その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は杉本貴司さんの 『孫正義 300年王国への野望(上)(下)』 です。
【はじめに】
孫正義という人物について書かれた書籍はこれまでにも数多く存在する。その多くが在日韓国人の集落での貧しい生活から飛び出した立志伝に焦点を当てたものか、あるいは、この類まれな経営者から何かを学ぼうという趣旨の自己啓発を目的としたものだと思う。それはそれで、読み応えのある作品も多い。
それらを踏まえてあえて本書を書こうと考えた際に私が立ち戻ったのは、極めてシンプルな問いだ。
いったい、孫正義とは何者なのだろうか──。
革命児、破壊者、カリスマ、異端の経営者、大ぼら吹き、成り上がり者、あるいは在日韓国人という出自に根ざしたある種のルサンチマンの体現者。私が思うに、そのどれもが正解だ。
この男は奥が深い。とても、深い。だから、面白い。
それだけでなく、孫に導かれるように集まった名も知れぬ強者(つわもの)たちとのストーリーがまた、面白い。これまでに光を当てられ続けてきた孫の物語は、彼らの存在抜きには語れない。孫正義を経営者として語る場合、そんな「脇役」たちの活躍なくして、この男の物語の真実は見えてこない。もちろん、その物語の絶対的な主人公は孫正義という、ちょっと他に類を見ない人物なのだが、この男もたった一人の力で「天才経営者」であり得るわけではないということだ。
「孫正義という物語」は、孫を主人公としつつ、彼を支える数々の強者たちが織りなす群像劇なのだと、私は思う。本書の目的の第一は、そういった群像劇としてもう一度、孫正義の物語を描き直すことにある。
従って、特に創業期などはこれまでにも語られることがあったシーンが度々登場するが、それが1人の「天才」のストーリーでは語り切れないところを描いたつもりだ。そういう視点で取材し直すと、いくつもの新発見があった。そして何より伝えたいのは、そこにあったのが、ビジネスというリングの上で繰り広げられる魂のぶつかり合いだったということだ。
もうひとつ、日本経済新聞の記者として伝えたいのが、経営者としての孫正義の実像である。孫が何を考え、どんな価値観や判断基準に基づいて行動してきたのか。
孫正義は変わり身が速く、やることや言うことがコロコロと変わるという人もいる。確かにそう見えるが、経営者としての孫正義の行動をじっくりと研究すると、実はそうではないということが分かってくる。そこには事業家として時を超えて一貫した孫の哲学が存在する。本書のもうひとつの狙いは、これまであまり触れられてこなかった経営者・孫正義の本質を解き明かすことにある。
ソフトバンクを密着取材していると、孫正義という人は本当に色々な表情を持つ人物だ、と思うことがある。喜怒哀楽をあまり隠すことなく周囲にぶつけるからだろう。例えば、本書では数々の言葉を引用しているが、その語り口はシーンによってかなり異なる。本書ではそういった孫正義の語り口を聞いたままに再現した。この男が持つ言葉の力をストレートに伝えるためだ。
孫正義とは果たしてどんな経営者なのか。そして今、何を目指そうとしているのか。孫とその同志たちの波瀾万丈の物語を描きたい。
この本は2017年6月に単行本として刊行されました。文庫版の刊行にあたり、その後の動向に関して大幅に加筆しました。なお、文中では敬称を省略しています。
2024年8月
杉本貴司
【目次】
(上)
(下)








