京都市上京区の河原町丸太町交差点近くにある書店「誠光社」は、左京区の恵文社一乗寺店の店長だった堀部篤史さんが、2015年11月に始めた店。大手取次を経由せず、できる限り出版社との直接取引によって本を仕入れ、独自に編集した書棚を提案する。今、全国で開業が相次いでいる独立書店が、お手本としてきた書店である。開業に至った経緯と、これまでの10年、これからの挑戦を堀部さんに聞いた。
実験の10年
誠光社は2025年11月で開業10年となりました。ここに至るまでの手応えや感想はありますか?
堀部篤史さん(以下、堀部) そんなに感慨はないんですけれども、実験を続けてきた感じです。この10年を語るには、その前の恵文社一乗寺店時代を振り返る必要があります。僕はアルバイトで入って店長になるまで、計20年働いていました。
インターネットが登場する以前で、学生街の外れにミュージシャンやデザイナーなどが集う、アナーキーな店でした。経営方針がとくにあるわけでもなく、スタッフが無手勝流に発信する、混沌とした商品構成が面白かった。
ところが、フロアを増床し、店の規模を拡大するにつれ、その敷居が少しずつ下がって、本よりもお土産を求められるような観光地的な店になりつつありました。本は単価が低い上に利幅は小さい。例えば1000円の本を10冊販売する利益と、5000円のTシャツ1枚の利益が同じぐらいです。だから、利益を上げるには本以外を売ったほうが手っ取り早い。
雇われ店長としては当然利益を求められます。当時は1日に3人のアルバイトを雇っていて、家賃も上昇傾向にあった中で、本だけではなかなかその経費を補えないので、本に関連する雑貨を販売したり、イベントを開催したりして工夫しましたが、その結果、お客さんの層も広がっていくし、自分が働き始めた頃にやっていたこととズレが出てきて、ストレスを感じるようになりました。
以前から独立の計画を立てていたわけではなかったのですが、勤めていた店を辞めて、自分で店を作るとなった段階で、なるべく一人で、職住一体型の小さな店にして経費を下げ、大手取次経由の委託配本ではなく、出版社との直接取引を中心にして、買い取りを前提にしたうえで、本の利幅を平均20%から30%に保つことで、書籍を中心とした店でも維持できるかなと考えました。
独立してからの10年は、分母を小さくすれば本をメインに商売が維持できるのかという、ある種の「生活の実験」でした。結果的には、給料をもらっていた頃よりも余裕をもって楽しく暮らせるようになりました。これからの10年は、自分の店以外のことにも目を向けていきたい。うちのような店が他にできても、無理なく経営できなければ意味がありません。そのためには、書店の利益構造を変えていかなくてはなりません。
どうしてこの場所でお店を始めようと思ったのですか?
堀部 規模においても品ぞろえにおいても、恵文社一乗寺店よりもう少しコアな店になるだろうというイメージがありました。アクセスは良いけれど、ふらっと不特定多数の人が入ってこない路地裏がいい。長い間左京区近辺で暮らしてきた土地勘もあるし、知り合いの店も多かったこのエリアに候補は自然と絞られてきました。
隣にカフェの「アイタルガボン」があったことも、ここに決めた理由の1つです。この店も職住一体型で、夫婦がやっている個人店です。
昨今この辺りの地価はどんどん上がっていて、個人経営の店がますますやりにくくなってきています。うちは賃貸なのですが、幸い大家さんの理解があって助かっています。
店名の由来を教えてください。
堀部 戦前、近くに「西川誠光堂」という書店があり、その名前を譲り受けるつもりでつけました。同店は熊野神社の前にあり、三高(旧制第三高等学校)の学生がよく通っていたそうです。僕はたまたま『本屋一代記 京都西川誠光堂』(松木貞夫著/筑摩書房)という本でこのことを知りました。
嗜好性の強い本を提案
お店のコンセプトは何ですか?
堀部 店づくりのコンセプトと、経営面のコンセプトがあります。店づくりの面では、前の店からやってきたことなのですが、あいうえお順や図書館のようなインデックスに基づいた分類ではなく、テーマを横断する、いわゆる編集型の品ぞろえをすること。そして、実用書ではなく嗜好性の強い本を置くことです。
嗜好性とは、例えばワインには1万円以上の高級ワインから、500円のコンビニワインまで、同じ商品であっても、知識や経験によってまったく違う価格帯のものも、飲み手の主体で価値を決めることができる。栄養価もそれほどないし、空腹を満たすわけでもないお酒やコーヒーは、その象徴的な存在だと思います。当店では同じく、実用性のみの印刷された情報ではなく、プロダクトとしての造本、内容の文学性や美的感覚など、数値化できないものを重視し、提案しています。
嗜好性が強い本といっても、僕の趣味や主張を発信したいわけではありません。基本的にはリベラルな価値観が根底にありますが、誠光社という「人格」と、お客さんが求めているものの中間ぐらいを意識して品ぞろえをしている感じです。
時々「この本はありますか?」とスマホ画面をかざして聞いてくるお客さんもいます。でも、世に数多とある本の中で偶然探しているものが、この20坪弱の本屋にあるほうが珍しい。お客さんが店に何を求めるかは自由なのですが、できれば手ぶらでやってきて、棚の並びを見て、ある部分受動的に本を選んでみてほしい。「積ん読」のままでもいいので、いつか読んでもらえたらいいかなと思っています。
経営面のコンセプトで意識しているのは、「カウンターカルチャー」や「コミュニティ」という概念です。大手取次に頼らず、直接取引を中心に小さな経済圏を作る。また本を出版するにしても、有名な筆者に依頼するのではなく、無名でも関係性のある中で、面白いものの見方やアイデアを持つ人と一緒に仕事をしていきたいと思っています。
電子決済やオンラインショップが象徴するように、今は何をやるにしても「中間搾取」がつきまといます。これが税金であれば喜んで払いますが、地域や出版業界とも関係のない、日本に納税しているかすらよくわからないところに中抜きされるのは、金額や割合の多寡を問わずおかしい。こうした構造は、先に述べたような、隣人と仕事をして小さな経済圏を作るという考え方に矛盾するありようだと思います。
こちらは誠光社のレーベルの本ですね。これまでに何冊ぐらい刊行しましたか。
堀部 約20冊を出しました。品切れも多くなっていますが。
『和田夏十の言葉』(梶谷いこ著)は、映画監督・市川崑の妻で、脚本家の和田夏十(なっと)の言葉に触発されて書かれたエッセーです。和田夏十はフェミニストという言葉が昨今のように認知されていなかった当時としては先進的な考え方を持つ女性でした。詩人の谷川俊太郎も彼女を尊敬していて、『和田夏十の本』(晶文社)の編集をしています。
著者の梶谷いこさんは、もともとうちのお客さんで、自作のZINEをプレゼンしに店へやって来ました。『恥ずかしい料理』(梶谷いこ著/平野愛 写真)という本を当店から刊行し、その後、文芸誌などからも声がかかるようになりました。
『珈琲の建設 新装版』(オオヤミノル著)は京都出身のコーヒー焙煎(ばいせん)家であるオオヤミノルさんによる喫茶店・コーヒー文化論の新装版です。その前に『喫茶店のディスクール』という本も出しました。
『アウト・オブ・民藝』(軸原ヨウスケと中村裕太著)は、2019年初版の本で、第七版が出たところです。民藝運動の中心にいた柳宗悦による原理主義的な「民藝」以外に、こけしや郷土玩具などがなぜ「民藝」ではないのかという疑問から出発し、民藝運動の「周縁」に焦点を当てています。
『オルタナティブ民俗学』(島村恭則+畑中章宏著)は、昨年12月に刊行した本で、もともとアカデミアではなく在野のネットワークから生まれた民俗学の系譜をたどるとともに、現代を読み解くうえでの民俗学のオルタナティブ性を論じています。この2冊はシリーズではないのですが、同じ装丁家にデザインを依頼、幅広帯の裏には民藝運動と民俗学それぞれの人物相関図を掲載しています。
このように、誠光社が編集する本は、僕の知り合いや店を通じて親しくなった人が著者になることが多くなっています。
独立書店ネットワークの狙い
昨年、堀部さんが発起人となり、独立書店ネットワークが立ち上がりました。狙いを教えてください。
堀部 この10年、出版社に働きかけて、本の利幅を引き上げる交渉をしてきました。でもまだまだ不十分だし、書店が個別に出版社へ働きかけてもらちが明かない。そこで「独立書店の組合」のようなネットワークを作ることで、交渉力を高めようと思いました。数が集まることで出版社にリクエスト復刊をしてもらったり、ネットワーク内だけで流通させる書籍を制作したりするなど、いろんなアイデアが出ています。
昨年は共同企画として「みすず書房フェア」を行い、みすず書房の本をネットワークのお店で展開するとともに、掛け率を下げてもらい、粗利益率を引き上げました。今年4月からは第2弾企画として「白水社フェア」を始めました。
ロングセラーや売れ筋はありますか?
うちは新刊書店なので、商品は始終入れ替わります。売れ筋を伝えるのは難しいのですが、最近復刊された『語るに足るささやかな人生』(駒沢敏器著/風鯨社)はよく売れています。小さな書店で見かけることが多いかもしれません。
誠光社のようなお店をやってみたいと、相談を持ちかけられることも多いのではないですか? どのようにアドバイスをしているのですか?
堀部 一時期はずいぶんありました。アドバイスの内容は相手によって変えています。書店での勤務経験や積み重ねた読書体験があるわけではなく、結果としてメディアで取り沙汰されるような「独立書店」をやってみたい、といったニュアンスで相談に来る若い人には、「まずはどこかで仕事をしてみて、経験を積んではどうですか」と言っています。逆に、「長らく書店員をしていて独立を考えている」というような人には、具体的なアドバイスをします。
誠光社のホームページには周辺のお店情報が載っています。とくにお薦めはありますか?
堀部 やっぱりお隣の「アイタルガボン」。カジュアルだけど質の高いものを出しています。本格的なエスプレッソコーヒーとパスタがお薦めです。
取材・文/桜井保幸 写真/山本尚侍
参考サイト 誠光社【フォトギャラリー】




















