2021年1月開業の「TOUTEN BOOKSTORE」 NEWS - TOUTEN BOOKSTORE(touten-bookstore.net) は、愛知県で3番目に乗降客数の多い金山総合駅(JR・名鉄・地下鉄)から徒歩7分、大津通りを少し進んだ先の沢上(さわかみ)商店街の中にある。築50年超の元時計店をリフォームした建物のガラス戸を開けると、カウンターの向こうでオーナーの古賀詩穂子さんが迎えてくれた。古賀店長にお店を始めた狙いなどを伺った。
どうすれば書店は成り立つのか
古賀さんは大学卒業後、取次の日販に就職されたんですね。
「はい。もともと本にまつわる仕事をしたかったので、出版社と書店をつなぐ取次会社に就職しました。名古屋支店に配属となり、主に地場のチェーン書店や個人書店を担当、書店運営をサポートする仕事をしました。
全国の書店数はここ20年間で半減しました。経営効率がますます求められるようになり、人件費は減らされ、ベストセラーランキングなど、「売れる本」ばかりそろえなければならなくなります。バイヤーは本部に集約、現場の書店員の権限が減らされていくお店もあると聞きます。
私は、書店の面白さは属人性にあると思っています。経営効率のみを考え、マスに売れる本ばかりそろえることだけが重視されるのなら、圧倒的な在庫量のあるネット書店にはかなわない。全体最適を考える出版取次で働き出して2年目から、どういう形であれば、書店は成り立つんだろう、自分でやってみたいと思うようになりました」
その後、日販を退職し、新しいタイプの書店をつくる仕事に携わったとのことですが。
「東京・池袋にあるブックカフェ・梟書茶房(ふくろうしょさぼう) 本と珈琲 梟書茶房[FUKUROSHOSABO](doutor.co.jp) の立ち上げに関わりました。本を袋詰めにして隠し、おすすめ文をつけて販売するスタイルの店です。プロジェクトには多士済々の人たちが集まり、面白い経験をしました。もともと地元の愛知県で本屋を開きたいという気持ちがあったので、2020年に名古屋に戻ったのを契機に、具体化へ向けて動き始めました」
この場所で書店を始めようと思ったのはなぜですか?
「私が生まれ育ったのは名古屋市の隣の愛知県大府(おおぶ)市で、金山駅をよく利用していました。金山は通勤、通学客が行き交う雑多な街で、“こういう色”というイメージがありませんでした。それが書店をやるにはかえっていいかなと思いました。たまたま不動産サイトを見ていて、この空物件を知っていました。昔の沢上エリアには銭湯や映画館もあって、“爪先から頭まで何でもそろう”にぎやかな商店街だったそうです。しかし、都市計画から外され、金山駅が総合駅となり、駅近くに大規模商業施設ができるなど、街の変化とともに寂れていって今に至ります。
金山周辺で物件情報を見ていたとき、私が作っていたフリーペーパー『読点magazine、』を取材にこられた記者の方に、さかさま不動産 さかさま不動産 | 借りたいヒトのやりたい想いと貸したいヒトの想いをつなぐ不動産WEBサービス(sakasama-fudosan.com) の存在を教えてもらいました。さかさま不動産というのは、物件を借りたい側がどのように利用したいのかという「思い」をサイトに掲載、興味を持った大家さんのほうから連絡をもらい、契約を進めるという新しいマッチングサービスです。

「大家さんと直接つながり、思いを共有することができたので、私はこのサービスの第一号として賃貸契約しました。
お店のリノベーションと在庫仕入れなど、開業するにあたって約1200万円をかけ、うち400万円はクラウドファンディング、残りは自己資金と金融公庫の融資、名古屋市の補助金で賄いました。借金返済と家賃だけで月約20万円の固定費がかかります。現在は月に150万円の売り上げを目標に、なんとか収支を合わせています。一人でやっていますので、何かあったらどうしようと思うこともあります」
さまざまな人が交流できる場に
クラウドファンディングの趣意書 TOUTEN BOOKSTORE開店のご報告 【名古屋/金山】持続可能な、まちの本屋を開業したい。(古賀 詩穂子 2021/01/31 投稿)-クラウドファンディング READYFOR を見ると、古賀さんの開業に向けた熱い思いが伝わってきます。
「この店はなるべくさまざまなタイプの人、あらゆる世代が交流できる場にしたい。品ぞろえも子どもからお年寄りまで、なるべく偏らないように、幼年誌から、最近はパズル誌まで置いています。一見バラバラに見えるかもしれませんが、緩やかにつながっています」
店内を案内していただけますか。
「入って右の壁には、お客様が入りやすいように、雑誌や文庫の新刊を並べています。旅行、料理、生活と大まかにテーマを設定し、雑誌があったほうがいいジャンルには、下段に雑誌、上段に書籍を置いています」

ZINE(個人出版の冊子)がたくさんありますね。
「そうですね。ここはイベントに合わせて編集しています。現在は米ニューヨーク在住の文筆家、佐久間裕美子さんの特集です。佐久間さんは『Weの市民革命』『ヒップな生活革命』(ともに朝日出版社)などの著書があり、米国の政治やカルチャーをずっと見てきた方です。『We Act!』は『Weの市民革命』を出版したことをきっかけに読者とのおはなし会から生まれたコレクティブ・Sakumagのメンバーが、これまで行ったアクション(社会行動)を紹介したZINEです。先月は帰国中だった佐久間さんとおはなし会を行いました」


3.5%が変われば社会は変わる
社会的なテーマの本がたくさん並んでいますが、何か社会活動をされていたのですか。
「学生時代、特に社会的な活動をしていたわけではありませんでしたが、ずっと興味はありました。スペインに短期留学したことがあって、そこで出会った留学生たちから、多様な生き方を知ることができたのは大きかったです。選挙の時には政治を知るためのブックフェアやイベントを行い、どうすれば投票率が上がるかを話し合っています。昨年の衆院選では『投票割』としてドリンクを割り引いたり、今年の参院選では『VOTE』ステッカーを配布したりしました。
『スウェーデンの小学校社会科教科書を読む』(新評論)という本によると、『自国の政治への関心度』は、スウェーデンの若者よりも日本の若者のほうが高く、異なるのは『自分の行動が政府の決定に影響を与えることができるという可能性に対する期待感』だそうです。斎藤幸平さんの著書『人新世の資本論』(集英社新書)の中で言及されていた、『3.5%の人々が非暴力的な方法で、本気で立ち上がると、社会は大きく変わる』という言葉を胸に、できるところから地道にやっていこうと思っています」
初めて訪問したとき、この歴史本のコーナーに目が留まりました。坂本龍馬、土方歳三、斎藤一、渋沢栄一などの人物別に小説や漫画、解説書が並んでいて、これは歴史好きの人を意識しているのかなと思いました。
「実は違うんです。最初は、商店街の中のお店なので、年配のお客様向けに時代小説の棚を作りたかったんです。そこでこのコーナーだけは、歴史好きの私の夫に構成してもらったのですが、幕末好みの部分が強く反映された売り場になりました(笑)。この棚のファンのお客様もいるので、そのままお願いしています。夫はヴィレッジヴァンガードに勤めていたことがあったので、什器(じゅうき)作りが得意で、店内のラックなど開業後に必要になった什器を作ってもらっています」


海外コミックも数多く
漫画の品ぞろえも独特ですね。
「個人的に漫画が大好きということもあり、特にこだわりが出ているかもしれません。売り場の雰囲気は隠れ場所っぽい感じにしたいと思いました。新刊や映像化された話題作も並べるようにしていますが、他店ではあまり置いていないバンド・デシネ(フランスやベルギーなどフランス語圏の翻訳コミック)や海外コミックなど翻訳本を数多くそろえています」


こちらはどういうコーナーですか。
「京都在住の画家・装丁家である矢萩多聞さんの著書やデザインをした本をそろえました。矢萩さんは中学1年生の時に学校に行くのをやめ、インドと日本を往復する生活を始め、今に至ります。先日朗読会を行いましたが、ピュアな視点を持ちながら面白いことをし続ける人だと思いました。また、『美しいってなんだろう』(矢萩多聞、つた著/世界思想社)の刊行を記念した作品展も行いました」

こちらは絵本のコーナーですね。
「はい。子どもたちが動きやすいように広いスペースをとって、親御さんが座れるようにベンチもあります。絵本と一緒にプレゼントとして買ってもらえたらいいなと思い、子ども用の靴下も置いています」


皆さんに伺っているのですが、好きな本屋さん、行ってみたい本屋さんはどこですか。
「好きな本屋さんは東京・神楽坂のかもめブックス。本屋について考える際にも大変お世話になりました。定期的に行きたくなるのは京都の恵文社一乗寺店、名古屋のちくさ正文館書店です。行ってみたいのは鳥取の汽水空港。TOUTEN BOOKSTOREはお金をかけてリノベーションしましたが、汽水空港は廃屋から自力で作り上げたとのことなので、現地に見に行き、お話を聞いてみたいです」
今後やってみたいことはありますか?
「まずはお店をずっと続けていきたいというのが一番です。そのうえで、お客さん主体の読書会などもやっていきたい。一人でやっていますので、いろんな人と関わることで棚づくりに広がりが出ると思いますし、もう少し、地域の共有財産、共有地としてこの店を使ってもらえたらいいなと思います」
取材していて強く印象に残ったのは、「書店の面白さは属人性にある」という古賀さんの言葉。TOUTEN BOOKSTOREはまさに古賀さんでなければ、こうはならないだろうという独特の雰囲気がある。同店を訪れたついでに、古賀さんおすすめの金山駅北口にある老舗店、ブラジルコーヒー 金山ブラジルコーヒー - 名古屋市中区 喫茶とコーヒー豆販売(kanayamabrazil.net) にも寄ってほしい。名古屋の喫茶店カルチャーを堪能できる。あるいは、大津通りを南下して熱田神宮まで歩いてみるのもいいだろう。
取材・文/桜井保幸 写真/上野英和
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