「ON READING」は、名古屋市営地下鉄東山線・東山公園駅すぐのアパートの1室にある。渡り廊下と階段を歩いてたどり着く、隠れ家のような本屋さんだ。2006年に名古屋市中区で洋書のアートブックと古書の店として開業、2011年千種区へ移転、現在に至る。自主レーベル「ELVIS PRESS」では、これまで39冊の本を刊行。昨年から「独立書店ネットワーク」の事務局として、出版社との直販交渉や共同フェアの提案も始めている。同店を経営する黒田義隆・杏子夫妻に話を聞いた。
自然とこんな店になった
ON READINGは2006年に名古屋市の中区で開業、2011年にここ千種区に移転し、現在に至ります。近年増えている独立書店の中では、かなり早い立ち上げですね。
黒田義隆さん(以下、義隆さん) 開業当初は「独立書店」という言葉はなくて、アートブックや古本を扱う店としてスタートしました。当時はセレクト書店などと呼ばれていましたかね。個人で書店を始める人がポツポツと現れ始めた時期です。
黒田杏子(きょうこ)さん(以下、杏子さん) 東山公園へ移転した後から、新刊の読み物を増やしていき、今に至ります。「独立書店の先駆け」のように見えるかもしれませんが、私たちは先駆けているつもりはなくて、自然とこういう店になっていったという感じです。
開業のきっかけはなんですか? お2人はアートを勉強されていたのですか?
杏子さん いいえ、私は文学部卒で、夫は経営学部卒なので全く違います。大学3年のとき就職活動が始まっていたのですが、私はたまたまアートブックの書店「ナディッフ愛知」がアルバイトを募集しているのを知り、すぐ応募してスタッフになったのが、アートブックや書店の世界に関わり始めたきっかけです。
義隆さん 僕らは就職氷河期の世代で、みな就活には苦労していました。僕もうまくいかなかったので、それなら自分で始めようかと。最初は古書や洋書を買い集め、在庫を持ちながらイベントで売っていました。
杏子さん そんなとき、たまたま「この場所使っていいよ」という人が現れたので、勢いで店を始めてしまいました。
義隆さん 初期投資額は最低限で、貯金の100万円と在庫の本合わせて200万円ぐらい。アルバイトをしながら店を維持できればいいくらいの気持ちでした。東山公園に移ってからは、バイトをせず店に専念できるようになりました。
経営は順調でしたか?
義隆さん 順調といえば順調ですが、もともと最初の谷がすごく低かったので、その後大きな谷があるようには感じませんでした。あえて言えば、東山に引っ越した後。店舗面積の拡大に合わせ本をどんどん仕入れていったのですが、1年ほどは売り上げがそれについてくるまでの資金繰りが大変でした。
ON READINGは、単価の高いアートブックを数多く扱っていることが強みではないですか?
義隆さん そうですね。名古屋は東京のように専門性の高い店が少ないので、間口を広くして、いろいろなことをやらなくてはならないところがある。当店もそれが店の特徴になって、さまざまな方が楽しめるような店になっているかと思います。
杏子さん 逆のことを言うようですが、独立書店巡りをしている人から見ると、うちはアートブックをはじめ馴染みのないアイテムも多く、ギャラリーも独立した空間になっていて、決して入りやすい店ではないのかもしれません。けれど、店までの道のりや扉を開けること、今まで手に取ったことのないアートブックを開くことなど、「知らない」に出会う体験はとてもワクワクすることのはず。当店を訪れる人にそうしたワクワクを感じてもらえていたらいいなと思います。
何よりも、名古屋にある数少ない独立書店というのが大きいと思います。
義隆さん 僕らが始めてからも15年ほど名古屋には個人書店が出てこなくて、とても寂しかった。
杏子さん 2021年に、金山に「TOUTEN BOOKSTORE」ができて以降、ようやく愛知にも個人書店が増えてきてちょっとしたブームのようになっています。例えば豊橋市の「ネコゼ商店」や瀬戸市の「本・ひとしずく」など。一方で、名古屋市内では長く愛されていた「ちくさ正文館書店本店」や「七五(しちご)書店」が閉店してしまい、本好きとしては残念な限りです。
人類学と書店は似ている
この店でずっと売れているロングセラーはありますか?
義隆さん 自主レーベルの「ELVIS PRESS」が2016年に出した『世界をきちんとあじわうための本』(企画 ホモ・サピエンスの道具研究会)はずっと売れており、累計1万部になりました。もともと南山大学人類学研究所の3人の人類学者が、美術展の記録集として自主制作したものを、増補新装版にした本です。人類学というと、異なる文化圏のフィールドワークなどを通じて、それぞれの文化を相対化して理解する学問と思われるかもしれません。しかし、この本のテーマは、「息を吸って吐く」「選ぶ」「準備する」など、私たちが日々、無意識に行っていることを、ゼロから見つめ直してみようというものです。
杏子さん この本は私たちが書店を続けていく上で、常に立ち返る根幹の本です。著者たちと話していると、「どうしてこの店はこうなっているのか」「どうしてこの本とこの本を並べているのか」とさまざまな問いをもらえます。そのたびに自分たちが無意識で行っている行為を問い直すことになり、本がある場所で何が起きているのか、本とはどういう道具になりえるのか、と自分たちの仕事を見つめ直す学びの場になりました。
義隆さん 本書によって、僕は人類学自体にも興味を持つようになりました。ある人類学者の「人類学とは、わかったつもりでいるものを、もう一回わからなくさせる学問」という言葉が印象に残っています。
杏子さん 本というのは「世界に驚くための道具」として機能しており、我々はそういうものを扱う仕事をしているんだと自覚しました。そういう意味で、人類学と書店は似ているところがあるといえるかもしれません。
そうした視座から、お薦めの本を紹介していただけますか?
義隆さん 『動物と人間の世界認識 イリュージョンなしに世界は見えない』(日髙敏隆著/ちくま学芸文庫)でしょうか。同じ場所で同じものを見ているようでも、見えているものは千差万別だと思うと、少し気持ちが楽になります。
杏子さん 私は短歌が好きで、短歌の棚に力を入れてきました。短歌は、誰も気に留めていなかったような情景や感情に光を当てて31字の言葉にすることによって、世界を捉え直す文芸ジャンルだと思います。写真もそれに似ていますね。
「ELVIS PRESS」の他の本も教えてください。
杏子さん 『ありふれたくじら Ordinary Whales』は、現代アーティストの是恒さくらさんが、アラスカや日本で、クジラにまつわる話を聞き書きした本です。是恒さんはアラスカの大学で先住民芸術を学んだ方。現在は、世界各地に残るクジラと人の営みをリサーチして、刺しゅうやインスタレーション作品を発表しています。
架空の街を題材にした画集
義隆さん 今、隣室のギャラリーで新刊発売記念の展示会を行っているので、ご案内します。本書は画家のnakabanさんの『In Modest Blue』という作品集です。nakabanさんは絵本作家としても知られ、新潮社のとんぼの本や東京・荻窪の「本屋Title」のロゴマークを作ったりもしているので、本の世界とはなじみがあります。今作は、ハーロウ・メアという架空の街を舞台に、駅や水路、街路樹やお店などが描かれています。本書の冒頭に掲載している地図と併せて見ていくと、まるで街を旅しているような気持ちになります。
アートブックでお薦めはありますか?
義隆さん 『Animal Books for Jaap, Zeno, Anna, Julian & Luca &』(Lous Martens著/Roma Publications)は、オランダのデザイナー、カレル・マルテンスの妻、ルース・マルテンスが、5人の孫たちのために、雑誌や新聞から切り抜いて集めた動物の写真を本にしたもの。古今東西で動物の捉え方が違っているのが分かります。
杏子さん タイトルの最後が「&」で終わっているのも面白いですね。本づくりの楽しみが詰まっていて、アートブックとしても良い本です。
ON READINGは昨年始まった「独立書店ネットワーク」の事務局をされています。このネットワークはどういう経緯で始まり、どんな狙いがあるのですか?
義隆さん 京都の独立書店「誠光社」の堀部篤史さんが、「本屋Title」の辻山良雄さん、「メリーゴーランド京都」の鈴木潤さん、「本屋B&B」の内沼晋太郎さん、我々に声がけしたことをきっかけに、立ち上げることになりました。現在は参加店を募り、共同のフェアや出版社との直取引の交渉を進めています。独立書店と出版社というのは、実はお互いの事情をよく分かっていないところがあります。それぞれの悩み事をぶつけ合えば、双方にメリットがある新たなやり方が見つかるんじゃないかと思います。
最後に、お店を訪れたついでに立ち寄るといい、近所のお薦めスポットはありますか?
杏子さん 東山動植物園がお薦めです。あと、南山大学の人類学博物館も、「さわる展示」というのをやっていて楽しいですよ。
義隆さん 近くの「コアラド」という洋食店がお薦めです。個性的でとてもおいしいです。
取材・文/桜井保幸 写真/吉田伸毅
参考サイト bookshop and gallery ON READING【フォトギャラリー】





















