兵庫県神戸市垂水区、アーケード商店街の中にある「流泉書房」 流泉書房(stores.jp) は、一見するとどこにでもある街の書店だ。しかし、店の中をよく見ていくと、かなりユニークな店であることが分かる。店先の「今日は何の日」黒板、毎日更新される「おススメ本」、店オリジナル企画の「夏の流泉選書」。6年続いている「子どもが子どもに読み聞かせ」――。店長の大橋祟博(たかひろ)さんに、お店の経緯や取り組みなどについて伺った。
黒板に毎日、その日のことを書く
兵庫県神戸市垂水の流泉書房という書店の存在を知ったのは、『今日は何の日? 今日も本の日!』(逢坂肇と流泉書房の仲間たち著、苦楽堂)という書籍からである。本書は1年365日がどんな日なのかを記述するとともに、1冊ずつ本が紹介されており、ブックガイドとして読むことができる。
本にまつわる情報を毎日書いているのですね。
「ある時、『何か新しいことはできないか』と、書店業界の先輩に相談しました。すると『俺だったら毎日、その日がどんな日なのか書いてみるかな』とおっしゃるので、やってみることにしました。黒板を用意し、知り合いのチョークアーティストに飾りを描いてもらい、毎日毎日、その日に何があったのかという情報を書き込むようにしました。
基本ウィキペディアなどの情報をもとに、例えば今日7月14日は『オスカルが死んだ日』なので、『ベルサイユのばら』を紹介しています。黒板を撮影した画像はSNSで発信します」

売り上げの増加につながっていますか?
「そうですね。直接的な効果というよりは、お客様との会話のきっかけになることが大きいです。一度ネタバレ風の話題を書いたことがあって、お客様に叱られました。以後は気をつけています(笑)。
黒板書きを始めて6年目、神戸の苦楽堂という出版社が興味を持ってくれて、書籍化が決まりました。『今日は何の日』のネタ元はネット情報でしたので、裏取りは編集者に全部やっていただきました。学校の授業や図書館向けのまとめ買いもあって、そこそこ売れているそうです」
店舗面積は半分以下に
なぜ垂水でお店を始めたのですか?
「1953年、私の祖父が神戸市中央区の三宮センター街で流泉書房を開業、私も小さな頃から店の中で遊んで育ちました。95年の阪神・淡路大震災で店は倒壊。幸いにも須磨区の名谷(みょうだに)の商業施設にあった2号店が無事だったので、そこで38年間店を続けました。ところが2016年、同じ商業施設に200坪のチェーン書店が進出してきたことを契機に、売り上げが低迷、移転を考えるようになりました。
この垂水のテナントは元携帯電話ショップで、ランニングをしている時にたまたま見つけました。祖母の家にも近くて土地勘があり、名谷のお客様とのつながりも維持できるだろう。名谷の店は70坪、ここは25坪でしたから、半分以下になりましたが、我々夫婦と店員2人であれば、なんとかなるかなと。店員は、垂水駅西口にあった文進堂書店(17年閉店)の店長をしていた逢坂肇と、神戸元町の海文堂書店(13年閉店)でアルバイトをしていた黒木達也です」

どんなお客様が多いのですか。
「小学生とそのお母さん、さらに50代以上が中心です。中・高・大学生、20代がごっそり抜けています。相当偏っていますね。ですから、絵本や幼児教育の本は置くけれども、学習参考書はあまり置いていません。コミックも新刊しかありません。文庫、新書、単行本、子どもの本が多いです。外国文学、ミステリー、SFは逢坂が得意なこともあり、特に力を入れています。ハヤカワ文庫や創元推理文庫は定価が高めなので、客単価引き上げにもつながっています。
小・中・高の学校教科書も扱っています。黒木は前に働いていた店で教科書販売の経験があるので担当してもらっています」

「既存のフェアをぶっ飛ばせ」
この「夏の流泉選書2022」はとてもユニークですね。
「毎年夏になると大手出版社は文庫フェアを企画します。しかし、うちはスペースがないので、私と妻と逢坂と黒木の4人で、出版社を取り交ぜ独自に50冊を選んでフェアを行っています。題して『既存のフェアをぶっ飛ばせ』。購入いただいたお客様にはオリジナルのブックカバーとしおりを付けます」


「オススメ本」も毎日更新しているのですね。
「メンバーと『おすすめ本』企画をやりたいねと相談していまして、『月1回や週1回だと他の店でもやっていそうだから、どうせなら毎日がいいのでは』と、私が言ったのがきっかけで、『本日のオススメ本』が始まりました。
逢坂が店にある本のなかから1冊を選び、原則毎日レビューを書き、妻がSNSで発信しています。1日たったらその本を移動させ、1週間分のコーナーを作っています。『SNSで見たんだけど』という問い合わせがよく入るようになりました」


本と一緒に弁当類も配達
本の配達もされていますね。
「配達は妻の担当です。毎日、歯科医院、病院、飲食店、美容院などのべ約60カ所に届けています。コロナ禍となった20年以降は、何かできることはないかと、商店街で協力し、本と一緒にパン、弁当、菓子類を、外出がしにくくなったお年寄りや子どもたちのために配達しています。これは商売というより、やりたいからやっているという面が強いですね。
うちの店のモットーは『思いついたらとりあえずやってみる』です。とは言っても、大抵は私が思いついて他の人間がやることが多いのですが(笑)。
名谷時代から『子どもが子どもに読み聞かせ』というイベントを毎週行っています。家から持ってきた本でも店にある本でもいいので、子どもたちみんなが1冊ずつ本の読み聞かせをします」
毎週行う「子どもが子どもに読み聞かせ」
「名谷時代、店のパートさんに、『読み聞かせをやりたい』と提案したら、その息子さんが『おかあさんよりボクのほうが上手やから、ボクがやる』と言い出したので、子ども同士の会となりました。その子が友達を連れてきて、またそのお姉さんもやってくるようになりました。店の場所が変わっても継続し、気づけば今夜で164回目になりました」

「また、地元の絵本作家である山本孝さんと青山友美さんご夫妻の原画展や、垂水在住の自然写真家である大竹英洋さんの展覧会も行いました。
店内の地元作家コーナーでは大竹さんのサイン入りエッセーや写真集を大きく展開しています。大竹さんの本を購入された方には、購入者限定動画としてQRコード付きのしおりを配布する試みも行っています」

サイン本をネット販売
コロナ禍になってネット販売を始めたそうですね。
「はい。ネット販売はサイン本が中心ですが、なんといっても大きいのが筒井康隆先生です。筒井先生のご自宅は垂水と東京にあります。以前垂水にあった文進堂が筒井先生のサイン本を扱っていましたが、閉店してしまいました。それと新型コロナ以降、筒井先生は垂水にいらっしゃることが多かったので、ご自宅までサイン本を依頼しにいきました。サインは100冊ぐらいずつ、全部売れたらまたお願いしています。
筒井康隆先生のサイン本は400~500冊は売っています。『あるいは酒でいっぱいの海』(河出文庫)のサイン本を店のホームページにアップしたら、注文到着を知らせるスマホの着信音が一晩中鳴り続けました。某国民的人気作家のサイン本はメルカリでよく売られているのですが、筒井先生のサイン本が転売されることはほとんどありませんね」
行ってみたい書店、気になる書店、影響を受けた書店はありますか?
「福岡県八女市にある『うなぎBOOKS旧塚本邸』 【うなぎBOOKS】はじめました。 | おしらせ | 地域文化商社 うなぎの寝床(unagino-nedoko.net) に行ってみたいです。古民家を改装したお店で、地域文化商社の「うなぎの寝床」が運営しています。この店は垂水出身の小説家、三國青葉さんから教えてもらいました。
大阪市天王寺区にあるスタンダードブックストア STANDARDBOOKSTORE | ひとの居場所をつくる は、いつも面白いイベントをやっていて、すごいなあと思います。
また、本を売るということを教えてくれたのが、京都市上京区にある萬年堂書店の横谷さんです。横谷さんには『売れている本と売っている本の違い』など、書店商売の基本を教えていただきました。10坪ぐらいの書店ですが、外商中心で1万円や2万円台の高額本を扱っています」
垂水という街は、関西在住者以外にはなじみが薄いかもしれない。しかし神戸の中心部から電車で20分ほど、交通至便で海と山が近い。同じ垂水区には五色塚古墳、隣町には須磨離宮公園がある。いずれも明石海峡大橋や淡路島の眺めが抜群。また筒井康隆ファンには「ネットミュージアム兵庫文学館」 垂水・舞子海岸通り | 兵庫ゆかりの作品| ネットミュージアム兵庫文学館 : 兵庫県立美術館(pref.hyogo.jp) などを参考に、ゆかりの地巡りもいいだろう。
文 桜井保幸/写真 今紀之
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