その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は松本勇気さんの『 生成AI「戦力化」の教科書 』です。

【はじめに】

 2022年11月末、衝撃的なサービスがリリースされました。皆さんもご存知のChatGPTです。それまで存在していたチャットAIとは一線を画す高度な知性の登場であったと言えます。それまでは、用意された回答をチャット内容に応じて返信するといったレベルだったAIが、急に流暢に、しかも英語も日本語も喋り始めたのです。これは本当に衝撃でした。ただ、チャットができること以上に、一つのAIができる仕事は一つ、というこれまでの常識が覆されたことに驚いた記憶があります。

 私自身はこれまでソフトウェアエンジニアおよび経営者として、「Gunosy」というニュースアプリや広告推薦エンジンの開発をはじめとしてさまざまな領域で12年ほどAIの活用に取り組んできました。直近では、LayerXというスタートアップにてAIを中心に新しいユーザー体験を提供すべく「バクラク」というサービスを通じて経理や人事領域でのAI活用にチャレンジしています。また、最近は主に大企業に向けた生成AI、特に大規模言語モデル(LLM)の活用を支援するサービス「Ai Workforce」というプロダクトも展開しています。AIに関しては深層学習以前から現在の生成AIに至るまで長らく実際の活用に向き合ってきた自負があります。

 LLMは、その経験を踏まえた上で最も衝撃的と言っていい技術です。プロンプト、つまりLLMへの指示を少し書き換えてしまえば違う仕事ができる、かつ高性能な機械学習モデルはこれまで存在しませんでした。さまざまな仕事に幅広く、即座に対応できるようになったことで、デジタル化できる可能性が大きく広がったと考えています。

 実際、私自身も仕事の中でLLMを触り続けていますが、その衝撃を肌で感じています。私の日々の仕事のアウトプットの中でLLMが関わらなかったものはほとんどありません。この本を書いている今も、文章は自分で書いていますが、内容の壁打ちからレビューまではLLMなくしてあり得ない状況です。劇的に私の生活を変えました。

 さらに、ソフトウェア開発においても、なくてはならないものになっています。もはや私がプログラムを書くことは3割程度で、ほとんどのコードはAIが書いています。GitHub CopilotやCursor、Cline、Devin、Claude Codeといった新たなコーディング支援ツールが私の代わりにコードを書き、バグを探し、それを修正し、アウトプットを生み出しているのです。これは、5年前には考えられなかった光景ですし、今から5年後に何ができるようになっているかはまったく想像もつきません。コードを書くということ自体なくなっているのかもしれませんね。

 経営者としての仕事においても、日々の考え事を整理し、新たな視点を得たい場面でLLMの力は欠かせないものになりました。特にChatGPTのGPT-5Thinkingが生み出す論理的思考力は、ときに人間の思考を超えて議論を生み出す良い相棒となっています。自分の知らない視点に気付かされるのはなかなか得難いことです。

 ただ、個人としてはLLMを活用する機会が増えた一方で、企業での活用に目を向けると、どうもうまく進んでいないことが多いようです。LLM活用のサービスに取り組んでいる手前、これまで数百社を超えるお客様と接してきてその活用状況を伺ってきましたが、うまくいっている話はなかなか聞こえてきません。

 もちろん、AI機能を搭載したチャットなどのツールを利用して〇〇時間削減したという類いのプレスリリースはよく見かけます。実際、特定の利用場面においてチャットを使った効率化は実現しています。特にカスタマーサポートの領域では、お客様への返信や対応にチャットを使ってみて、わかりやすく成果が出ることも多いようです。しかし「全社」というスコープで見てみると、チャットツールも月間利用率が10%前後にとどまることが多いようです。どこを見てもなかなか苦戦しています。

 技術進化が激しいことも対応を難しくする要因の一つです。やれRAG(検索拡張生成)だ、やれエージェントだと新しい技術が登場して、チャットボットを作ったけれどもすぐに陳腐化してしまったという話も耳にします。新しいLLMのモデルも毎日のように登場していますから、どこから着手すればいいのか、この激流の中で様子見になってしまうことも多いようです。

 LLMや生成AIの力自体は本当に劇的な変化をもたらしうるものなのですが、一方で、産業が変わるレベルの衝撃が生まれた場所はごく一部だと言わざるを得ません。今のところは一部の限られた技術好き・新しいもの好きの個人が自分の業務で活用して成果につなげているのが正直なところでしょう。先ほどもありましたが、カスタマーサポートにおけるお客様問い合わせの分析や返信内容の作成といった限られた領域でわかりやすい成果が出ています。ですが、広く産業構造が変わるのはまだまだこれからということなのでしょう。

 しかし、これだけ汎用性ある技術がなぜ成果につながっていないのか?これは私としても不思議でした。LLMを活用してのサービス展開、というお題に向き合いながらこの問いについて考えていたのですが、その中で、ふとスマートフォンでのサービス開発のことを思い出しました。

 10年以上前、スマートフォンの市場が立ち上がりつつある中でニュースアプリの開発・拡大を進めていたのですが、その中で使ってもらえるものには特徴がありました。単純な話です。使い方がわかりやすい、ということでした。シンプルで、迷わず使えるアプリケーションやユーザー体験があることで初めてサービスは普及します。数千万人に使われるニュースアプリの開発では、ボタンの配置を一つ調整する変更でもかなり気を使いました。わかりにくい構成にしてしまえば、たちまち利用率が下がり、お客様から苦言をいただくことも多かったのです。

 そうした経験からLLMを考えてみると、LLMは実のところまったくシンプルではありません。「チャットをするだけじゃないか」と考えられる方もいらっしゃるかもしれませんが、このチャットというのが曲者なのです。チャットは無限に何でも受け入れてくれる箱のようなもの。一方、その中で性能を引き出すにはテクニックが必要なのです。世の中にはすでに何十冊、下手をすると何百冊もプロンプトの書き方テクニックに関する本が出ています。これだけでも、かなりの練習や経験が必要だとわかりますね。

 ChatGPTをはじめとするLLMのチャットツールは、その話題性から人々の興味を呼び、広く触れられるようになりました。ただ、触れてもらえることと、活用されることの間には大きな溝があります。仕事では、関わるすべての人が使いやすいことが求められます。利用する度にある程度のテクニックが求められるものは、シンプルなツールとは言えません。

 ただし、LLMは使えないのかと言えばそうではありません。個人として活用している方は増えてきていますし、テクニックを学んだ人にとっては最高の相棒になっているはずです。ですから、企業での活用を推進するには、テクニックを習得した人とそうでない人のギャップを、LLMの性質を理解してどう埋めるかがキーになってきます。LLMという相棒を会社内でいかに戦力化するのか、その術を提供していく必要があるのです。

 ここ2年ほどの事業での取り組みを通じて、AIをオンボーディング(戦力化)する、という考え方に行き着き本書の執筆に至りました。オンボーディングとは、入社や異動などで、その組織に新しく加わった新人を事業において戦力化するための取り組みのことを指します。LLMを組織にオンボーディングするという観点に立つと、誰もがLLMを活用してその恩恵にあずかる方法が見えてきます。

 今後、技術進化が続いたとしても「オンボーディング」の必要性は変わらないでしょう。本書ではLLMのオンボーディングを実現するための考え方を解説していきます。通読することでLLMの性質を理解し、自社の戦力として扱うための準備・取り組みを知り、デジタル化に役立てることができます。

 本書は10章構成で、LLM自体の性質を知るところからその応用やエージェントによる自動化の未来、安全性の理解、そして経営戦略にどのように反映するかまでを解説しています。

 第1章では、ChatGPTの登場から現在に至るまでに流行してきた企業におけるLLMの活用のパターンに触れながら、LLMがデジタル化に果たす役割、特に業務を変えないデジタル化を目指すことで、これまでデジタル化が難しいと思われていた日本にとってのチャンスである、ということについて解説していきます。

 第2章では、LLMという技術の性質を新入社員に見立てて解説していきます。技術を解説しようとすると堅苦しい説明になりがちなので、新入社員を戦力化するために、まずはその新入社員のことを知ってみよう、というテーマでLLMへの理解を深めてもらおうと思います。LLMというものを理解することで、以降の章における取り組みの位置付けや皆さんの取り組みの応用につながる章となります。

 第3章では、先ほどもふれたAIオンボーディングという概念を通じて、LLMの戦力化について必要な要素について考えていきます。LLMが戦力になるために必要なパーツとそのつながりを大まかに説明し、オンボーディングの全容を理解していただきます。

 以降、第4章、第5章ではAIオンボーディングを構成する重要な要素、ワークフロー(Workflow)とナレッジベース(Knowledge Base)という考え方について説明します。この重要な2つの要素を知ることで、明日からLLMで業務を改善する際に必要なパーツが見えてくることでしょう。

 第6章では、ここまで説明してきた要素をベースにしながら、LLMの戦力化パターンについて具体的に考えていきます。特に文書業務のカテゴリにフォーカスしながら、情報抽出・レビュー・文書生成・ナレッジ共有といったパターンに分類して業務自動化・情報共有効率化を目指すためのフレームワークを提示し、明日からアクションしていくための素地を整えます。

 さらに第7章では今後進化していくエージェントについて理解を深めます。エージェントは非常に誤解されやすい、過剰に期待されやすい技術要素だと考えています。この技術要素についてなるべく現実的な目線からワークフローやナレッジベースの延長にあるものとして整理し、具体的な成果につなげるためにエージェントとどう付き合っていくか考えるヒントになればと考えています。

 第8章では、さらにその先、業務がより広く自動化される未来について考えていきます。LLMの進化とともに驚くほど広い範囲が自動化されていく可能性があります。その未来にどのようにたどり着くのか、我々は何を備えていく必要があるのか、車の自動運転のレベル分けを引き合いに出しつつ漸進的アプローチを探ります。

 ここまでの章では活用の話が多かったですが、第9章ではLLMを実際の業務で安全に扱うための考え方についても触れていきます。セキュリティや性能の担保といった、導入時の懸念として挙がりやすいポイントに絞り、LLM活用を実現する上での注意点を見ていきましょう。

 最後に、第10章では、進化し続けるLLMに対してどのように向き合っていくのか、また仕事の仕方はどう変わっていくのか、仕事は奪われるのか、といったトピックを通じて未来に向けての取り組み方、そしてそれらの経営戦略への組み込みを考えていきたいと思います。AIオンボーディングの考えを通じて見えてきたもう少し現実的な未来と、そこに向けてどのように経営として向き合っていくべきかを書きました。

 なお、ある程度LLMに慣れている人は第3章から第6章までを読んでいただくだけでも、すぐに応用に動けるのではないかと考えています。具体的な取り組み方・システムの設計・フレームワークを知ったうえで実践するほうが学びも多く、そうした取り組みを走らせながら咀嚼していただくことをおすすめします。

 LLMを戦力化することは、日本がこれまで苦労してきたデジタル化という命題に現実的かつ有効な手段だと思います。本書を通じて、LLMと共に歩む新しいデジタルな仕事の形を見つける手助けができれば幸いです。


【目次】

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