東京・大田区北千束、東急線大岡山駅近くの路地にある「青熊書店」は、青森県と熊本県出身の夫婦が2025年3月に始めた本屋さんだ。以前は喫茶店だった7坪の店内には、青森と熊本にまつわる本を中心に、「土地と人」を切り口とした本と雑貨類がぎっしり並ぶ。店主で熊本出身の岡村フサ子さん(熊本担当)と、フサ子さんの夫で青森出身の岡村豊彦さん(青森担当)に聞いた。

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シェア型書店の棚主からスタート

青森と熊本で「青熊書店」とは、とても斬新なコンセプトですね。そもそもお二人はどこで知り合い、書店を始めるに至ったのですか?

岡村フサ子さん(以下、フサ子さん) 私たちは編集工学者の松岡正剛さん(2024年死去)が主宰するイシス編集学校で知り合いました。私は東京の大学を出て、卒業後は故郷の熊本に帰り、金融機関と編集制作・出版業界で10年ほど働きました。そのとき熊本出身のデザイナー、植田いつ子さんのアトリエを訪ねて上京取材、その後再び東京に出て植田さんの個展に伺いお礼を申し上げていたところ、そこで松岡さんに初めてお会いし、イシス編集学校に入るきっかけとなりました。

イシス編集学校はどんな学校ですか?

フサ子さん インターネット上の学校で、1講座約4カ月のさまざまなコースがあります。本や媒体をつくる学校ではなく、松岡さん流の編集術を生活や仕事に役立てるため、お題と回答のやり取りで学んでいきます。受講者は小学生から80歳代までいて、受講者が「師範代」や「師範」となり、教える側に回ることもあります。

 ときどきオフ会やイベントもあり、異業種交流会のようになることもあります。夫とはそこで出会いました。

「青熊書店」の構想はいつから?

フサ子さん 2022年、仏文学者の鹿島茂さんがプロデュースする共同書店「PASSAGE by ALL REVIEWS」が神保町にできて、すぐに棚を借りたのが始まりです。その際、自分たちができることって何だろう、人と土地にまつわるものがいいかな。熊本と青森という日本の端のほうからやって来た二人が一緒になり、異なる文化が混じって、化学反応が生まれた。同じことを書店でやってみたら面白いのではと考え、「青熊書店」と名付けました。

 PASSAGEでは棚主同士の交流が盛んで、いろいろなことを学びました。鹿島さんからは、交流会のスピーチで「どんな本もいつかは売れます」「売れない本は売れる本の隣に置けばいい」など、励ましの言葉をいただきました。

「書店の方々は皆とても親切で、開店前からさまざまに応援してくださいました」と岡村フサ子さん
「書店の方々は皆とても親切で、開店前からさまざまに応援してくださいました」と岡村フサ子さん
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シェア型書店の棚主をやってみて、売れる本と売れない本の見極めはつきましたか?

フサ子さん 自分ではいいなと思っている本が、必ずしも売れるとは限りません。逆に、売れる本は、その良さを適切にプロデュースできているかが関係しています。本の作り手と読み手双方のマッチングを想定したうえで、最適な出合いの場をつくるのが大切ということを学びました。

 棚主になって1年後、これは本気で本屋をやるしかないなと腹をくくりました。勤めていた会社を辞め、神保町の古書店「アットワンダーJG」と「PASSAGE bis! BOOK&CAFE」でアルバイトをしながら、書店の修業を始めました。アットワンダーJG社長の鈴木宏さんには古書店としての心構えを教えていただきました。

 そんなとき、東京都が運営するチャレンジショップ「創の実(そうのみ)」のことを知り、ダメもとで応募したところ、採用になりました。これは女性や若者の開業支援と商店街の活性化を狙いとしたプログラムで、将来店を持ちたい人は審査を通過すると、低家賃、期間限定(最大1年間)で試すことができます。本当に開業できるかどうか、経営コンサルタントが入って指導もしてくれます。

 実験店舗が吉祥寺と自由が丘にあって、私は自由が丘で出店が決まりました。たくさんの人が行き交うにぎやかなエリアでしたが、店の中にはなかなか入ってきてくれません。それで隣の店舗とも協力して集客を頑張った結果、常連のお客さんもできるようになりました。チャレンジショップに書店が入ったのは初めてだったそうです。

その1年後、大岡山に引っ越し、本格的に書店を始めたわけですね。自由が丘と大岡山では客層に違いはありましたか?

フサ子さん 自由が丘は、何かを探しにやって来る地元以外のお客さんが多いのに対し、大岡山は圧倒的に地元の人。だから地元の常連さんに満足していただけるかどうかが重要です。

 ここは以前、「伊藤珈琲店」という喫茶店でした。ある日、散歩の途中に寄ったら閉まっていました。近くの不動産屋さんに聞いたところ、ちょうど店子(たなこ)募集をする寸前でした。それまでも結構店舗物件を探していて、ピンとくるものがなかったのですが、これも縁かなと思い、即断即決しました。

 20~30年前まで大岡山にも3軒ほど書店があったそうです。でも今は東京科学大学構内の生協のみ。青熊書店は本を売るとともに、地域のサードプレイス、本の作り手と読み手をつなぐ場にしたい。街の方々の日常生活に、本を介し豊かな何かを足すことができたらと思いました。

青森関連の本(左側)と熊本関連の本(右側)の棚
青森関連の本(左側)と熊本関連の本(右側)の棚
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売れ行きは青森が優勢?

店内を案内していただけますか。

フサ子さん 青森と熊本の本をそろえてみて分かったのは、青森は文学性や物語性のある著者が多く、熊本は哲学や思想を語る著者が多いこと。売れ行きでいえば、太宰治と寺山修司がとにかく人気なので、青森のほうが優勢ですが、小泉八雲ブームで熊本も盛り返してきています。

 熊本出身の代表的な著者は、石牟礼道子(いしむれみちこ)、渡辺京二、高群逸枝(たかむれいつえ)、坂口恭平ほか。熊本に住んだことのある人も加えれば、宮本武蔵、夏目漱石、小泉八雲もいます。

 石牟礼道子の代表作『苦海浄土 わが水俣病』(講談社文庫)は、当店でも売れ筋ですが、私は石牟礼さんの原風景やチャーミングさが分かる『あやとりの記』(河出文庫)や『食べごしらえおままごと』(中公文庫)などのエッセーや対談本をお薦めしています。

 女性史研究の開祖である高群逸枝の『娘巡礼記』(岩波文庫)は、四国巡礼の紀行文です。大正時代、若い女性のお遍路さんは好奇の目で見られました。その赤裸々な経験が率直に語られています。

『あやとりの記』(石牟礼道子/河出文庫)と『食べごしらえ おままごと』(石牟礼道子/中公文庫)
『あやとりの記』(石牟礼道子/河出文庫)と『食べごしらえ おままごと』(石牟礼道子/中公文庫)
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『娘巡礼記』(高群逸枝/岩波文庫)は、高群逸枝が24歳のとき、半年をかけ無銭で行った四国巡礼の記録
『娘巡礼記』(高群逸枝/岩波文庫)は、高群逸枝が24歳のとき、半年をかけ無銭で行った四国巡礼の記録
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 『九州の千夜千冊 Qten Genki Book九』(九天玄氣組編)は、イシス編集学校の九州支所、九天玄氣組の面々が、クラウドファンディングを募るなど多くの方のご協力をもとに出版した、九州に関係する本1000冊のガイドブックです。イシス編集学校の有志や著名な方々、総勢90名近くの多士済々が選書し、コメントを寄稿しています。松岡さんに読んでいただけなかったのは残念ですが。

『九州の千夜千冊 Qten Genki Book九』(九天玄氣組編)
『九州の千夜千冊 Qten Genki Book九』(九天玄氣組編)
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 ここで、岡村豊彦さんにも、青森の本を紹介していただく。

青森の本の売れ筋やお薦め本はどれですか?

岡村豊彦さん(以下、豊彦さん) PASSAGEの棚でも当店でも、太宰治と寺山修司が一番人気なのですが、当店としては50周年を迎えた青森の地元誌『青森の暮らし』(グラフ青森)を推したい。東京でバックナンバーをここまでそろえている店はありません。グラフ青森では「温泉」「お酒」「郷土料理」など、テーマ別の本も刊行しています。

岡村豊彦さんはサラリーマンで、週末にお店を手伝っている
岡村豊彦さんはサラリーマンで、週末にお店を手伝っている
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『青森の暮らし』(グラフ青森)のバックナンバーと関連書籍が並ぶ
『青森の暮らし』(グラフ青森)のバックナンバーと関連書籍が並ぶ
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 青森出身者には芸術家タイプが多い。当店でも関連書をそろえています。太宰治、寺山修司、ウルトラマンをデザインした成田亨(とおる)、歌手の淡谷のり子、報道写真家の沢田教一はいずれも県立青森高校(旧制青森中学、青森高等女学校を含む)の同窓生。私も青森高校出身です。

 寺山修司では2025年12月に文庫オリジナルで刊行された『街に戦場あり』(寺山修司著、森山大道・中平卓馬 写真/ちくま学芸文庫)がお薦め。雑誌『アサヒグラフ』に連載されていた寺山の文章と写真をセットで味わえます。

『成田亨作品集』(成田亨著/富山県立近代美術館・福岡市美術館・青森県立美術館監修/羽鳥書店)と『ライカでグッドバイ カメラマン沢田教一が撃たれた日』(青木冨貴子著/ちくま文庫)
『成田亨作品集』(成田亨著/富山県立近代美術館・福岡市美術館・青森県立美術館監修/羽鳥書店)と『ライカでグッドバイ カメラマン沢田教一が撃たれた日』(青木冨貴子著/ちくま文庫)
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 2002年に亡くなった消しゴム版画家のナンシー関は青森市出身で、今に通じる批評性を持った方です。コツコツと消しゴム版画を彫る姿は、冬場に津軽の女性がこぎん刺しを作る姿と重なってみえます。

『ナンシー関 全ハンコ5147』(ナンシー関著/アスペクト)
『ナンシー関 全ハンコ5147』(ナンシー関著/アスペクト)
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確かにそうですね。棟方志功とも似ている気がします。

豊彦さん 少し変わったものでは『走っけろメロス』(太宰治著/鎌田紳爾 津軽語翻訳・朗読/未知谷)も面白い。「走れメロス」を津軽弁にしたもので、バリトン歌手が朗読したCDも付いています。

『走っけろメロス』(太宰治著/鎌田紳爾 津軽語翻訳・朗読/未知谷)
『走っけろメロス』(太宰治著/鎌田紳爾 津軽語翻訳・朗読/未知谷)
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青森と熊本以外の本もたくさんあります。こちらは手紙ですか?

フサ子さん これは「何者からかの手紙」というシリーズ。封筒の中に数枚の便箋が入っている、手紙形式の小説です。「BOOKSOUNDS」というひとり出版社が、10年以上前から出していて、これまで10万部以上売れているとのこと。先日ある女性がこれをたくさん買っていかれた後で、小学生の女の子や男の子が「お手紙のことを聞いて面白そうと思って」と、お小遣いを持ってやって来たことがありました。

「何者からかの手紙」シリーズ(BOOKSOUNDS)
「何者からかの手紙」シリーズ(BOOKSOUNDS)
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 「人と土地」ということでは、山岡荘八の時代小説『水戸黄門 上・下』(春陽文庫)もお薦めします。テレビとはまた異なるイメージの黄門様の活躍が描かれます。当店には「時代小説が大好き」という常連さんがいらっしゃいます。

最後に、青熊書店を訪れたついでに立ち寄るといい、近所のお薦めスポットはありますか?

フサ子さん うちのすぐお隣にある「SHINO café and pub」はギネスビールがおいしい店。1人でも数人でもお薦め。同じく路地の手前にある「お菓子屋シュルツ」はテイクアウトのキャロットケーキ専門店ですが、キャロットケーキ以外にもシフォンケーキやチーズケーキなど、どれを食べても絶品です。

取材・文/桜井保幸 写真/木村輝

参考サイト 青熊書店

【フォトギャラリー】

東急目黒線・大井町線大岡山駅
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大岡山北口商店街。青熊書店はこの1本西側の路地沿いにある
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看板イラストは岡村フサ子さんの高校の同級生デザイナーによるもの
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岡村フサ子さんは大学で国文学、岡村豊彦さんは海外文学を学んだ
岡村フサ子さんは大学で国文学、岡村豊彦さんは海外文学を学んだ
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こぎん刺しのブックカバーやマスコット人形、棟方志功のポストカード、りんごのお菓子が並ぶ
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『アルテリ』は熊本市の「橙書店」店主、田尻久子さんが編集・発行している文芸誌。熊本ゆかりの書き手が寄稿している
『アルテリ』は熊本市の「橙書店」店主、田尻久子さんが編集・発行している文芸誌。熊本ゆかりの書き手が寄稿している
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店頭では、boccaさんによる「BEAR can't Play Hoopクマはフラフープができない」の作品展とクマ関連書を展開していた(1月取材時)
店頭では、boccaさんによる「BEAR can't Play Hoopクマはフラフープができない」の作品展とクマ関連書を展開していた(1月取材時)
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25年11月、東京科学大学の学園祭「工大祭」に合わせて企画した、東京科学大の学生による「推し本」展示(写真:青熊書店)
25年11月、東京科学大学の学園祭「工大祭」に合わせて企画した、東京科学大の学生による「推し本」展示(写真:青熊書店)
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生のギネスビールが飲めるSHINO cafe and pub。「フィッシュアンドチップスなどのおつまみも最高です」と岡村フサ子さん
生のギネスビールが飲めるSHINO cafe and pub。「フィッシュアンドチップスなどのおつまみも最高です」と岡村フサ子さん
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お菓子屋シュルツ。「キャロットケーキがとにかくおいしい。材料にもこだわっています」
お菓子屋シュルツ。「キャロットケーキがとにかくおいしい。材料にもこだわっています」
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