その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は芹澤連さんの『 戦略ごっこ―マーケティング以前の問題 エビデンス思考で見極める「事業成長の分岐点」 』。「はじめに」の前編です。
【はじめに】
WHO/WHAT/HOWを考える“以前”のお話があります
「誰に、何を、どのように」──これはビジネスのあらゆる場面で用いられる、最も基本的な思考法と言えるでしょう。いわゆる「戦略系」の話では、ほぼ必ずと言っていいほど登場するフレームワークです。実際、上流の戦略から四半期のプロモーション、新商品開発、広告コミュニケーション、PRや記事コンテンツ1本に至るまで、およそ全ての顧客志向の仕事はこの3要件を定義せずに進めることはできません。例えば広告だと、ブランドのあるゴールに対して、
WHO: ターゲットは誰か、どんなインサイトを持っている人たちなのか
WHAT: その人にどんな価値を提案するのか、それによりどのような変化を起こすのか
HOW: それを実現するために、どの媒体でどのようなメッセージを伝えるのか
などを考えていくわけです。さらに細かく分けることもできますが、それは本書の関心事ではありません。本書でお話ししたいのは、そうしたことを考える前に知っておくべき「市場と消費者に関するファクト(事実)」と「事業成長のエビデンス(根拠)」です。
別の言い方をすると、本書の目的は、エビデンスに基づいてビジネスやマーケティングの「当たり前」を見直すことです。世の中にはいろいろな戦略論やフレームワークがあります。毎月のように新しいビジネス本が発刊され、少しインターネットを検索するだけで、「私/僕の考えた最強のマーケティング戦略」のようなコンテンツがたくさん出てきます。人それぞれ意見や考え方がありますから、それ自体は別にいいと思います。ただし、そうした意見が立脚する前提が間違っていたとしたら問題です。ですから、ファクトやエビデンスに基づいてその前提部分をしっかりアップデートしておきましょう、というのが筆者からの提案です。
料理に例えるなら、いくら腕の良い料理人(=読者のみなさま)でも、砂糖と塩を取り違えたら(=事実を誤認していたら)、おいしい料理(=ビジネス成果)は作れません。「さすがにそのレベルでは間違えないよ」と思われるかもしれません。しかし読み進めていただくと分かりますが、意外と“そのレベル”で誤認していることが多いのです。
現実と理屈が乖離(かいり)しているとき、間違っているのは理屈のほうである
本書でいうエビデンスとは、異なる状況下で繰り返し観測される市場や消費者行動の規則性のことです(Bass, 1995)。筆者は、そうしたエビデンスに基づいて「根拠のあるマーケティングをしましょう」という立ち位置から、消費財を中心に、化粧品、自動車、金融、不動産、エンターテインメント、メディア、インフラ、D2Cといった分野の戦略立案や施策開発に携わっています。
その傍らで執筆活動も行っており、拙著『“未”顧客理解』(日経BP)はいくつもの企業で社内研修に採用され、また海外での翻訳版も出版されるなど、多くの方の目に留まる機会に恵まれました。読者からは「今まで顧客理解は進めてきたが、買わない人(=未顧客)の理解は十分ではなかった、新しい視点が得られた」といった感想を頂くことが多いのですが、それも「事業の成長には、既存顧客だけではなく非購買層やライトユーザーへの浸透が重要である」というエビデンス(Sharp, 2010)が起点になっています。
最近は事業部単位の相談を受けることが多いのですが、いわゆる成長の踊り場から抜け出せない事業や、新商品が次々に千三つ(せんみつ=1000に3つしか成功しない例え)にのまれる企業にはある共通点が見受けられます。それは、担当者や経営者が良かれと思ってやっている“マーケティング”こそが、実は事業の成長を妨げ、時にはビジネスを衰退させる原因になっているということです。
つまり、科学的な根拠のある「エビデンスベース」ではなく、担当者が信じ込んでいる「おとぎ話ベース」や、お気に入りの「成功事例ベース」で戦略や施策が決まり、そのマーケットでは効果がない、むしろマイナスになるようなことを自信満々にやっているのです。具体的に言うと、「そのカテゴリーにその理論は当てはまりませんよ」「その顧客層にそんな施策しても意味ないですよ」「それは売上の先行指標じゃないですよ」「そのフェーズでその視点の戦略は逆効果ですよ」といったケースによく出くわします。つまり目的と手段が一致していないわけです。
例えば、YというKPI(重要業績評価指標)を高めるためにXという打ち手を講じたとします(Xが手段、Yが目的)。しかし、それが実際にワークするのは市場に「X→Y(Xを行うとYが増える)」という関係性が存在する場合です。実は「X→Y」などという因果関係は存在しなかった、原因は別の要因Zだった、Xは定数でマーケティングが介入できる変数ではなかった、実はYはKPIではなく変化させたところで売上にはあまり関係なかった、むしろ「Y→X」だった、では話にならないわけです。
しかし、実際にはそのような検証が行われることはまれで、多くの現場では「あのヒット商品はX→Yで生まれたらしい」「あの有名マーケターがX→Yだと言っていた」「それなら我が社もXをしたらYになるんじゃないか」という粒度の意思決定が横行しています。
その「当たり前」、ホントに「当たり」の前ですか?
正直、マーケティングにできること、できないことがずいぶん混同されているように感じます。「ブランドはどう成長するのか」「消費者はどう商品を買うのか」「どういうときに、どんなアプローチが効果的なのか」といったマーケティング以前の基礎知識が足りない、あるいは間違っているのです。例えば、次のような話を聞いたことはないでしょうか。ざっと読んで、「自分も同意見だ」あるいは「そういうものだと思っている」という話がどれくらいあるか、チェックしてみてください(何を言っているかよく分からないものは飛ばして結構です)。
〈消費者行動やロイヤルティに関する当たり前〉
□ 上位20%のヘビーユーザーが売上の80%をもたらす
□ 既存顧客の離反を少し減らすだけで利益は大幅に改善される
□ 新規獲得は顧客維持の数倍コストがかかるため、リテンション中心に考えるほうが理にかなっている
□ ヘビーユーザーのロイヤルティを高めリピートにつなげていくことが大切
□ ロイヤル顧客の大半はブランドに愛着があってリピートしている
□ ヘビーユーザーはクロスセルやアップセルが利きやすい
□ ブランドが好きで、購買頻度も高く、長期間にわたってリピートしてくれるファンを育成することが事業成長のカギ
〈商品の差別化やSTPに関する当たり前〉
□ ブランドはSTPで成長する
□ 無関心な人に振り向いてもらうには他社との差別化がポイントだ
□ ターゲットを絞り込み、強いパーセプションを形成することが新規獲得の肝だ
□ 小さなブランドが成長するには、まず独自のポジショニングを確立する必要がある
□ 現代の消費者は常に自分向けの商品を探しており、細かな違いにも敏感だから、「このベネフィットを得られるのはこのブランドだけ」と思ってもらうことが重要
□ 競合との直接衝突を避けるためには、パーセプションやブランドイメージによる心理的・知覚的な差別化が有効である
□ 購買のドライバーになっているブランドイメージを特定し、それを高めていくことがブランドの成長につながる
□ 真にポテンシャルがある商品というのは、きっかけさえあれば後はひとりでに売れていくものだ
□ 成熟市場では、新商品は長い期間をかけて少しずつ成長する
□ 認知率が100%に近いロングセラーのコアプロダクトを宣伝するくらいなら、新商品の広告費に回したほうがいい
□ ロゴやパッケージ開発では「企業の思い」や「伝えたい意味」がしっかり伝わるデザインにすることが何より先決
〈広告やメディアプランに関する当たり前〉
□ 広告は常に一貫性を重視すべきだ
□ メッセージを増やすと消費者が混乱するおそれがある
□ 費用対効果が不明瞭なマス広告は基本的に避けたほうがよい
□ 現在では、リーチを広げるよりターゲットの解像度を高めることのほうが重要だ
□ ファネルの歩留まりを解消し、購買やファン化に向かうプロセスを促進していくことが大切
□ 広告の主な役割は、ターゲットに対して「ブランドを買うべき理由」を明確に伝えることである
□ 未顧客に対しては、とにかく第一想起を増やしていくことが主なゴールとなる
□ 効果測定では、事前に設定した「あるべき態度変容」や「ブランドイメージの変化」の達成度合いを評価することが大切
□ KPI管理については、購入意向、推奨意向といった態度変容を売上の先行指標として追っていくことが基本となる
□ 短期のROIを最大化していくことが、結局は長期的な成長にもつながる
こうした視点や考え方を、データをとって逐一確認している人はあまりいないでしょう。ある意味“当たり前”であり、「昔からそういわれている」「マーケ本や教科書にそう書いてある」「自分の経験や感覚と照らし合わせても違和感がない」といった理由で、特に疑うこともなく、日常のビジネス会話やプレゼン資料の前提にしているのではないでしょうか。あるいはこれらを暗黙の了解として戦略を立て、施策を作り、プロジェクトの振り返りをすることが習慣になっているマーケターもいるかもしれません。筆者は、そこから見直していく必要があると考えています。
なぜなら先に列挙した考え方は、エビデンスを見る限りいずれも「事実ではない」、あるいは「例外的に当てはまる場合もあるが、一般的にはそうとはいえない」ものばかりだからです。つまり、これらを「当たり前」として戦略や施策を考えると、その先に生まれる商品や広告、価格、流通が「前提から根本的に間違っている」という事態にもなりかねないのです。
さて、みなさんいくつ当てはまりましたか。割と多く当てはまったという方、「ドキッ」とされたのではないでしょうか。もしくは「そんなわけないでしょ」と一笑に付したくなるかもしれません。しかし、別に筆者のポジショントークや独自理論で言っているわけではなく、査読つきの論文などのちゃんとした“ソース”がある話なのです。詳しくは後続の章で、論拠と一緒に1つずつ解説していきます。ちなみに、「いずれもカテゴリーやブランド次第、場合によるのでは」と思われた方、鋭いですね。
(「後編」に続く=2024年1月4日公開予定)
【目次】




