その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は樋口 龍さんの『 不動産DX 未来の仕事図鑑 』です。

【はじめに】

IT経験ゼロでも絶対できる! 今こそ不動産DX人材へシフトしよう

 不動産業界を取り巻く環境は急ピッチで変化しています。2021年のデジタル改革関連法施行、2022年の改正宅地建物取引業法(宅建業法)施行、そして国土交通省の主導で進みつつある不動産IDなど。他の業界に比べてアナログといわれ続けた不動産業界にも、ついにデジタル化の波が押し寄せています。これは多くの読者が感じていることではないでしょうか。

 そしてこれは、まだ始まりにすぎないのです。

新型コロナが変えた日常

 2020年、世界的に新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)が流行したことで、私たちの生活と価値観が大きく変わったことは言うまでもありません。外出不要なECサイトでのショッピング、現金を持ち歩かなくて済む電子決済、資料の共有も容易なオンライン会議ツールなど、インターネットを前提としたサービスが浸透し、あっという間に日常になりました。リモートワークが普及したことで、住まいや働き方に求めるものが変わった人も多いのではないでしょうか。

 新型コロナの流行は、10年先と思われていた未来を現在にもたらしたといわれています。これまで「リアルでなければならない」と信じていたものが、「ネットでも全然問題ない。むしろそのほうが便利」だと知ってしまった私たちは、もはや新型コロナ前の世界に戻ることはありません。

進む不動産DX

 新型コロナの流行から程なくして、ニュースで「DX(デジタルトランスフォーメーション)」という言葉を聞く機会が増えました。それもそのはず、2021年のプレスリリース年間キーワード登録ランキングの1位は「DX」です。あまりに急にバズワードと化したので、実はいまいち意味が分かっていないという方も多いのではないでしょうか。経済産業省によると、DXの定義は次の通りです。

「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」
(経済産業省・デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン(DX推進ガイドライン)Ver.1.0より)

 「紙をエクセルに変更する」というレベルの話ではなく、デジタル技術を活用して事業や組織を変革し、初めてDXと言えるということです。

 DXは変革であり、日本企業ではなかなか進まないと思われてきましたが、新型コロナによって一変します。多くの日本企業では、社員に対して顧客に直接会うことを制限し、リモートワークや時差出勤を命じました。DXと言えるレベルの変革が進んだのです。新型コロナの影響がなければ、短期間でここまでの大規模な変化は起きなかったでしょう。

 この変化は、もちろん不動産業界でも起きています。そうしなければ、非対面・非接触を希望する顧客と接点を持つことができず、ビジネスを継続できなかったからです。

 それまで不動産業界における大きなデジタル化といえば、2015年に社会実験が始まった「IT重説」、すなわち不動産取引における重要事項説明をオンラインで実施することくらいだったと言っても過言ではありません。それが新型コロナの流行以降、オンライン面談、VR(仮想現実)内見、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)での認知獲得などの他、業務フローを根本的に変えてBtoBサービスを導入するなど、一気にDXへの取り組みを始めたのです。

 2021年7月に、不動産テック7社・1団体が不動産事業者237社に対して行ったアンケートによると、「DXを推進している」と回答した不動産事業者は218社。2020年6月の調査では60%程度だった割合が、わずか1年で90%超にまで増えています。新型コロナの影響によって、各社が一気にDXを進めたことがうかがえる数字です。

 不動産以外の業界、例えば飲食や美容、小売りなどは、顧客のニーズに合わせて利便性を高め、結果としてデジタル化が進んできました。本来すべてのビジネスが顧客目線でサービス向上を目指すべきですが、このアナログな不動産業界は新型コロナという未曾有の危機に際して、現在「業界大変革」の時を迎えているのです。いまや多くの企業が、オンラインでの物件探しや不動産売買に力を入れています。そしてこの流れは決して止まることはありません。

不動産業界の仕事が変わる

 不動産サービスが大きく変化すれば、当然、不動産会社で行われている業務も、そこで働く人たちも変わらざるを得ません。業務フローがガラッと変わるのに伴い社内体制が大きく変わり、新しい職種の社員が隣の席に座るかもしれません。場合によっては現在の仕事が丸ごとなくなってしまうかもしれません。たとえ同じ肩書きであっても、新たなミッションを与えられて困惑するかもしれません。

 「自分はどうなってしまうのか」「このままでいいのだろうか」と不安を感じる気持ちは分かります。ここまで急速に変化すれば、そのように感じるのは正常な感覚です。しかし、現状から目を背け、不安を抱えながら何もしないでいると、奈落の底に突き落とされてしまうかもしれません。世界的な大企業でも終身雇用は難しい時代です。受け身のまま過ごしていたのでは、これからさらなる大転換を迎える不動産業界では生き残っていけません。

 今あなたに必要なことは、どんな変化が起きているかを理解し、自分が何をすべきかをしっかり把握したうえで、未来に向けて行動することです。未来に向けて行動すれば、おのずとキャリアアップの道が見えてきます。これから起きる変化と対応策さえ分かっていれば、技術を活用した生産性の高い仕事をすることも、時間と場所にとらわれない柔軟性の高い働き方も可能です。

本書の構成

 読者の皆さんにはぜひ前に向かって進んでいただきたい。そのために必要な情報、役立つ情報を本書にまとめています。本書は6章構成です。

 第1章では、不動産業界の現状を説明し、コロナ禍と法改正によって不動産DXが始まったことを解説します。続く第2章では、不動産DXの最前線を紹介します。

 第3章では視点を人材に移し、不動産業界で「なくなる仕事・変わる仕事・生まれる仕事」を説明します。第4章が本書のメイントピックです。第2章や第3章を踏まえたうえで、未来の不動産会社で必要とされる人材を「仕事図鑑」としてまとめます。11の仕事を定義していますので、きっとあなたが挑戦したい仕事が見つかることでしょう。

 第5章では業界トップランナーのインタビューを掲載し、最後の第6章はまとめとして、どのようなマインドやスキルを持つことが大事なのかを説明します。

 本書を読んでいただければ、きっと前向きに、あなたのやりたいことが見つかり、一歩踏み出していこうと思うはずです。

DXから目を背けてはいけない

 「コロナ禍でもうちの会社は毎日出社だったし、DXなんて全く進んでいない。テクノロジーのことなんて何も分からない」と思っている方がいるかもしれません。いっそのこと、「不動産業界がこのままアナログであってほしい」とさえ思うかもしれませんね。

 しかし、新型コロナで人々の価値観や生活は変わってしまいました。特に新しい価値観を持った「Z世代(10代~20代前半)」には、これまで通りのアナログなビジネス手法は、もはや通用しません。顧客が選ばないビジネスは衰退します。当然ながら、そこで働く人々の待遇が上がるはずもありません。これから不動産業界で働き続けるには、DXに適応するだけでなく、それを使いこなせる人材になることが必須と言えます。厳しく聞こえるかもしれませんが、目を背けてはいけない事実です。

 本書によって自信を持つことができると確信していますが、読む前の今は不安でいっぱいでしょう。そこで、少しでも前向きになれるように、私自身の経験を少しお話しします(「6-2 アナログ不動産セールスがどうやって不動産ビジネスを変革してきたか」に詳しく書いていますので、よろしければそちらも参考にしてください)。

24歳までサッカーしかやっていなかった私

 私は幼少期から世界的なサッカー選手に憧れ、来る日も来る日もサッカーボールを追いかけていました。サッカーの強豪校として有名な帝京高校を卒業した後、Jリーグのジェフユナイテッド市原・千葉の育成選手になることができ、アルバイトをしながらプロデビューを目指す日々を送っていました。

 ところが24歳の時にけがを負い、年齢的にももはや世界的なサッカー選手になることは難しいという現実を突き付けられ、サッカーから離れる決意をします。高卒でサッカー以外は何も知らない。そんな私が第2の人生を賭けて飛び込んだのが不動産業界でした。最初はうまくいかないことばかりでしたが、ガムシャラに働き、「サッカーで果たせなかった世界への夢を、不動産業界で、テクノロジーの力でかなえたい」と決意し、身一つで起業したのが2013年、30歳のときでした。

 起業したばかりの私はプログラミングの「プ」の字も知らない、一人の不動産セールスでした。そこからたくさん本を読み、人と会い、話を聞いて、なんとかここまでやってきたのです。24歳までサッカーしかやっていなかった私でも、不動産DXを理解し、推進する立場になれました。

 だからこそ思うのです。「今この本を読んでいるあなたが不動産DX人材になれないはずがない」と。ぼんやりとした不安を捨て、今私たちが置かれている現状と未来に起こることを知り、自分が何をすべきかを把握して行動してほしい。

 この本が、あなたのキャリアと人生にとって、新たな第一歩となることを願います。

【目次】

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