その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は石川智久さんの『 「金利のある世界」の歩き方 』です。

【はじめに】

 日本銀行は、2024年3月19日の金融政策決定会合でマイナス金利政策を解除した。その背景には、春闘において2024年の賃上げ率が5.28%と33年ぶりの高水準となり、2%の物価目標を持続的・安定的に達成できる環境が整ったとの判断があった。日銀が政策金利を引き上げるのは2007年2月以来、17年ぶりである。すでに世界各国の中銀は金利引き締めに乗り出しており、マイナス金利は日本銀行のみであった。このように、わが国は世界最後発とはいえ、「金利ある世界」に踏み出したといえる。24年に入り、日本人が半ばあきらめていた日経平均の最高値更新があった後のマイナス金利解除である。24年は「失われた30年」からの脱却が見えてきた歴史的な年といえよう。

 一方で、「金利がある世界」と特殊な世界のような言われ方をしているが、本来であれば金利があるのが当たり前である。逆に言うと日本はこれまで異常な世界にいたと言うことになろう。かつてゼロ金利政策やマイナス金利政策が実施された際は、「日本は経済学の実験室」という言われ方もされたことがある。その意味ではやっと、経済学の教科書が想定する普通の時代に戻ったともいえる。

 しかしながら、ゼロ金利政策から考えると一時的な利上げ局面はあったものの、総じてみれば25年近く金利がゼロもしくはマイナスといった状況になっている。人々が金利について意識するのは社会人になってからと考えると、現在50歳以下の人々は金利に縁遠くなっているのも事実である。金融関係者からも「若手銀行員は金利引き上げ交渉をしたことがないため、今後の金利上昇局面できちんと対応できるか不安である」といった声や、「市場金利が動かないので、債券ディーラーは債券価格変動の怖さを知らない。また基本的に満期保有で対応してきた時代が長いので、安く買って高く売るといった、普通のディーラーがやってきていることを知らないディーラーが増えている」といった声も聞かれる。

 また後に述べるが、一般の人々にとって、最大の買い物は住宅であり、多くの人々は住宅ローンを借り入れる。そして住宅ローンの残高が多いのは当然ながら若い世代になる。しかしこうした世代は低金利時代しか知らないため、「金利上昇の恐ろしさ」といったものがあまりわかっていないと考えられる。また、住宅ローン減税の効果を最大限享受するために、変動金利での借り入れが増えている。当然ながら、変動金利は政策金利上昇とほぼ同時に上昇していく。多くの人々は金利が上がれば長期金利に切り替えればよいと思うかもしれないが、その時はすでに遅しとなることが多く、長期金利は上昇しているか、長期金利は上昇していなくても、金融機関が自社の与信管理の観点から貸出枠を決めてしまい、うまく長期金利のローンに切り替えられない可能性がある。

 そして最も注意しなければならないのは、わが国の政府部門である。金利が低いからこそ、GDPの倍以上の債務を抱えることができた。しかしながら、金利が上がれば、当然ながらその支払いが増えていく。これまでは、MMT(後述)のように、国債は無限に発行できるとする議論もみられたが、そうした議論も、これからはどんどん減っていくだろう。

 さて、金利のある世界に戻ったと言っても、これはまだ名目の世界である。物価上昇率を差し引きした実質ベースではまだマイナスのままだ。経済的には名目よりも実質の方が意味を持つ。つまり、金利引き上げの効果が出てくるにはまだまだ時間がかかると言うことである。すなわち、我々は金利のある世界への対応について、それなりに時間的余裕があるということである。とはいえ、時間的余裕はそれほど長いというわけでもない。そこで本書では我々はどのように準備していく必要があるのかについて考えていきたい。

 また、本書は、私の過去の論文だけでなく、日本総合研究所調査部の研究員の論文や書籍も多く活用している。具体的には、マクロ経済に関しては、当社調査部のマクロ経済研究センターに所属している、西岡慎一主席研究員、藤山光雄主任研究員、井上肇主任研究員、立石宗一郎研究員、後藤俊平研究員等の研究を参考にしている。また、財政・金融・経済政策については、河村小百合主席研究員、蜂屋勝弘上席主任研究員、野村拓也主任研究員、大嶋秀雄主任研究員、谷口栄治主任研究員、安井洋輔主任研究員の研究を参考にしている。円相場の推移については、牧田健理事の論文に準拠した部分も多い。このように当社調査部の知見を多く使用しているが、当然ながら本書の文責は筆者にある。

 本書が読者にとって、金利のある世界をうまく歩いていけるガイドブックとなることを期待している。

2024年8月
石川 智久


【目次】

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