が袋に入れてくれるのが、丁寧でものすごく上手」
「サービスレベルが違う。感じがいい。何でも聞けばすぐに教えてくれる。従業員が丁寧だし、商品に詳しい。主人はワインを成城石井でしか買わない」
同時に私は、すでに我が家の食卓にも成城石井のおいしいものがたくさん並んでいたことに初めて気づかされ、妻に叱られることになる。
成城石井に対する取材が始まり、私は本当に驚くことになった。どうして成城に暮らす人が成城石井に買い物に行っていたのか、その理由が次々とわかったからだ。
さらに私が初めて店を訪れたときの疑問も解消した。どうして、こんなにも質素な店舗なのか。端的にいえば、成城石井は、見てくれを高級にするようなことにはまったく関心を持っていなかったのである。それよりも、おいしいものを仕入れ、手頃な値段で提供することにこそ、何よりもこだわっているスーパーだったのだ。
取材では、あらゆる質問について、ほぼ明確な理由を答えてもらうことができた。尋ねると、そこには必ず答えがあった。このスーパーは、すべてに理由がある、と感じた。これもまた、驚きだった。
本書は7章仕立てで、関係者への取材によって、成城石井がなぜこれほどまでに多くの人の支持を得ているのか、解き明かしていく。
第1章では、商品に対するこだわりについて語る。どうして、成城石井がそうなったのか、についても解説する。
第2章では、商品力と並び成城石井の大きな強みとなっている接客をはじめとしたサービスについて書く。
第3章は、独自の品揃えはなぜ可能になるのか、そのバイイングパワーと、オリジナル商品と呼ばれるプライベートブランド商品、さらにはセントラルキッチンと呼ばれる自社で持っている総菜工場について解説する。
第4章では、成城石井の経営がどのように行われているのか、について語る。日常の戦略構築から、出店戦略までを聞いた。
第5章では、成城石井にとって大きな転機となった、2004年の買収劇について考察する。この出来事が、実は後の成城石井の躍進の大きな鍵を握っていた。
第6章では、どのように人材を育成しているのか。アルバイト、パートも含めた人事戦略や人材教育について触れる。
そして最終章の第7章では、高級スーパーとは呼ばれたくないという成城石井の成功の本質と課題、新しい挑戦について語る。
7つの角度から、多くの消費者に支持されている成城石井について探っていきたい。今、急激な成長が始まっている成城石井の考え方は、まったくの異業種の方にも、これからのビジネス世界を生き抜いていくための、多くの示唆が得られると思う。
2014年に発行された本書は、ありがたいことに2025年になって文庫化されることになった。そのため全文を改めて読み返したのだが、驚くべきことにまったく古びていなかった。それどころか、モノの値段が上がり続ける令和の現在だからこそ参考になる知見が、山のように書かれていることに気づいたのだ。
そこで、文庫化にあたって本文は基本的にあえてそのままにし、商品や売り場の写真のみ必要に応じて入れ替えることになった。また、2024年に代表取締役社長に就任した後藤勝基氏にインタビューする機会に恵まれたので、それを最後に「終章」として収めることにした。
ぜひ、成城石井の「これから」についても感じてほしい。
【目次】





