その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は杉原淳一さん、染原睦美さんの 『誰がアパレルを殺すのか』 です。

【文庫版まえがき】

 2020年1月1日、三陽商会の岩田功氏が業績低迷の責任を取り、記者会見も開かないまま静かに社長職を退いた。同社は英高級ブランド「バーバリー」とのライセンス契約を終了して以降、収益の柱を再構築できず、2020年2月期まで4期連続の最終赤字を計上する。

 再建を託された岩田氏だったが自らの手でそれを果たすことはできず、社長が2代続けて引責辞任という結末を迎えた。バーバリーチェックのミニスカートで一世を風靡した名門が凋落していく様は、アパレル業界が置かれた厳しい現状を示す証左と言えるだろう。

 厳しい状況に置かれているのは三陽商会だけではない。各社とも高度経済成長期からバブル期までに築いてきたビジネスモデルからの転換に追われており、アパレル業界で老舗や大手と言われてきた企業に往時の勢いはない。

 この書籍、『誰がアパレルを殺すのか』を取材・執筆していた2016~2017年当時、大手アパレル企業は人員削減や店舗、ブランドの閉鎖を進めていた。採算の悪くなった事業を切り離せば、その分だけ利益率は上向く。そうしたリストラの効果によって小康状態を保ってきたはずの業績が、足元でまた崩れ始めている。

 その不振の原因は、過剰な商品供給がいまだに繰り返されているという点にある。

 経済産業省のまとめによると、アパレル製品の国内供給点数はピークだった2013年の約41億3000万点から、2015年には約36億7000万点まで大きく減った。ちょうど、ブランドの閉鎖や大量閉店が取り沙汰されていた頃と一致する。

 しかし、2016年には再び増加に転じ、2017年には約37億9000万点まで戻している。大量の商品供給を通じてなんとか目先の売り上げを作ろうとする悪循環は、業績が悪化するほどそこから抜け出しにくくなる。

 こうした事例に象徴されるように、本書の中で指摘している数々の問題や課題は今も解決されてはいない。「2014年頃から表面化したアパレル業界の不振は、各社の相次ぐリストラの成果で小康状態に入りつつある。ただ、それは本質的な解決策ではない。不採算店を閉めて退職者を募れば、確かに短期的な利益は改善するだろう」。本書の中でこんな一節を書いた。年月を経て、筆者の予想通りの展開となっている現実に、歯がゆい思いを抱いている。

 本書は『日経ビジネス』の巻頭特集「買いたい服がない アパレル〝散弾銃商法〟の終焉」をベースに、様々なコンテンツを加筆したものだ。取材を始めるに際して、最初に掲げた問題意識、「誰がアパレルを殺すのか」をそのままタイトルに付けた。

 出版して間もなく、アパレル業界からは大きな反響があった。本書に対する反応は2種類に分かれた。一つが「よくぞ指摘してくれた」という前向きな賛意。そしてもう一つが「こんな話、ずっと前からみんな知っていた」という〝反論〟だった。筆者が考えるに、問題の本質はその点にある。業界内では常識だが、世間一般から見れば非常識になっている慣行は少なくない。

 〝業界〟に関わる人間なら誰もが気づくほど問題が広がっているのに、先達の時代からずっと放置されてきたことを自分の代に解決しようとする気にはならない。なにより目の前の仕事が忙しいし、そもそもどこから手を付ければいいのかも判然としない。スクラップアンドビルドが必要なことは分かるが、一方でそれを実行に移すことがいかに難しいか。本書をきっかけに様々な人々と交流を深めるにつれ、アパレル業界の悩みの深さを再確認してきた。

 本書にはいくつかのキーワードがある。「思考停止」や「集団自殺」がそうだ。斜陽と言われる多くの業界に当てはまるのではないだろうか。「アパレル」の部分を所属する業界に変えても、違和感のない人は少なくないはずだ。

 「まるで自分の業界や職場について指摘されているようだった」。アパレルとは違う業界で働く読者からはこうした共感の声を多く頂いた。高度経済成長期に味わった強烈な成功体験から抜け出せず、みんなが努力しているはずなのになぜか業界全体が沈んでいく。顧客が本質的に何を求めているのかを考え抜かないまま、「今はあれが売れている/流行っている」と聞けばすぐに飛びつき、各社横並びの「新規ビジネス」が雨後の竹の子のようにわいてくる─。そんな目の前の現実に嫌気がさしながらも、少しずつでも何かを変えようと懸命に取り組む人に本書が響いたのなら、筆者としてこれほど嬉しいことはない。

 この本が最初に出版された2017年から年月を経て、当時と違う立場に置かれている登場人物・企業もいる。

 例えば、TOKYO BASEの谷正人最高経営責任者(CEO)は2020年現在も高い利益率のビジネスを維持しているが、中華圏への出店を果たしたため、香港の自治を巡る騒動や新型コロナウイルスによる消費への影響をどう克服するかが新たな課題だ。セクハラ疑惑が報じられたストライプインターナショナルの石川康晴社長は同社を辞任している。

 「アパレル業界は滅ぶのか」という問いには今でも変わらずNOと答える。実際、小規模ながら「自分の好きなモノ」にこだわり抜いて顧客の支持を得るビジネスモデルも生まれてきている。

 SNS(交流サイト)などの普及で、業界内に押し留められてきた欺ぎ瞞まんや不誠実さが明らかにされることも増えたが、逆に小規模な企業や個人レベルの経営者でもビジネスの根幹にある熱意や誠実さをダイレクトに消費者に訴えることもできるようになっている。従来型のアパレルビジネスの枠にとらわれない、若い精神と広い視野を持った経営者が活躍する世界は着実に広がっている。

 人口減少が避けられない現実となり、右肩上がりの成長幻想が消えつつある現在、「何を捨てるべきか」という問いは全ての企業にあてはまる。アパレル業界に迫る変革の波も避けられそうにない。一つだけ分かっているのは、その勢いがこれからさらに激しさを増すということだけだ。

 人は服を着て生活する。そんな身近な業界を深掘りして見えてきたのは、日本経済全体に当てはまる不振の構図だった。改めて、この本を手に取ってくれた多様な世界に生きる人達にとって、何らかの気付きを与え、一歩踏み出すきっかけとなる1冊になることを願っている。(本文中の社名や肩書、数字及び事実関係等は原則として単行本執筆時のものです)

2020年3月  杉原 淳一

【はじめに】

 国内の衣料品(アパレル)業界がかつてない不振にあえいでいる。その危機的な状況は業界内に留まらず、報道などを通じて、広く世間に知れ渡るようになった。

 苦境を端的に示すのは、数字だろう。

 オンワードホールディングス、ワールド、TSIホールディングス(サンエー・インターナショナルと東京スタイルの統合によって2011年に発足)、三陽商会という、業界を代表する大手アパレル4社の2015年度の合計売上高は約8000億円。2014年度の約8700億円と比べて、1割近く減少している。2016年度も引き続き1割程度減る見込みだ。さらに4社を合計した2015年度の純利益に至っては、2014年度と比べてほぼ半減。そのうえ2016年度は、三陽商会が大幅赤字を計上したことによって、4社合計の純利益はさらに減少する。

 店舗の閉鎖やブランドの撤退も相次いでいる。2015~2016年度に、大手4社が閉店を決めた店舗数は実に1600以上。ワールド、TSI、三陽商会は希望退職も募っており、その総数は1200人を上回った。

 例年売上高が1割ずつ減少し、純利益も急降下する。アパレルを扱う売り場やブランド、そこで働く人々が次々と姿を消しているのだ。

 影響は業界内に留まらない。大手アパレル企業と二人三脚で成長してきた百貨店も、主力商品としてきたアパレルの不振によって、構造改革を迫られている。

 2016年には、地方や郊外を中心に、百貨店の閉鎖が続いた。訪日外国人の〝爆買い〟特需で覆い隠されていた不振が表面化し、いよいよ不採算店舗を維持できなくなってきたのだ。百貨店業界全体の売上高はマイナス基調が続き、2016年3月以降、12カ月連続で対前年同月比マイナスになっている(2017年3月22日時点)。中でも最大手の三越伊勢丹ホールディングスは、2017年以降も店舗の構造改革を進める方針を示しており、今後も店舗閉鎖や売り場の縮小が続く可能性は高い。

なぜ、「今」なのか

 ここで、一つの疑問が湧いてくる。

 1990年代前半のバブル崩壊や、2008年のリーマンショック直後ならまだしも、アベノミクスが一定の成果を上げ、マクロ経済が比較的安定している中で、なぜアパレル業界だけが今になって突如、深刻な不振に見舞われているのか。

 原因を突き止めたいという思いで取材を進め、『日経ビジネス』2016年10月3日号で特集「買いたい服がない」を掲載した。特集では、生地や糸の生産をする「川上」から、商品を企画するアパレル企業やアパレル商社などの「川中」、そして消費者に洋服を届ける百貨店やショッピングセンター(SC)などの「川下」まで、アパレル産業に携わる幅広い関係者に取材をした。

 アパレル産業には、深刻な「分断」がある。分業体制が進みすぎた結果、例えば「川上」で生地を生産している企業は、「川下」の小売店で何が起こっているのか、ほとんど把握していない。逆もまた然りだ。川上から川下まで貫く問題の本質を正しく認識しない限り、解決の糸口を見つけることはできない。

 そのすべてを取材して見えてきたのが、業界全体に蔓延する「思考停止」だった。多くの関係者が、過去の成功体験から抜け切れずに目先の利益にとらわれ、年々先細りして競争力を失っていた。

 1970年代、日本のアパレル業界は黄金時代を迎えた。この時期には、洋服は作れば作るだけ売れた。日本人デザイナーがパリコレクションなどに華々しくデビューし、社会的な称賛も浴びた。だがこの時に生まれた利益を事業の進化のために再投資することはなく、新たなイノベーションが生まれることはほとんどなかった。業界の歴史に詳しいウィメンズ・エンパワメント・イン・ファッション(WEF)の尾原蓉子会長は、この黄金期の1970年代を、「失われた10年間でもあった」と位置付ける。

 日経ビジネスの特集では、衰退の原因となった古くから続く非効率な業界慣習や、市場変化への対応の遅れについて、一つ一つ取材しながら、アパレル業界の不振の構図を描いた。本書は、その特集記事を大幅に加筆・修正したものだ。

 特集掲載後には、驚くほど多くの反響があった。そしてその後も、アパレル業界はより大きく音を立てて崩れていった。

 例えば三陽商会は、英バーバリーのライセンス契約が切れた後の業績悪化に歯止めがかからず、2016年12月に当時の社長、杉浦昌彦氏が引責辞任することになった。続く2017年3月には、三越伊勢丹ホールディングスの社長だった大西洋氏も、退任に追い込まれた。百貨店改革の主導者が退く一つのきっかけとなったのは、地方店や郊外店のリストラを巡る問題だった。

 5年後、10年後に振り返った時、アパレル業界の現在の動きは、大きなターニングポイントとなるはずである。そうした問題意識で取材を重ねてきた。

 本書では、衰退する従来型のアパレル企業を取り上げる一方で、将来を担うであろう新興企業の取り組みについても、大きく紙幅を割いた。

 大手アパレル4社や大手百貨店は売り上げが大きく、携わる関係者も多い。そのため彼らの不振は、一見すれば、アパレル業界そのものの不振のように映るかもしれない。「かつてほど、消費者はファッションに興味がない」「今の若い世代は、スマホやSNS(交流サイト)など、アパレル以外に時間とお金を割いている」─。アパレル産業そのものに未来がないような論調もある。

 だが実際には、こうした企業の衰退を尻目に、着々と売り上げを伸ばす新興勢力も登場している。日本のアパレル企業に頼れないと判断した「川上」の縫製工場や生地メーカーの中には、培った技術力の高さを、欧米の高級ブランドに売り込み、成功を収めているところもある。彼らにとって業界不振論はどこ吹く風だ。共通しているのは、従来のアパレル企業の轍てつを踏まぬよう、問題を分析した上で、現実のビジネスに生かしている点だ。

 一つの象徴的な存在が、本書の第4章で取り上げている新興セレクトショップ、TOKYO BASE(トウキョウベース)の谷正人CEO(最高経営責任者)だろう。彼は、バブル崩壊の影響で倒産した地方の老舗百貨店の一族で、従来型ビジネスモデルの限界を実感した。その経営手法については是非、本書を読み進めてもらいたいが、同社は2017年2月、マザーズから東証1部に市場変更し、時価総額は既に三陽商会を上回っている。思考停止に陥らず、アパレル業界の失敗を糧に次のチャンスをつかんだ。

アパレル産業は、死んでいない

 『誰がアパレルを殺すのか』

 本書のタイトルが示すように、アパレル産業を衰退させた〝犯人〟を探すべく取材を重ねた結果を、第1章にまとめた。サプライチェーンをくまなく取材し、「川上」「川中」「川下」のそれぞれで、従来型のアパレル産業に携わる企業が〝内輪の論理〟にとらわれ、目前に迫る現実を受け入れようとしない状況をあぶり出した。

 第2章では、戦後のアパレル産業の勃興から黄金期までの歩みをまとめた。なぜアパレル産業に携わる人々の多くが思考停止に陥ったのか。歴史をひもとけば、そこには輝かしい時代があった。戦後の高度経済成長で日本人の消費文化が花開く中、ファッションはその豊かさを象徴する最も分かりやすいアイテムとして、脚光を浴びた。古くは百貨店に並んだ海外ブランドのライセンス既製服に始まり、日本人デザイナーのパリコレデビューやDC(デザイナーズ&キャラクターズ)ブランドブームといったまぶしい黄金期が、アパレル産業に携わる多くの人々を甘やかし、結果的に思考停止に至らせる背景となった。

 第3章では、業界の「外」からアパレル産業に参入する新興勢力について取り上げた。彼らは既存のアパレル企業とは全く異なるIT(情報技術)を武器に、年々、その存在感を高めている。

 彼らには、過去の輝かしい黄金期も、業界の〝内輪の論理〟もない。それゆえに、既存のルールに縛られることなく、自由な発想で魅力的なサービスを次々と生み出し、軌道に乗せている。アパレルは「新品を買う」ものであるという従来型の価値観さえ軽やかに否定する姿から、学ぶべき点は多い。

 第4章では、業界の「中」から既存のルールを壊そうとする新興企業の取り組みを追った。先に触れたトウキョウベースの谷氏に大きな影響を与えたのは、生家である老舗百貨店の破綻である。ほかにも内向き思考を脱し軽々と海を越えたジーンズメーカーや、大量生産と決別したデザイナーズブランドなどを取り上げた。古くからの慣習を知る〝内側〟のプレーヤーであっても、壁は壊せるということを証明する好例だ。

 第3章、第4章で紹介する企業の取り組みを追えば、「衰退した」と言われるアパレル産業に芽吹く新たな可能性が見えてくるはずだ。

 古い慣習や成功体験にとらわれた従来型の思考。売り上げの減少を恐れ、いつまでも現状維持に固執する経営層。消費者不在の商品企画や事業展開─。

 アパレル産業を衰退へ導いた病巣は、何も彼らの業界特有の問題ではない。同じような構図は、ほかの産業にもある。そして、こうした課題を乗り越えようとする挑戦者が登場し、大きなうねりの中で、産業そのものが生まれ変わる様子も、また同じと言えるだろう。

 「アパレル産業に未来はないのか」。そう問われれば、迷わず「NO」と答える。業界の不振の構図を把握し、山積する課題を乗り越えれば、そこには確実に、次の成長につながるチャンスがあるからだ。

 現在アパレル業界に携わる人々や、これからアパレル業界で働こうとする人々、そして洋服や消費に関心を寄せるすべての人に、そう伝えたいと強く願い、筆を進めてきた。

 どうか悲観せずに、最後まで読んでもらいたい。

2017年4月  杉原淳一 染原睦美


【目次】

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