その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日はズンク・アーレンス(著)、二木夢子(訳)の『 メモをとれば財産になる 』です。

【はじめに】

 誰にとっても、書くことは生活の一部になっています。
 日々の暮らしのなかでは、何かを書かなければいけないときがたくさんあります。

 たとえば、
 自分の考えを整理するとき。
 誰かとアイデアを交換するとき。
 アイデアや引用や研究の成果など、何かを覚えておく必要があるとき。
 テストを受けるとき。

 私たちは、書かないと覚えられないと不安になったときや、書いて記憶に刻みこもうとするときには、筆を走らせます。あらゆる知的な試みは書くことから始まるのです。
 このように、書くことは学習や研究、仕事で中心的な役割を果たします。
 それにもかかわらず、私たちは書くことに驚くほど無頓着(むとんちゃく)です。ほとんどの場合、書籍や記事のようなまとまった文章や、学生なら論文やレポート等の提出物といった、特別な状況がきたときにどう書くかを考えだします。
 これは一見すると当然に見えます。
 書籍や論文の執筆は最も不安に陥りやすい作業といえますし、長期間にわたって苦しむからです。そのため、研究者や学生向けの指南書でもこうした大作を書くことをテーマにしがちで、私たちが毎日大量に書くメモのとり方について教えてくれるものは、ほとんどありません。

 書き方をテーマにした書物はだいたい2種類に分類できます。
 ひとつは、文体、文の構造、引用のしかたなど、体裁について説明するもの。
 もうひとつは、ストレスに負けずに最後まで書きつづける方法や、出版社や指導教官にしめきりを延ばすことを断られる前に原稿を仕上げる方法といった、心理面について説明するものです。
 両者に共通するのは、まっさらな画面や紙のうえで書きはじめるという点です。しかし、白紙から始めると、肝心な部分を無視する羽目になります。

 そうならないようにするための解決法が、メモをうまくとることです。
 メモを無視するような書き手は、どんな原稿でも構成を改善すれば差がつくことをわかっていません。
 ものを書くプロセスは、まっさらな画面や紙に向かうはるかに前から始まっています。自分の主張を実際に書き記す作業は、論旨の展開の最もささいな部分にすぎません。
 このギャップを埋め、思考や発見を説得力のある文章に効率的に変換し、賢いメモという財産を蓄積していく方法を伝えるのが、本書の目標です。

 貯まったメモを使うと、書くだけでなく、長きにわたって学ぶことや、新しいアイデアを生み出す作業も簡単で楽しいものになります。でもいちばん大切なのは、自分のプロジェクトを前に進めるようなかたちで、毎日書けるようになることです。
 大切なのは、調査や学習や研究のあとで書くのではないということです。書くことは、これらの仕事のすべての間にあります。
 だからこそ毎日書くもの、つまりメモや草稿についてはめったに考えないのかもしれません。私たちの営みに不可欠であるにもかかわらず、常にやっているからこそ注意がいかないのです。
 しかし、自分の発見やそれを書き記すやり方を改善し、毎日書くものを少しでもうまく整理できるようになれば、いざまっさらな紙や画面に向かった瞬間がまったく違ってきます。
 いや、この言い方は不正確かもしれません。賢いメモをとるようになれば、白紙に向かうことは二度となくなるのです。

 メモのとり方があまり注目されない理由がもうひとつあります。
 メモがへたでも、直接批判されるわけではありません。失敗を経験しなければ、直そうという思いもあまり生まれません。
 人は原稿用紙の前で焦ってはじめて、本屋に行きます。すると、書き方を説く本がたくさん並んでいます。多くの出版社はこれに対応して、納屋からすでに馬が逃げてしまったような、つまり書くべきものは何もないのに的外れな状況に対処する方法をテーマにした本を企画しています。メモのとり方がいい加減だったり、効率的でなかったり、単純に間違っていたりすると、しめきりが迫るまでメモの使えなさに気がつかないことすらあります。そして、自分はこんなに大変なのに、「いい文章をたくさん仕上げて、いつでもお茶につきあってくれるぐらいの余裕がある人もいるのはなぜだろう」とみんな首をひねるわけです。
 そんなとき、ある種の正当化が、本当の理由を見えづらくします。
 「そういう天才っているよね」「書くのは難しくて当たり前」「生みの苦しみも楽しみのうち」などという常套句のせいで、あまりに多くの人が、書くためのすぐれた戦略とそうでない戦略の違いが何なのかを考えなくなります。
 でも、おそらく、メモのとり方のよしあしの違いである可能性が高いのです。

 ここで問うべきは、「白紙に向かう何週間、何カ月、さらには何年も前から、すぐれた文章を簡単に書くための態勢を整えるためにできることは何か」ということです。
 正しい引用のしかたがわからなかったり、心理的な問題で書けなくなったり、といった理由で執筆に苦労する人はそんなにいません。
 友達とのメールやLINEのメッセージには、たいして苦労しないものです。引用のルールは調べればすみます。それに、心理的な問題が発生しなくても、原稿が遅れる場合のほうがずっと多いはずです。

白紙からのアウトプットは至難の技

 ほとんどの人が苦労するのは、もっとありふれた理由です。
 そのひとつが「白紙の神話」です。書くことは、白紙から始まると思わされているのが苦労の原因です。
 白紙を埋めるための内容が何もないと思えば、焦るのも当然でしょう。頭のなかに入っているだけでは不十分です。文章にすることこそが難しいところだからです。
 だからこそ、すぐれた文章を生産的に生み出す営みは、すぐれたメモとりにもとづいています。頭のなかで考えを組み立ててから引き出すより、考えを書き留めたものを手元に用意するほうが、比較にならないほど楽です。
 要するに、文章や論文の質と書きやすさは、なによりも主題を決める前に何を書いておいたかによるのです。
 もし執筆の秘訣が準備にあるとしたら(と私は心から信じているわけですが)、ほとんどの自己啓発書と学習ガイドは、馬が逃げて何カ月もたっているかもしれないのに、ただ納屋を閉める役にしか立たないことになります。

学問の世界すら、IQの高さは必要ではない

 それを念頭に置くと、学問の世界すら成功を測る唯一にして最大の指標が、頭脳ではなく、日々の仕事のやり方であるのは驚きでもなんでもありません。IQの高さと学界での成功について、少なくともIQ120より上には相関性はありません。
 たしかに、学問の世界に足を踏み入れるには、ある程度の知的能力が求められます。
 でも一度入ってしまえば、IQが極端に高いからといって、自分を差異化できるわけでも、失敗しなくなるわけでもありません。
 広い知の世界で大きな差がつくのは別の要因です。すなわち、手持ちの仕事に取り組むうえでどれだけ自己規律や自制心を働かせるかです(Duckworth and Seligman, 2005;Tangney, Baumeister, and Boone, 2004)。
 あなたが誰であるかは、それほど重要ではありません。何をするかが重要です。必要な仕事を賢くやれば、当たり前ですが成功につながるのです。

 このことはよい知らせでもあり悪い知らせでもあります。
 よい知らせとしては、IQはあまり自分の力でどうにかできるものではないのに対し、仕事のやり方なら、自己規律を高めて少し意志力を使えば自分の力が及びそうだということです。
 悪い知らせというのは、人間には、自分をコントロールする能力が備わっていないということです。自己規律や自制心を意志だけでつちかうのは簡単ではありません。
 意志力というのは、現在わかっているかぎりでは、急速にしぼむ限りある資源です。また、時間をかけてもたいして向上しません(Baumeister, Bratslavsky, Muraven, and Tice,1998; Muraven, Tice, and Baumeister, 1998; Schmeichel, Vohs, and Baumeister, 2003; Moller, Deci, and Ryan, 2006)。それに、むちを打って自分を仕事に追い込みたい人がどこにいるでしょうか。
 しかし、幸いなことに、この話には続きがあります。
 いまでは、自制心と自己規律については、自分自身よりも環境の影響が大きいことがわかっています(Thaler, 2015, ch. 2)。しかも環境は変えられます。
 チョコバーが周囲になければいいのです。それならチョコバーを食べるのを我慢するために意志力を使う必要はありません。
 また、そもそもやりたいことなら、意志力を使う必要もありません。自分にとって興味があり、意味がある作業は、必ずやり遂げられます。遠いところにあるゴールと、目先のやるべきことのあいだに矛盾が生じないからです。
 意味があり、しかもはっきりとゴールが決められた作業は、常に意志を必要としませんね。意志をもつのではなく、意志を使わなくてすむようにすることで、成功への態勢を整えることができます。
 メモをとるときにうまく整理できれば、自分を厳しく律しなくても、最高のアウトプットができるようになります。


【目次】

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