その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は村上憲郎さんの『 クオンタム思考 テクノロジーとビジネスの未来に先回りする新しい思考法 』です。

【はじめに】

 私がこれからご紹介するのは、

  • 正解があるかどうかもわからない課題に直面したときに、正解にたどり着く方法

 あるいは、

  • 一見すると「成功」が続いているように見受けられる状況の中で、課題をいち早く発見する方法

 として、「クオンタム思考」と名付けた思考方法です。
 変化の荒波に負けず一歩を踏み出そうとしている方々、新しい技術の登場をプラスに捉え、使いこなすことで自らを高めていこうと考えている方々、起業やイノベーションを志している方々に手に取っていただければと考えています。

 いつの頃からか言われ始めた「失われた10年」が、そのうち「20年」になり、ついに「30年」になってしまいました。いわゆる「経済成長率」が、地を這(は)うような「ゼロ成長」として30年も続いているということが、端的な数字的根拠といえるでしょう。
 そうなってしまった根本的な原因については、すでに多くのことが語り尽くされていると思いますが、あえて1つだけ言及するとすれば、次のような事態かと私は考えています。

 日本は、150年前の明治維新以来、「欧米先進国に追いつけ追い越せ」とばかりに、「後進国日本」が抱えていた課題に取り組みました。その手っ取り早いやり方は、すでに欧米先進国がたどり着いていた「正解」を、なるべく多く早く取り入れることでした。
 このやり方は功を奏し、20世紀初頭には、欧米列強と「肩を並べる」ところまで近代化を進めることに「成功」しました。ただ、その「成功」も第2次世界大戦の敗北によって、75年前に再出発を余儀なくされてしまいました。

 その敗北からの復興でも、敗戦国日本がその課題に取り組むに際して、その手っ取り早いやり方として採用したのは、敵国だった連合国側の、なかでもアメリカがたどり着いていた民主的な諸制度や企業経営、技術開発方式を「正解」として、なるべく多く早く取り入れることでした。
 このやり方も再び功を奏し、1980年代には、「世界第2の経済大国」としてその繁栄の極に上り詰めたわけであります。

 それが、バブル崩壊に始まる金融危機以降、「失われた30年」と言われる停滞にはまり込み、それを脱却できなくなってしまいました。それはなぜかというと、日本はもはや、後進国でもなく、敗戦国でもなく、いわば「課題先進国」となってしまったからです。
 誰かが解決済みの「正解」が、どこを探しても未だにない課題に、向き合わざるを得なくなっているにもかかわらず、そのような事態に有効に対処できないでいるからだとしか、私には思えません。

 私が本書で「クオンタム思考」を提案しようと決めたのは、こうした背景があるからなのです。
 「クオンタム(quantum)」とは、本文の中で詳しく説明しますが、「量子(りょうし)」と日本語では訳されているものです。
 最近ちょくちょく、現行の電子計算機の次のコンピュータとして登場が期待されている量子コンピュータが新聞紙上にも取り上げられてきておりますが、その登場というタイミングということもあって、「クオンタム思考」をご紹介しようと思ったのです。

 現行の電子計算機は、0と1というbit(binary digit:2進数の一桁)を使って計算がなされているということは、どこかでお聞きになったことがあると思います。量子コンピュータでは、q-bit(quantum bit)というものを使って計算がなされます。さて、このパラグラフになって、「bit(binarydigit:2進数の一桁)」と聞いて、
 「うん、聞いたことはあるけど、自分は文系なので、そこまでは知らなくてもいい」
 と思った方は、いないでしょうか? この本は、実は、そのように感じてしまいがちな文系の方々も視野に入れて書いた本でもあります。

 前に私見を開陳させていただいた「失われた30年」の根本原因の1つにも、そのような日本の文系の方々の「理数アレルギー」があると思うからであります。また、クオンタム思考の第一歩が、「理数アレルギー」の克服でもあるからです。
 ただ、本文では、文系の方々の「理数アレルギー」を単に否定することはせずに、それに十分配慮した形で、徐々に理数的な内容をご紹介していってありますので、あまり怖がらずに、勇気を持って読み進めてください。
 (勿論、本書は理系の方々が読んだ場合にも、発見と納得、そして課題をちりばめる形で執筆しています。理系読者の皆さんの挑戦もお待ちしています。)

 「徐々に」というのは、どういうやり方かというと、この本では、
 「初回に読むときには、飛ばしてもいいですよ」
 という箇所には、わかるように「印」を付けました。

 つまり、「2回目に読むときに、頑張って読んでみてください」ということで、2回読んでいただければ、「徐々に」理系的な内容をより深く理解していただける編集になっているということです。
 勿論、1回目から飛ばさずにお読みいただいても、その理系的内容の登場も「徐々に」を心掛けております。
 理系的内容の説明においては、その途中、「どうしても、数式で説明したほうが明確になる」という場面では、簡単な数式も登場させています。その数式も、中学の数学程度の範囲にとどめてあります。文字式の取り扱いの決まり事といったことも、改めて解説を加えながら、数式を登場させていますので、どうか、理数アレルギーを克服するチャンスだとお考えください。

 本書では、理数系の学術用語を文中に多用することによって煙に巻き、意味不明どころか無内容な言説を、あたかも意味深な内容を展開しているかの如(ごと)き詐術(さじゅつ)を無意識のうちに行使してしまうことのないように心して、議論を進めていくつもりです。本書が思考法をテーマとする書籍でありながら、数式をも紹介せざるを得ないと考えたのも、そのような詐術を絶対的に避けたかったからです。

 必要最低限の、最少の理数的内容の理解があれば読み進められるよう、心掛けています。その目的を達成する意味においても、文系の皆さま、どうか、勇気を持って、この本を読み進める中で、理数アレルギーを克服してください。
 そして、本書を通して、正解があるかどうかもわからない課題を自分の頭で考える力、先の見えない時代に勇気を持って一歩踏み出す力を高めていっていただければと願っています。

村上憲郎

【目次】

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