「いい品ぞろえをして、魅力的な店にしていくだけでは限界があります。読書会や朝会などのイベントは、お客様に本を購入していただくきっかけにもなっています」。創業100年超の老舗である甲府・春光堂書店は、地域に開かれた知の交差点であり、「まちの大学」のごとき本屋さんだ。

 1918年(大正7年)創業の老舗、 春光堂書店 は、JR甲府駅南口から徒歩約10分、アーケード商店街の中にある。外観はごく普通の書店だが、店をのぞくと、独特の棚作りが際立つ。甲府ならではのセレクト書店の趣だ。春光堂の強みは、長年にわたって築き上げてきた地域ネットワークにある。同店4代目店長の宮川大輔さんにお話を伺った。

アーケード商店街の甲府銀座通り沿いにある春光堂書店
アーケード商店街の甲府銀座通り沿いにある春光堂書店
4代目店長の宮川大輔さん
4代目店長の宮川大輔さん

いつの時代も経営には苦労

春光堂書店は創業100年を超える老舗とのことですが。

「はい。1918年(大正7年)に曽祖父が韮崎から甲府にやって来て、書店を始めました。各世代とも書店の経営は大変だったと聞きます。初代は、甲府に3軒の既存書店があるなかで創業したので、相当苦労しました。祖父の時代は、1945年7月の七夕空襲で甲府の街は焼け野原となり、バラック同然から再建しました。

 3代目の父の時代は、バブル期の拡張があだとなり、長きにわたって苦しみました。私が小学生の頃には甲府駅からここまでの間に10軒ほどの書店があったと思いますが、その多くは郊外へ移転するか、廃業しました。

 私は静岡で8年間会社員をやっていましたが、2005年に甲府に戻ってきました。1年ほど考えた結果、甲府の中心街は寂れてきてはいるけれど、まだ工夫の余地はあるはず、自分の力でやってみようと、店を引き継ぐことを決めました」

「近所には飲食店が多いので、飲食店が閉まれば、書店も大きな影響を受けます。コロナ禍によって、春光堂が地域に根差す本屋であることに、あらためて気づかされました」と話す宮川さん
「近所には飲食店が多いので、飲食店が閉まれば、書店も大きな影響を受けます。コロナ禍によって、春光堂が地域に根差す本屋であることに、あらためて気づかされました」と話す宮川さん

さまざまな人が集う読書会と朝会

「しかし、年々街を訪れる人の数が減るなかでは、いい品ぞろえをして、お客様に薦めていくだけでは、限界があります。読書会や朝会などのイベントは、お客様に本を購入していただくきっかけにもなっています。

 読書会は約10年前に始まり、毎月・第1金曜日に開催されています。参加者は10代から60代までと幅広いです。持ち回りの幹事役が課題図書を決め、参加者は事前に本を読んできて、意見を交わします」

2022年10月7日に行われた読書会の様子(写真は桜井)
2022年10月7日に行われた読書会の様子(写真は桜井)

「参考までに、今年1~9月の課題図書は以下の通りです。1月『中島敦(ちくま日本文学012)』(中島敦著、ちくま文庫)、2月 『MORE from LESS』 (アンドリュー・マカフィー著、小川敏子訳、日本経済新聞出版)、3月『肉食の思想』(鯖田豊之著、中公新書)、4月『持続可能な魂の利用』(松田青子著、中央公論新社)、5月『人間の建設』(小林秀雄・岡潔著、新潮文庫)、6月『不要不急』(横田南嶺他著、新潮新書)、7月『田舎暮らし毒本』(樋口明雄著、光文社新書)、8月『幸せな劣等感』(向後千秋著、小学館新書)、9月『「役に立たない」研究の未来』(初田哲男他著、柏書房)。

 朝会(得々三文会)は、もともとは地域のコミュニティーづくりのために、友人5、6人で近所のカフェなどを会場にして始めたものです。『視野と繫がりを少し広げてから職場に行こう!!』がコンセプトで、コロナ禍以降は春光堂の中で行うことが増えてきました。

 今は毎週火曜日7時からお店でやっていますので、早起きが習慣となって必ず参加してくれる方もいます。参加費は500円。高校、大学生から高齢者まで集うコミュニティーはなかなかないでしょう。480回を超えました」

読書会や朝会は売り上げの増加につながっていますか。

「書店内でイベントを行うと、たまたま目についた本を手に取って購入いただけるようにもなりました。先週の朝会では、山梨県出身の絵本作家、おさだかずなさんに登壇していただいたのですが、仕入れたおさださんの本20冊は完売、さらに関連書が売れました。設営から片付けまでみんなで手伝ってもらえるし、会の様子はSNSで発信してもらえるので大変ありがたいです」

空き店舗をシェアスペースに

今年7月に隣の空き店舗を改装して、多目的スペースを開業されましたね。

「株式会社DEPOTと春光堂が共同出資・共同運営する形で始めました。施設名はTO-CHI(トーチ)といいます。これは、明かりを照らす“torch”、“土地”や“知”などが想起される名称です」

TO-CHIの開業にあたってはクラウドファンディングで寄付を募った
TO-CHIの開業にあたってはクラウドファンディングで寄付を募った

「読書ラウンジやテレワーク、ヨガのイベント用に貸したりする他、地元のパン屋さんのパンやDEPOTがセレクトした県産品ギフトの販売を行っています。入って右側の書棚には春光堂が選んだコミュニティー関連の本を置いています」

数年前、初めてお店に伺ったとき、地元で活躍している方々が本を推薦しているコーナーがあり、びっくりしました。こういう試みはあまり見たことがなかったもので。

「『やまなし知会(ちえ)の輪会』というネットワークで、山梨を代表する60人以上の人たちに本を紹介してもらっています。 伝統工芸士、デザイナー、農家、醸造家、起業家、大学教授、メディア、政治家、住職、ラッパーなど、幅広い職業の方にご協力いただいています。その頃は1カ所にコーナーをつくっていましたが、現在は店のあちこちに、推薦文と選者のプロフィルと共に並べています。

 例えば、近所に五味醤油という150年以上続く味噌屋さんがあります。この店の6代目である五味仁さんと五味洋子さんは『発酵兄妹』というユニットを組み、発酵食品の魅力について情報発信しています。このユニットと発酵デザイナーの小倉ヒラクさんは、『うたって おどって つくれる 絵本 てまえみそのうた』を刊行。こちらにはその絵本と共に、発酵兄妹が推薦した本も置いています」

『うたって おどって つくれる 絵本 てまえみそのうた』(小倉ヒラク&コージーズ、農文協)
『うたって おどって つくれる 絵本 てまえみそのうた』(小倉ヒラク&コージーズ、農文協)

店頭にあるのは話題書や新刊ですね。

「黒板の右にあるのが本日(10月7日)行われる読書会の課題図書『サンドタウン』(笹本貴之著、徹熊書房)です。著者の笹本さんは20代で米国の黒人コミュニティーを実地調査、帰国後はワインツーリズムやまなしの立ち上げに関わった方です。その右隣は、次回読書会の課題図書、『差別はたいてい悪意のない人がする』(キム・ジヘ著、尹怡景訳、大月書店)です」

店に入ってすぐの平台には、地元作家の作品や読書会の課題図書、話題書が並ぶ
店に入ってすぐの平台には、地元作家の作品や読書会の課題図書、話題書が並ぶ

「中央にあるのは、今年のビブリオバトル全国大会で優勝した山梨英和大学の渡邊幸香さんが紹介した、『選んだ孤独はよい孤独』(山内マリコ著、河出文庫)です。ビブリオバトルというのは、発表者が気に入った本を5分間でプレゼンする書評イベント。まったくの偶然なのですが、渡邊さんはうちでアルバイトをしたことがあるそうです。

 手前中央右は芥川賞候補作にもなった『あくてえ』(山下紘加著、河出書房新社)という小説で、90歳のおばあさんと作家志望の19歳の女の子が出てきます。『あくてえ』は甲州弁で『悪態』という意味です。県内の書店は今、どこも本書を大きく展開していますね。

 やはり、どこか地元に関わりがある本のほうが、興味を持ってもらいやすいみたいです。最近は客注(お客様からの取り寄せ注文)が増えていまして、客注情報を店の棚づくりに反映させています」

山梨ゆかりの著者の作品がズラリ

こちらには山梨ゆかりの著者の本がまとまって並んでいますね。

「山梨出身者の著作はテーマごとの棚にも置いていますが、ここは山梨ゆかりの著者の本を集めています」

山崎方代、武田百合子、林真理子、李良枝(イ・ヤンジ)、樋口明雄、深沢七郎、保坂和志、新田次郎などが並ぶ山梨ゆかりの作家コーナー
山崎方代、武田百合子、林真理子、李良枝(イ・ヤンジ)、樋口明雄、深沢七郎、保坂和志、新田次郎などが並ぶ山梨ゆかりの作家コーナー

「児童文学者の村岡花子も甲府出身。NHKの朝ドラ『花子とアン』では、花子さんは甲州弁をしゃべっていましたね。『花子とアン 村岡花子の甲府時代』(深沢美恵子編著、教文館)という本には、西田幾多郎夫人をはじめ、著名な方々が出てきて興味深いです」

宮川さんお薦めの本を教えてください。

「『金子文子 わたしはわたし自身を生きる』(鈴木裕子編、梨の木舎)です。両親が山梨市出身の、アナキスト金子文子の手記や和歌、年譜をまとめたもの。金子は1923年(大正12年)の関東大震災の直後に逮捕され、23歳で獄中死した人です。映画にもなり、作家のブレイディみかこさんは金子文子に大きな影響を受けたと書いています。本書収録の獄中手記『何が私をこうさせたか』からは、なんとも言えない熱さが伝わってきます」

『金子文子 わたしはわたし自身を生きる』(鈴木裕子編、梨の木舎)
『金子文子 わたしはわたし自身を生きる』(鈴木裕子編、梨の木舎)

「もう少し気軽に読める本としては、『風土』(和辻哲郎著、岩波文庫)をお薦めします。山梨の文化や山梨人の心象は、四方を山に囲まれ、寒暖差の激しい自然抜きに語ることはできません。山梨をより理解するために読んでいただければと思います」

『風土』(和辻哲郎著、岩波文庫)。山梨を知るには「風土」の理解が欠かせない
『風土』(和辻哲郎著、岩波文庫)。山梨を知るには「風土」の理解が欠かせない

「歴史本で少し変わったものとしては、『アウトロー 近世遊侠列伝』(高橋敏編、敬文舎)。江戸末期に活躍した博徒や侠客の歴史を掘り起こした本で、黒駒勝蔵をはじめ、甲州博徒たちの生きざまが紹介されています。学術的な本ですが、冒険小説さながらの物語として読むことが可能です」

新史料を基に遊侠たちの生涯を描く『アウトロー 近世遊侠列伝』(高橋敏編、敬文舎)
新史料を基に遊侠たちの生涯を描く『アウトロー 近世遊侠列伝』(高橋敏編、敬文舎)

気になる書店や行ってみたい書店はありますか?

「気になる書店は甲府駅北口の山梨大学の正門前にある『 星野書店 』です。いつも棚づくりを工夫している女性店長がいる本屋さんです。行ってみたい書店は東京・神保町のシェア型書店『 PASSAGE by ALL REVIEWS 』です」

これから、どんなことをしていきたいですか?

「このところ、読書会がスピンアウトして、小さな会が次々と立ち上がっています。易経についての勉強会やクローズドな読書会など、さまざまな形式の会が生まれています。こうした活動をもっと広げていきたいですね。目指す方向は、『本の知』と『そこに暮らしている人の知』が混ざり合う、動的な本屋さんでしょうか」


 今回、春光堂書店を取材するにあたり、筆者は4月と10月の読書会に参加してみた。普段は読まないような課題図書を読む新鮮さ、読書の感想を短い時間(2~3分)で伝える難しさと楽しさ。参加者のユニークな感想を聞き、意見交換する面白さ。1人の読書とはまったく違う体験であると実感した。甲府を訪れる機会のある方、また機会がない方でもオンライン参加が可能なので、ぜひチェックしてみて欲しい。

文/桜井保幸 写真/木村輝

【フォトギャラリー】

山梨県立美術館で開催中(2022年9月10日~11月6日)の「縄文―JOMON―展」に連動した縄文関連本コーナー
山梨県立美術館で開催中(2022年9月10日~11月6日)の「縄文―JOMON―展」に連動した縄文関連本コーナー
山梨県立文学館の企画展「樋口一葉 生誕150年 我が筆とるはまことなり―もっと知りたい樋口一葉」(2022年9月17日~11月23日)にちなんだ樋口一葉コーナー
山梨県立文学館の企画展「樋口一葉 生誕150年 我が筆とるはまことなり―もっと知りたい樋口一葉」(2022年9月17日~11月23日)にちなんだ樋口一葉コーナー
『アメトーーク! 本屋で読書芸人』にも出演した歌人、木下龍也さんによる短歌入門『天才による凡人のための短歌教室』(ナナロク社)
『アメトーーク! 本屋で読書芸人』にも出演した歌人、木下龍也さんによる短歌入門『天才による凡人のための短歌教室』(ナナロク社)
「街づくりや地域おこしの関連本がよく売れます」
「街づくりや地域おこしの関連本がよく売れます」
甲府の名産である印伝のブックカバー
甲府の名産である印伝のブックカバー
『山梨ワイン』(新田正明著、芸術新聞社)をはじめ、飲食関連書のコーナー
『山梨ワイン』(新田正明著、芸術新聞社)をはじめ、飲食関連書のコーナー
やまなし読書活動促進事業「やま読ラリー」のスタンプカードとしおり。3書店で500円(税込み)以上購入し、図書館を巡ってスタンプを集めると、甲州印伝のしおりがもらえる
やまなし読書活動促進事業「やま読ラリー」のスタンプカードとしおり。3書店で500円(税込み)以上購入し、図書館を巡ってスタンプを集めると、甲州印伝のしおりがもらえる
「やまなし知会の輪会」のメンバーである高村直喜さん推薦の『茶色の朝』(フランクパヴロフ物語、ヴィンセント ギャロ絵、藤本一勇訳、大月書店)と推薦文
「やまなし知会の輪会」のメンバーである高村直喜さん推薦の『茶色の朝』(フランクパヴロフ物語、ヴィンセント ギャロ絵、藤本一勇訳、大月書店)と推薦文
宮川店長による甲府のお薦めスポットは、文房具店の「甲府銀座ブラザー」。「どんな万年筆も修理してくれる」とのこと。近くには、スペシャルティーコーヒーの「寺崎COFFEE」、旧ガラス工場を改装したライブスペース「桜座」がある
宮川店長による甲府のお薦めスポットは、文房具店の「甲府銀座ブラザー」。「どんな万年筆も修理してくれる」とのこと。近くには、スペシャルティーコーヒーの「寺崎COFFEE」、旧ガラス工場を改装したライブスペース「桜座」がある