その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は植杉威一郎さんの 『中小企業金融の経済学 金融機関の役割 政府の役割』 です。本書は2022年度・第65回「日経・経済図書文化賞」(日本経済新聞社・日本経済研究センター共催)を受賞しました(2022年11月3日更新)。

【序章】中小企業金融に期待されるもの
―危機時の流動性供給と効率的な資金配分

日本経済にとって重要だが問題を抱える中小企業

 中小企業は、日本の企業の中でも企業数で99%超、雇用の約7割、付加価値で約5割を占める存在であり、そのパフォーマンスが日本経済の動向に直結する。参入・退出の大部分を占めており、現在では名だたる大企業のほとんども初期段階では中小企業であることからもわかるように、中小企業は企業部門における成長の源泉である。一方で、大企業と比較した中小企業の生産性の低さが問題視されている。

中小企業にとっての金融の重要性

 このように多義的な存在である中小企業にとって、金融はその存続を左右する重要な意味をもつ。中小企業は大企業に比して利益率が低くキャッシュフローに乏しく、外部からの資金調達により自らの事業活動を賄う必要があるためである。中小企業が資金を調達する際には、株式や社債を市場で発行することが難しく、貸出市場で銀行や信用金庫・信用組合からの借入に頼ることが多い。さらにその借入も、借り手側の中小企業と貸し手側の金融機関の情報の非対称性により、特に不況期に難しくなる。中小企業が直面するこのような資金制約を緩和するために、政府部門は貸出市場に深く関与する。

 2020年初頭から爆発的に感染が拡大し、全世界で外出禁止・外出自粛に伴う経済活動の大幅な縮小が生じた今回のコロナ禍は、中小企業の存続に金融が重要であることを改めて明らかにした。新型コロナ感染症拡大による緊急事態宣言に伴うショックで販売不振など苦境に陥った中小企業が最も多く用いた対処策は、金融機関から新規に資金を調達するというものであった。これらの資金調達には、政府による支援が大いに貢献している。中小企業向けの民間金融機関貸出を政府が債務保証する信用保証付き貸出と、政府系金融機関による企業向けの直接貸出は、合わせて50兆円超(2021年6月末時点)になる。これは、過去の危機時における貸出額をも上回る規模であり、日本全体の中小企業向け貸出残高の約2割に相当する。政府が起点となり金融機関が行った潤沢かつ迅速な資金繰り支援により、企業の倒産件数はここ30年で最低の水準になっている。金融機関と政府による流動性供給は、企業とりわけ中小企業の存続可能性を高める上で非常に有効な政策であった。

中小企業金融が果たすべき役割は何か

 しかしながら、流動性供給を通じて倒産件数を減らし既存企業の存続可能性を最大化することだけが、中小企業金融の役割ではない。今存在している企業だけを支援するのでは、これから参入する企業や成長しようとする企業に十分な資金を供給できず、企業部門全体の成長を促すことができない。中小企業金融に期待されるのは、短期的な流動性供給に加えて、審査やモニタリングを通じて借り手と貸し手との間の非対称情報に起因する資金制約を緩和し、資金供給に伴うリスクも踏まえた上で経済全体の成長に寄与する効率的な資金配分を行うことである。経済成長に貢献する効率的な資金配分とは、高生産性企業に対して低生産性企業よりも多くの資金を供給する、将来高い付加価値を生み出すことが見込まれる企業に資金を供給するというものである。こうした配分が実現して初めて、中小企業金融は経済全体の成長を促すことができる。

本書の目的と分析アプローチ

 本書の目的は、中小企業金融が、必要な流動性を供給し効率的な資金配分を行っているかを、実証的に検証することである。この分野で重要な役割を果たす銀行・信用金庫・信用組合などの金融機関や政府に注目し、企業や地域での資金配分の規模と効率性、政府の役割、貸出市場における金融機関の行動という側面に焦点を当てる。これら3つのそれぞれで、重要だが解明されていない多くの問いが存在しているためである。本書は、3部構成でこれらに答え、日本の中小企業金融が果たしている役割を明らかにする。

 問いに答えるには、個々のエピソードを集めるだけでは足りない。懸命な経営努力を行っている中小企業や熱意にあふれた金融機関担当者の実例は、説得的であってもそれだけで全体を推し量ることはできない。一方で、データを用いるとしても、集計された資金貸借額を調べるだけでは意味のあるエビデンスは得られない。それだけでは、金融機関がどこにどの程度の金額を貸したのか、生産性の高い企業がどの程度の資金を得たのか、その結果企業行動がどう変化したのかという点がわからない。

 そこで本書では、政府統計、民間信用調査会社が蓄積するデータベース、行政データ、企業向けアンケート調査など現在の日本で利用できるほぼ最大限の情報源から、企業、貸出契約、金融機関店舗など様々なレベルのデータにアクセスする。その上で、2つの分析アプローチを採り、問いに答えるためのエビデンスを提供する。

 第1は、企業レベルや企業-金融機関関係レベルをはじめとする様々なデータを用いた計量的な手法に基づく分析アプローチである。これにより、流動性がそれを必要とする企業に提供されているのか、資金配分が効率的に行われているか、政府がそれに貢献しているかといった点を明らかにする。

 第2は、個々のデータを通常公表されている集計量とは異なる形で再構成した上で指標として示すというアプローチである。中小企業でのゾンビ企業や無借金企業の割合、企業間での資金再配分や地域間での資金の流れの実態、貸出市場の競争程度を表す市場集中度の趨勢といった情報により、中小企業金融における流動性供給や資金配分効率性の動向を把握したり、その決定要因を検討することができる。いくつかのもの(地域間資金循環指標と市場集中度)については公開されており、研究者や実務家自身で利用することが可能である。

各部における背景と各章の概要

 以下では、中小企業への資金配分とその効率性(第1部)、政府の役割(第2部)、貸出市場における金融機関の行動(第3部)という各部で扱うそれぞれの側面において、これまでに答えられていない問いを概観した上で、各章の内容を紹介する。なお、本書では資金のうち、金融機関が多くを供給する負債性の資金に注目し、資本や企業間信用については主な分析対象とはしない。

第1部:中小企業への資金配分とその効率性

 まず第1部で注目するのは、日本の中小企業には十分な量の資金が提供されていたのか、企業間・地域間における資金配分は効率的なものであったのか、という問いである。

 日本の企業全体では1980年代は投資超過であったが、資産バブルが崩壊した1990年代半ば以降には貯蓄超過に転じ、中小企業も含めて有利子負債への依存度は低下が続いた。しかし、これはあくまでも平均的な企業における傾向を示したものであり、企業の資金調達に関する実態を網羅していない。借入金への依存程度で分布を描いた時に、1990年代後半以降にその存在が問題視されたのは、借入残高が多く金融機関の助けなしには事業を継続できない、いわゆるゾンビ企業である。Peek and Rosengren(2005)、Caballero, Hoshi and Kashyap(2008)、Fukuda and Nakamura(2011)など日本の上場企業を対象にした研究でその存在が指摘され、金融機関による非効率な企業間資金配分の例として問題視された。

 しかしながら、これらは上場企業に関する2000年代前後を対象にした分析であった。上場企業ではなく中小企業ではどうか、1990年代以降今日に至るまで、中小企業におけるゾンビ企業の存在はどの程度のものだったのかという点について、明確に答えた研究は存在していない。

 企業間の資金配分に加えて、地域間の資金配分については、これまでその効率性はもとより定量的な実態把握が進んでいなかった。経済活動における東京一極集中が指摘されて久しく、金融機関の貸出・預金についても同様に、地域金融機関が地方圏で集めた預金を東京で提供する越境貸出が増加傾向にあると指摘されていた。しかしながら、こうした越境貸出は効率的なのかという点、さらには、金融機関の貸出・預金を介した地域間の資金配分がどのように行われているかという点については、実務・行政、研究者の間での定量的な知見は乏しかった。

 第1章では、中小企業の平均的な資金調達構造の特徴・変化を示すとともに、借入を行わない企業、過剰債務の可能性のある企業という分布の両端にいるグループに注目してその動向を追う。中小企業では、企業部門が貯蓄超過になるにつれて、金融機関借入金への平均的な依存度は低下を続け、借入金をバランスシート上にもたない無借金企業も増加してきた。一方で、簿価上の債務超過中小企業の比率は高水準のままであり、金融機関などの支援がなければ事業の存続が難しいゾンビ企業も一定割合存在する。コロナ禍の下では、ゾンビ企業ほど政府が提供する資金繰り支援措置を利用する傾向があり、ゾンビ比率も上昇に転じている。ゾンビ状態から後に脱却する企業もおり、ゾンビ企業全てが退出を迫られるというわけではない。しかし、これらの一定割合では負債の整理、事業の見直し、経営者の交代といった事業再生に向けた取り組みが求められる。

 第2章では、個々の企業における有利子負債の増加・減少をそれぞれ足し上げた企業間の資金再配分に注目し、その規模や生産性との関係を分析する。資金再配分の規模に関する日本の特徴は、経済の低迷期にその資金再配分程度が小さくなる点にある。また、中小企業における資金再配分と生産性との関係をみると、生産性の低い企業から高い企業に資金が流れるという明確な傾向はみられない。大企業では、1990年代初頭のバブル崩壊以降の「失われた10年」以外は効率的な資金再配分であったこととは対照的である。資金の再配分を通じた中小企業部門における生産性上昇は、起きていないとみられる。

 第3章では、地域間の資金配分に注目し、その実態と生産性との関係を分析する。これまで研究に利用されていなかった店舗レベルの貸出・預金残高情報を用いて、金融機関の貸出・預金を介した地域間の資金配分に係る新たな指標を作成する。その上で、金融機関による地域間資金配分の実態、東京一極集中の進行度合いや、地域間の資金配分における効率性を検証する。

 地域間の資金の流れをみると、各都道府県内の貸出には自地域で集められた預金が最も多く用いられる一方で、集められた預金が他県への越境貸出に用いられることも一定割合ある。近年、東京での貸出の原資となる地方からの預金流入が減少に転じ、同一県内での資金の流れが相対的に増えている。貸出・預金を介した資金配分は、必ずしも東京一極集中の方向には動いていない。地域の生産性と地域間の資金の流れとの間には負の関係があり、預金が生産性が上昇している地域から低下している地域に貸出として提供される傾向がみられる。

第2部:政府の役割

 第2部で扱うのは、政府は中小企業への資金供給やその効率性の改善のためにどのような取り組みを行ってきたのか、取り組みにはどのような効果があったのか、という問いである。

 中小企業向けの資金繰り支援については、2000年代半ばの政策金融改革の時期に縮小した一方で、日本の金融危機(1990年代後半から2000年代初頭)、世界金融危機(2008年秋から2009年)、東日本大震災(2011年3月)、そして今回のコロナショック(2020年初以降)といった大規模なショックの度に、手厚い措置が提供された。一方で、こうした支援措置の効果を前向きに評価できるのか、その副作用はないのか、政府の支援措置により、民間金融機関が本来行うことのできる貸出が代替されてしまっているのではないか、という議論が提起されている。

 日本の中小企業金融には、政府による関与のうちでも特に大規模なものとして、民間金融機関の中小企業向け貸出に債務保証を付ける信用保証と、政府系金融機関が中小企業向けに行う直接貸出の2つが存在する。これまでは、それぞれの制度を利用する企業レベルや契約レベルデータが入手困難であったために、実証分析は限られていた。また、中小企業向けの資金繰り支援措置としては似た効果を発揮するはずのこれら2つの制度を、統一的な視座で比較した実証分析も存在しなかった。民間金融機関がより効率的に行うことのできる貸出を政府系金融機関が代替しているのではないかという民業圧迫の批判について、主張の当否を正面から検証した分析もなかった。

 第4章では、中小企業金融の分野で政府が講じている様々な施策を整理する。貸出額の大きさという点で政府関与の2つの柱である、政府系金融機関による直接貸出と信用保証に注目し、2つの制度のいずれを企業が選好するか、制度利用によって借入額や設備投資がどのように変化するかという点に係る簡単な理論モデルに基づく予想を示す。現実のデータをみると、より信用リスクの大きな企業ほど信用保証を政府系貸出より選好するという点では予想通りだが、信用保証の方が政府系貸出よりも企業の借入や投資を大きく刺激するという予想は成り立っていない。

 第5章第6章では、第4章における理論予想と現実のデータとの違いがなぜ生じるかを念頭に置きつつ、信用保証と政府系金融機関による直接貸出の効果をそれぞれ検証する。第4章の理論モデルで考慮していなかったのは、民間金融機関が自らリスクを負うプロパー貸出を信用保証付き貸出で代替する可能性である。第5章で過去の危機時に提供された2つの信用保証プログラムの効果を検証すると、こうした代替は実際に起きており、信用保証付き貸出を利用した企業における資金調達環境の改善幅が小さくなっている。一方、第6章における政府系金融機関の貸出レベルデータを用いた分析では、そのような政府系による民間の代替は生じにくく、特に設備投資の増加幅が大きい特徴がある。

 第7章は、第6章でも取り上げた政府系金融機関と民間金融機関による貸出の代替・補完関係の有無を、外生的な制度変化に注目してより厳密に検証する。コロナ禍のような危機時であれば、民間のリスク負担機能が低下しているので政府系金融機関が前面に出ることは問題視されないが、平常時に民間に貸出余力があるにもかかわらず政府系が貸出を代替すれば、「民業圧迫」との批判が高まる。政府系の中でも批判にさらされることの多い、比較的規模の大きな中小企業向けの貸出を行う日本政策金融公庫中小企業事業本部での金利体系の変更に注目する。公庫による信用リスクの小さい企業への金利が外生的に低くなっても、民間金融機関による貸出が公庫貸出によって代替されるという傾向は見出せない。

 第8章では、政府による中小企業金融への関与の中でも、貸出の質的な面に働きかける政策に注目し、その効果について検討する。注目するのは「担保や個人保証に過度に依存しない貸出の推進」という政策目的である。政府は、バブル期に金融機関が不動産担保に偏重して企業の事業性を評価せずに貸出を行った反省に立ち、また、中小企業における事業承継を円滑に進めるためもあって、こうした目的を掲げてきた。この目的を実現するために政府系金融機関が講じたいくつかの貸出制度の効果を分析したところ、コベナンツ (貸出契約に含まれる財務制限条項) が、個人保証の代わりに借り手の選別や規律付けに役立つ可能性のあることがわかった。

第3部:貸出市場における金融機関の行動

 第3部で注目するのは、貸出市場における金融機関の行動は中小を含む企業の資金調達可能性にどのような影響をもたらしたのか、という問いである。近年の企業向け貸出市場では、貸出金利と調達金利の差である利ざやが低下を続けており、特に地域金融機関にとっての中長期的な経営の持続性が懸念されている。こうした中で、金融機関による合併や経営統合が進行することに伴い、金融機関による市場支配力が高まり、中小企業の資金調達環境が悪化するのではないかという指摘がある。しかしながら、これらの金融機関合併が取引先企業や地域に所在する企業の資金調達可能性にどのような影響をもたらしたのかという点に関する、包括的な研究は存在していなかった。さらに、地域の貸出市場における競争程度の指標となり得る金融機関の集中度に関する情報についても、地域単位での貸出残高の正確かつ網羅的な情報へのアクセスが難しかったために、正確かつ包括的なものが存在していなかった。

 第9章では、日本で初めて網羅的かつ正確に地域ごとの貸出市場・預金市場における集中度を計算し、金融機関の市場支配力との関係を議論する。都道府県や都市雇用圏ごとに、貸出市場におけるハーフィンダール・ハーシュマン指数(HHI、金融機関のシェアの2乗を足し上げたものであり、一定の仮定の下で市場支配力を示す)を算出してその性質を調べる。その結果、貸出HHIが全体的には上昇している一方で、大都市圏で貸出HHIの水準がさらに低下するという二極化が進行していたことがわかる。また、地域HHIとその地域に所在する企業の借入金利との関係を調べると、HHIが高まると借入金利が小幅かつ徐々に上昇する傾向にある。

 第10章では、市場における競争環境に大きな影響を及ぼす銀行合併に注目して、それが取引先企業の資金調達環境に及ぼす影響を検証する。最初の分析対象にするのは、2006年の東京三菱銀行とUFJ銀行によるメガバンク同士の合併である。この合併は、取引先の非上場企業における金利上昇幅を高めて借入金比率の低下幅を大きくする結果をもたらした。次に対象にするのは、メガバンクの合併も含めた2004年以降近年までの金融機関合併である。これら全ての金融機関合併がもたらした効果をみると、合併行と取引していた企業の資金調達環境は平均的には改善しており、金利が上昇するというメガバンク合併の結果は少数派である。

 終章では、実証分析の結果を踏まえて、今後の中小企業金融について可能な範囲で展望を行う。

本書の分析姿勢

 本書では、企業、貸出契約、金融機関店舗など様々なレベルのデータを、関係各方面のご高配もあり著者の力の及ぶ限りで利用している。ただし、本書で示されている内容は著者の見解であり、データを提供した組織の見解ではない。

 紹介している研究の内容は、著者が共同研究者とともに刊行した学術論文を再構成しつつ、新たな分析を加えたものである。著者が2004年度以降世話役を務めてきた経済産業研究所の企業金融・企業行動ダイナミクス研究会のメンバーが発表してきた研究内容も紹介しており、中小企業金融に関する実証的な知見を、整理して示すものとなっている。

 第1章から第10章では、導入と結果の概要を紹介する節とそれ以降の節とに分けている。これにより、各章の最初の数ページを読めば、当該章で得られるおおよその知見がわかるような構成になっている。これらに加えて序章と終章を読んでいただければ、研究の動機・背景や得られた結果の政策含意がある程度伝わるはずである。以上から本書は、研究者のみならず、中小企業や金融の分野に関心をもつ実務家、政策担当者、学生にも、読んで理解していただける内容になっていると考えている。



【目次】

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