静岡県掛川市にある「走る本屋さん 高久書店」は、2020年2月にベテラン書店員の高木久直さんが開業した10坪に満たない独立系書店。高木さんは戸田書店のフランチャイズ企業に21年間勤務、2012年には「静岡書店大賞」を立ち上げたり、いち早くSNSでの情報発信を始めたりするなど、書店業界のイノベーター的存在だ。開店5年目に入った手応えと現在の取り組みなどを聞いた。
開店後すぐコロナ禍に
高久書店は2020年2月に開業、5年目に入りました。これまでの手応えはいかがでしょうか?
オープンの翌月から新型コロナウイルスの流行によるロックダウン状態となり、図書館などの公共施設は軒並み休業、近所の飲食店なども死んだような状態でした。
この店を始めるとき、人口10万人程度の地方都市で、はたして街の本屋をやっていけるのか、地域に受け入れてもらえる店になれるのか、チャレンジするつもりでした。コロナ禍があったせいでかえって覚悟ができ、地に足をつけてやろうという気になりました。4年たって振り返ると、当初考えていたとおりのことができていると思います。
本屋のない地域に本を届ける「走る本屋さん」の活動も続けていますね。
はい。高久書店開業前の2016年から副業として始め、コロナで一時休んでいましたが、22年ごろから再開し、月一度程度のペースで行っています。わが国の市町村のうち、3分の1近くは書店がありません(出版文化産業振興財団調べ、22年9月時点で26.2%)。静岡県はまだ恵まれているほうなのですが、それでも例えば御前崎市、西伊豆町、河津町には本屋が1軒もないまま。東海道から離れ、人口が少ない地域になると本屋がぐっと減っていきます。
ワゴン車に本を載せて、本屋のない地域に行くと、車の周りに子どもたちが集まってきます。「売っている本」を初めてみる子ばかりなので、「自由に手に取って読んでいいよ」と言わないと、触ろうともしません。「おじいちゃんやおばあちゃんに図書カードをもらったけれど、私の町には使える店がなかった」と話す子もいました。
もちろん図書館はあるので、本を借りることはできます。また、ネット書店を利用すれば本を買えます。でもそれは親が了解した本だけです。子どもたちがお小遣いを握りしめて本屋に出掛け、好きな本を立ち読みする、どこにでもあった光景が消えてしまった。
「走る本屋さん」は、本を売りに行くだけでなく、お話し会や講演を伴うことが多くなっています。市主催の文化講演会で読書について講演をしたり、大学で保育士になる人向けに幼児教育における本の大切さを話したり、幼稚園・保育園で親御さんを前に絵本の読み方、選び方を伝えたりしています。
企業決算的にいえば、書店の売り上げが営業収益、講演や原稿執筆で頂くお金が営業外収益となり、合わせてうまく回っています。「走る本屋さん」は意地でやっているところがあって、ガソリン代もかかるのでビジネスとしてはなかなか成り立ちません。でも講演や執筆の依頼が来るのは、お金のためではない活動を続けているからとも思います。
僕は“本屋バカ”
僕は“本屋バカ”です。本屋が好きでしょうがありません。書店員の役目はお客さまの本との出合いをお手伝いすること。とても面白い商売だと思います。
僕が戸田書店チェーン傘下のリブレという書店に就職したのは1998年で、書店業界全体の売り上げはピークを過ぎていました。でも自分には書店員が合っていました。1つのジャンルを任され、棚を自由にデザインするのは楽しかった。入社から約1年半で店長になり、7年目には戸田書店グループのエリアマネジャーも任されました。
昔のようにお客さまをただ待っているだけではダメなことは、入社した時から分かっていました。来店のきっかけを作ろうと、各種イベントを仕掛け、お客さまに手作りの冊子を配布しました。2009~2010年頃には静岡県内の書店ではいち早くSNSを使った情報発信をするようになりました。
高久書店として独立してから、お客さまとの距離がより近くなりました。最近はセルフレジや無人店舗が増えていますが、うちではお客さまと5分から10分ぐらい話し込むのが普通。街の本屋は老若男女、コミュニケーションを取りたい人の避難所としての機能も担っています。
店を始めてみると、店に来られない“購買弱者”がいかに多いかも知りました。そこで午前中に、お年寄りと体の不自由な方限定で、本や雑誌の配達もしています。
店に入るとすぐ参考書棚
お店に入って驚くのは、入り口すぐに参考書の棚があること。これは最初から意図していたのですか?
全国広しといっても、店の「一丁目一番地」の棚に学習参考書を置いている書店はないのでは。50m先に県立掛川西高校があり、店前を高校生が行き交います。私は大学の教育学部を卒業後、非常勤の中学校講師をしていたことがあり、自分の特徴を生かすためにも参考書を売りにしようと思いました。
ただ本を並べるのではなく、子どもたちの相談にも乗ります。例えば「数学のレベルがこのくらいなんだけど、私に合う本はどれですか」というように。学校の先生や親にも言えない悩みも聞きます。店に通っていた高校生が大学に合格すると、「合格ラベル」を貼りにやって来ます。うちは予備校じゃないので、貼らなくてもいいんですが。
こちらには「静岡書店大賞」の本がありますね。
ここはお薦め本のフェアコーナーです。「静岡書店大賞」は、戸田書店掛川西郷店店長だった2012年に、私が立ち上げた賞で、県内の書店と図書館が1票ずつ投票するという、全国的にも珍しい賞です。23年の受賞作は富士市出身の作家、宮島未奈さんの 『成瀬は天下を取りにいく』(新潮社) に決まりました。
10坪弱の店内に雑誌、文庫、さまざまなジャンルの本が満遍なく並んでいる印象です。
多くの書店は「見計らい配本」といって、書店が注文をしなくても大手取次会社が勝手に送りつけてくるシステムを使っています。うちは見計らい配本は断っていて、1冊1冊、お客さまの顔を思い浮かべながら選んで仕入れます。新刊が出る1カ月前にはすべてのジャンルで注文します。
小さな本屋さんからは「新刊がなかなか入らない」という悩みもよく聞きますが。
僕はあまり支障を感じていません。確かに取次に任せたままだと難しいことはあります。そのような時は、取次を越え各出版社の担当に頼んで注文します。20年以上書店員をやってきましたから、担当者の知人が比較的多いということもあります。システムうんぬん以前に、この業界は結局、人と人とのつながりがものをいいますから。
本の恩恵を次世代にお返し
この「ペイフォワード文庫」というのは何ですか?
英語で“pay it foward”という言葉があります。「誰かから自分が受けた恩恵を赤の他人に返す」というような意味で、『ペイ・フォワード 可能の王国』という映画にもなりました。
ペイフォワード文庫の仕組みは次のようなものです。毎月1人の大人が本から受けた感銘を、子どもたちに分けるために、当店で10冊購入いただき、棚に並べます。当店を訪れた中高生は好きな本を持ち帰ることができます。1週間もすると棚の本はなくなるので、別の大人のお客さまが、同じ本でも別の本でもいいので、購入してスペースを埋めます。
これは店の常連の方との雑談から生まれた企画で、当初、果たして参加してくれる人はいるのかと思いましたが、すでに34カ月目、3年近く続いています。いわば子ども食堂の本屋版のような試み。自分の子ならともかく、見ず知らずの子どもたちのために自腹を切る大人が存在することが分かって、意気に感じます。
紹介される本の中には私が存在を知らなかった本もあるので勉強になりますし、これを見て別のお客さまが注文して購入されることも増えています。
ペイフォワード文庫は、本屋という公の空間が街にあることが、どれだけ素晴らしいことかが分かる例だと思います。
こちらには地元本や地元出身作家の本がありますね。
これは地元のアマチュアカメラマンによる写真集『生命輝く小笠山の四季』(撮影・中山幸男/自費出版)です。掛川市と袋井市の市境に小笠山という低山があります。ここは日本有数のシダの生息地として有名で、176種類のシダが見つかっているそうです。
その上にあるのは、掛川西高校出身の漫画家、所十三さんのサイン色紙。所さんのデビュー作は『名門! 多古西応援団』(講談社漫画文庫)で、これは掛川西高校の応援団がモデルになっています。昨年はヤンキー漫画の『疾風伝説 特攻(ぶっこみ)の拓』(原作・佐木飛朗斗/講談社)の復刻版が発売されました。
「掛川百鬼紀行」は10月に掛川市内で開催される日本版のハロウィーンイベントですが、仮装行列をするだけではなく、掛川にまつわるおどろおどろしい小説やTRPG(テーブル・トーク・ロール・プレーン・ゲーム)を全国公募しています。これは受賞作を収録した冊子。小説部門の審査委員の1人は私で、高木賞という名がついています。
高木さんお薦めの本を紹介してください。
うちには作家の方がよく訪ねてこられるのですが、時代小説作家の髙田郁(かおる)さんもその一人です。仕入れの仕事をしていたとき、上司から紹介されて『みをつくし料理帖』(ハルキ文庫)のゲラを読んだことがありました。大変面白かったので、思い切って3000部を仕入れたところ、狙いが当たり、ベストセラーになりました。髙田さんは年に一度はお店に寄ってくださいます。
この 『ふるさと銀河線 軌道春秋』(髙田郁著/双葉文庫) は、高久書店のあいさつ代わりの一冊として、いつもお薦めしている本です。髙田さん唯一の現代小説で、9つの短編からなっています。電車を人生になぞらえ、つらい思いや生きづらさを抱えている主人公が、トンネルの先に光を見つけるような物語です。読者の背中を押してくれる応援歌になると思います。
高木さんは「本屋を植える活動」とおっしゃっていますが、どうすれば本屋を増やしていくことができると思いますか?
今、地方都市にはどこもシャッターの閉まった商店街があります。本屋をやってみたいという若者が出店しやすいように、自治体が助成したり、無償で借りられたりするようにできたらいいですね。あとは、やはり読者を育てていくことが大切です。
私が楽しそうに本屋をやっているのを見て、本屋を始めた人もいます。元ヤマハの社員でうちの常連だった庄田祐一さんは、掛川市富部(とんべ)に「本と、珈琲と、ときどきバイク。」を開業。また、戸田書店の元同僚だった太田原由明さんはJR静岡駅近くで「ひばりブックス」を始めました。
いずれも話題になっている独立書店ですね。他に知る人ぞ知るようなお店はありますか?
静岡市葵区人宿町の路地を入ったところにある「ヒガクレ荘」は、棚貸し、新刊、古書、雑貨を扱う店で、流れている空気が違う印象があります。店主は小島有加さんという女性でうちに相談にこられたことがあります。
最後に掛川のお薦めスポットを教えてください。
ステンドグラス美術館、大日本報徳社、掛川城を巡った後、当店に寄っていただけるとありがたいです。お店ではカフェの「ファニーファーム」、カレー店の「JAN」がお薦めです。
取材・文/桜井保幸 写真/廣瀬貴礼
参考サイト 高久書店【フォトギャラリー】




















