東京・小石川の閑静な住宅街にある Pebbles Books は、製本会社の休憩所だった二階屋を改装して2018年に開業した小さな書店。幅広いジャンルとテーマを扱い、話題の新刊やロングセラー、希少本、難解な本と気軽に読めそうな本が、絶妙なバランスで並ぶ、本好きにはたまらない店だ。同店の渡辺秀行店長にお話を伺った。

製本会社の休憩所を改装

Pebbles Booksの開業は2018年9月。渡辺さんは17年に閉店した「あゆみブックス小石川店」でアルバイトをされていたそうですね。

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「はい。私は大学進学で上京して以来、ここ小石川に住んでいます。卒業後は就職せず、フリーターをしていました。客として通っていたあゆみブックス小石川店でアルバイトをするようになり、あおい書店でもアルバイトをしていました。

 その後、あおい書店に就職したのですが、あゆみブックス小石川店の店長だった久禮(くれ)亮太さん(現在は『フリーランス書店員』の肩書で活動)に誘われ、Pebbles Booksに参画することになりました」

Pebbles BooksのPebblesとは「小石」のこと。地下鉄の春日駅や後楽園駅からそれぞれ徒歩10分ほどの住宅街にある
Pebbles BooksのPebblesとは「小石」のこと。地下鉄の春日駅や後楽園駅からそれぞれ徒歩10分ほどの住宅街にある

「ここはもともと、製本会社(フォーネット社)の休憩所や倉庫として使われていた建物です。向かいのイタリアンレストラン『青いナポリ』がある建物も、元製本工場でした。フォーネット社は講談社のコミックスやハヤカワ文庫なども手掛ける老舗の製本会社。埼玉に工場を移転したのですが、小石川に本の文化を残そうと、久禮さんに声がかかり、ここでお店を始めることになりました」

東京・水道橋で行われた「書店大商談会」の帰り、あゆみブックス小石川店に立ち寄ったら、私が編集を担当した『30の発明からよむ世界史』(日経ビジネス人文庫)がオリジナルPOPとともに、大きく展開されていて、うれしかったのを覚えています。文庫の売り上げベスト10にも入っていました。

「はい。あゆみブックスはチェーン店ながら、店長や各担当者に裁量が与えられていたため、店舗ごとに特徴がありました。小石川店も独特の雰囲気を持っていたと思います。私はアルバイトだったのでレジ回りの業務をするだけでしたが、楽しそうに棚作りをする久禮店長や文庫担当だった有地和毅さん(現・日本出版販売営業本部ブックディレクター)の背中を見て、書店員になろうと決めました」

オールジャンルの本を置く

開業にあたってのコンセプトは何でしょうか。

「久禮さんが大きなイメージを描いて、私も個別のこだわりを補足しながら具体化していきました。まずは『街の書店』にしよう、オールジャンルの本を置こうということです。取り扱うテーマの幅はなるべく広く、難しい本と軟らかい本をバランスよくそろえることを意識しました。

 当初は久禮店長と2人でやっていましたが、途中からはアルバイトスタッフが加わり、3人になりました。その後、久禮さんが独立することになり、昨年6月に私が店長になりました」

「街の書店」を掲げている書店は多数ありますが、売り上げを確保しようとすると、どうしてもコミックや雑誌、ベストセラーの新刊中心になりがちです。でも、この店はまったく違いますね。

「そこはオーナーが支えてくれている良さです。売り上げ第一ではないので、お客さまに本当に読んでもらいたい本、売っていきたい本だけを扱うことができます。もちろん、それは黒字にならなくて構わないということではありません。オーナーとは常に、どうすれば収支をプラスにもっていけるか相談しています。フォーネット社内にはさまざまな意見があるようですが、製本業には『黒子の美学』というものがあり、自由にやらせてもらっています」

それでは、書棚を案内していただけますか。

「こちらは新刊・話題書コーナーです。あゆみブックス小石川店で使っていたレジ前の書棚をそのまま使っています。上段に自然科学、その下に思想、哲学、歴史の本を並べる流れもおおむね踏襲しています」

入り口正面にある新刊・話題書コーナー
入り口正面にある新刊・話題書コーナー
新刊・話題書コーナーの裏側の棚には、アートやジェンダー関連など、エッジの効いた本が並ぶ
新刊・話題書コーナーの裏側の棚には、アートやジェンダー関連など、エッジの効いた本が並ぶ

「コミックは『AKIRA』『ドラえもん』『風の谷のナウシカ』などロングセラーが中心ですが、近所にバレエダンサーの熊川哲也さんのバレエスクールのスタジオがあるので、バレエ漫画の『絢爛(けんらん)たるグランドセーヌ』(Cuvie著/秋田書店)を置いています。時折レッスン生らしきお客さまが買っていかれます」

それほど広くないコミック棚はロングセラーが中心
それほど広くないコミック棚はロングセラーが中心

文庫棚はテーマ別に陳列

「一般の文庫棚は3列しかないこともあり、出版社別ではなく、テーマ別で並べています。あおい書店中野店(当時)に正社員として入社後は文庫を担当していたので、どんな本があるのかはおよそ知っていましたので」

ロールモデルや夫婦、ねこなど独自のテーマ分類が楽しい
ロールモデルや夫婦、ねこなど独自のテーマ分類が楽しい

渡辺さんのお薦め本を教えてください。

「『文盲 アゴタ・クリストフ自伝』(アゴタ・クリストフ著/堀茂樹訳/白水Uブックス)です。世界的ベストセラー『悪童日記』の著者による自伝エッセーです。クリストフは1956年のハンガリー動乱で西側に亡命しました。本書は著者の母国語ではなくフランス語で書かれているので、その日本語訳はかえって簡潔で読みやすくなっています」

表現が簡潔だからこそ心に響く『文盲 アゴタ・クリストフ自伝』
表現が簡潔だからこそ心に響く『文盲 アゴタ・クリストフ自伝』

お客さまについてのエピソードはありますか?

「ある日、若い男性のお客さまから、『これまで本屋さんでピンとくるような本に出合うことがなかった。でも、この店で初めて僕の興味に合う本が見つかった』と言われました。そして購入されたのが『ドムドムの逆襲』(藤﨑忍著/ダイヤモンド社)という本です。当時は1階の新刊棚に置いていましたが、現在は2階のビジネス書棚に置いています」

絶滅寸前だったハンバーガーチェーン復活の秘密を書いた『ドムドムの逆襲』
絶滅寸前だったハンバーガーチェーン復活の秘密を書いた『ドムドムの逆襲』

雑誌『BRUTUS』を柱に

セレクトショップ型の書店、とりわけカフェやギャラリーを併設している書店は、女性客を意識しているのか、文芸や人文系の本を多く置くところが多いように思うのですが、この店は違います。なんだか「男の子っぽい感じ」がします。

「東京・荻窪の書店『Title』の辻山良雄さんは、独立書店はフェミニンな雰囲気の店が多いとおっしゃっていました。この店がそうなっていないのは、始めた2人が40代と30代の男性だったからかなと思います(笑)。

 それと雑誌『BRUTUS』のバックナンバーをいろんな場所に置いていることも、そう感じる要因かもしれません。開業時に何か品ぞろえの柱となるものをつくろうと思い、同誌のバックナンバーを置くことにしました。もっとも、お客さまの男女比は半々なので、特に男性のお客さまを意識しているわけではありません」

「アルバイトを募集すると、応募者の大半が女性です」と話す渡辺秀行さん
「アルバイトを募集すると、応募者の大半が女性です」と話す渡辺秀行さん

渡辺さんが気になっている書店はありますか。

 「東京・青山の『ブッククラブ回』です。スピリチュアルやサイエンス関係の本がそろっていて、“コンセプチュアル・ショップ”として完成されていると思います。また一度行ってみたいのは、福岡市の独立書店『BOOKS KUBRIC』です」

 Pebbles Booksは散歩の途中に立ち寄るのも楽しい。「きれいに丸みをおびた小石のような、いい本」(同店ホームページより)探しのあとは、向かいのレストラン「青いナポリ」で休憩。少し歩いて小石川植物園を散策したり、播磨(はりま)坂や湯立(ゆたて)坂などの名坂巡りをするのもお勧めだ。

取材・文 桜井保幸/写真 小野さやか

■追記
Pebbles Booksは2022年7月15日に無期限の休業に入ります [2022/6/23 14:00]

【フォトギャラリー】

1階の全景。奥の雑誌コーナーには最新号とバックナンバーが並ぶ
1階の全景。奥の雑誌コーナーには最新号とバックナンバーが並ぶ
2階の全景。右奥には岩波文庫、講談社学術文庫などの教養系文庫がそろう
2階の全景。右奥には岩波文庫、講談社学術文庫などの教養系文庫がそろう
アウトローっぽい著者やテーマ、格闘技関連本を集めた棚。このコーナーが好きというお客さまも多いそうだ(写真=渡辺さん提供)
アウトローっぽい著者やテーマ、格闘技関連本を集めた棚。このコーナーが好きというお客さまも多いそうだ(写真=渡辺さん提供)
渡辺店長お薦めの本 オムニバスエッセー集『愛のうらおもて 中学生までに読んでおきたい哲学①』(松田哲夫編/あすなろ書房)
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渡辺店長お薦めの本 やくざ風物語と美術鑑賞で旧約聖書を描く『仁義なき聖書美術 旧約篇』(架神恭介・池上英洋著/筑摩書房)
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近くの宮田印刷に依頼し、活版印刷で作ったしおり
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冒険心をくすぐるアウトドアや自然関連の本。下段の写真集は『大蛇全書』(グラフィック社)(写真=渡辺さん提供)
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変型サイズの本のコーナー
変型サイズの本のコーナー
インドの出版社「Tara Books(タラブックス)」による蛇腹式絵本『TSUNAMI』の日本語版『つなみ』(三輪舎)
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映画『エイリアン』に登場する宇宙船の図面集『超詳細 メカ図面集 エイリアン・ブループリント』(グラフィック社)
映画『エイリアン』に登場する宇宙船の図面集『超詳細 メカ図面集 エイリアン・ブループリント』(グラフィック社)
ロングセラーが並ぶビジネス書棚(写真=渡辺さん提供)
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独特の選書センスが光るビジネス書の平台
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