神奈川県小田原市と湯河原町の間に位置する真鶴は、高齢化率43%超、人口6000人台の小さな町。相模湾に突き出す真鶴半島の奥には、江戸時代から続く魚つき保安林がある。過疎化が進む一方で豊かな自然に引かれ、若い世代の移住者が増えている。2022年6月にオープンした道草書店も、そうした移住者が始めた本屋さんだ。店主の中村竹夫さんと妻の中村道子さんにお話を伺った。
中村さんご夫妻は、まず真鶴へ移住をして、移住後に書店を始めようと決めたのですね?
はい。私たちは東京で子どもを授かりました。できれば自然の中で子育てをしたいと思って、長野県や群馬県などを探したのですが、どうもいいところが見つかりません。で、たまたま訪れた真鶴が気に入り、2021年に移住をしました。
最初ここでどんな仕事をして生活をするか、まったく決めていませんでした。何か夫婦二人でできることはないだろうか。でも地元には知り合いはおらず、つてもありません。そこでまず、地域の人が何を考えているのか、何を欲しがっているかを探ろうとしました。
どうやって地元の人の声を聞いていったのですか?
この町では子どもが少ないせいか、小さな娘と歩いているだけで、おじいちゃんやおばあちゃんによく話しかけられます。「かわいいね」「旅の人?」(筆者注:真鶴ではよそから来た人のことをそう呼ぶ)「ここは坂が多くて大変」などと世間話をする中で、「ここは本屋がなくて困っている」という声をしばしば聞きました。
移住して半年がたち、そろそろ何か商売を始めようと思いました。飲食業も考えましたが、初期投資がかかるので、スモールスタートとして低コストでできることはないかと考えていた時、地元の方々との会話を思い出し、本屋を始めようと決めました。
もっとも私たちは、書店についてはまったくの素人でした。書店経営に関する本を読んで勉強をしました。そして車のトランクに本を100冊ほど積み、出店先でキャンプ用の椅子・テーブルに本を並べて売る、移動書店を始めました。その後、地元の不動産屋さんからこの物件を紹介いただきました。開業資金の一部はクラウドファンディングで募り、開店にたどりつきました。
オープンして1年半がたちました。今はどんな状況ですか?
地元のお客さんの利用が少しずつ増えてきて、売り上げも上がってきました。高齢者を中心に本の注文が増え、地域に根差すお店になりつつあります。地元の人と「観光客+SNSを見て来た人」の割合は6:4ぐらいで、当初想定していた客層になっています。
人口6000人台の町でも、書店経営は成り立つということでしょうか?
はじめは地元の人から「真鶴で本を読む人はいないよ」「この町で本屋をやっていけるのか」と心配されました。しかし、店ができてみると、この町にも一定の読書人口があることがわかりました。移住後に知ったのですが、真鶴港の近くに「つるや」という書店があったのですが、2018年に廃業しました。今も看板だけが残っています。そのつるやで本を買っていたお客さんが、当店にもいらっしゃっているみたいです。
品ぞろえでは大きな書店にはまったくかないません。でも、町の人が求めているのは、本が買えるのはもちろんですが、人と人がつながることができて、子どもの声が聞こえて、おしゃべりができ、ゆっくりとコーヒーを飲める場所なので、そこに価値を見いだしていこうと思っています。
もちろん書店経営は楽でありません。新刊・古本販売とカフェ、シェア本棚、イベントなどを組み合わせて、なんとか夫婦でやっていけるかなという状態です。
お店の中を案内していただけますか?
こちらは、真鶴に関連した本のコーナーです。当店で一番売れているのが 『真鶴』(川上弘美著/文春文庫) です。地元の人も「知らなかった」と言って買っていかれ、皆さん「不思議な小説だ」とおっしゃいます。そのほか夏目漱石、島崎藤村、尾崎紅葉、坂口安吾など、東海道本線ゆかりの作家の本をそろえています。
最初はストレートに真鶴の本だけを集めようとしましたが、あまり見つけられなかったので、幅をかなり広くとらえ、真鶴を訪れた方に役立ちそうな本を集めました。
真鶴の名産に本小松石があります。真鶴には江戸時代から続く石切り場があって、今も少量ですが採掘されています。江戸城の石垣や高級墓石として使われ、真鶴町のあちこちで石垣として見ることができます。それでここには石に関連した本を置いています。
もう一つの真鶴の名物は干物なので、魚のさばき方や干物の作り方についての本を置いています。親子で遊べる 『岸壁採集! 漁港で出会える幼魚たち』(鈴木香里武著・写真/ジャムハウス) なんていう本もあります。
こちらは小出版社の特集コーナーですね。
「ナナルイ」や「点滅社」など、書店として今推したい本の特集コーナーです。 『鬱の本』(点滅社編集部編/点滅社) は、84人の書き手による鬱にまつわるエッセー集で、なかなか豪華なメンバーが集まっています。 『長い間』(金川晋吾著/ナナルイ) は写真家の金川晋吾さんが、病院に入院していた叔母の静江さんに久々に会い、その後10年間を、写真と日記で記録した写真集です。
こちらは私(中村竹夫)が執筆・編集して出版したZINE『僕の北朝鮮訪問記』(道草書店)です。2011年に行われたサッカーワールドカップ・ブラジル大会アジア最終予選「日本対北朝鮮」戦を見に、北朝鮮の平壌に行った時のルポを書きました。
横浜市妙蓮寺にある 「本屋 生活綴方」本屋・生活綴方(tsudurikata.life) が主宰している本作りの講習会に参加し、リソグラフによる印刷、紙の裁断、ホチキスとじまで手作業で作成しました。初刷り部数は200部、知り合いのお店でも販売していただいています。本屋をやっていますので、一度は自分で本を作ってみたいと思ったからです。今はさらに妻ももう一点準備中です。
こちらはシェア方式の本棚ですね。
はい。現在は36の書棚があります。借り賃は月3000円、町民の方は割引で2000円です。町民と町民以外の方の比率は6:4ぐらい。1年分一括で賃料をお支払いいただいてますので、経営的には助かっています。スペースはもう満杯で、空くのを待っている方もいらっしゃいます。
真鶴や湯河原には自宅の工房で作品を作っているクリエーターの方が多いので、本以外のものを置くのもOKとしています。
真鶴には「まちづくり条例」(美の条例)があり、2023年で30年になります。美の条例は高さや大きさの規制など形式的なものではなく、解釈の幅のある「美の基準」に沿って景観を保存すべく定められた条例です。写真右上の棚に入っているのが、冊子『真鶴町まちづくり条例 美の基準 Design Code』と、美の基準づくりのもととなった 『パタン・ランゲージ 環境設計の手引』(C・アレグザンダー他著/平田翰那訳/鹿島出版会) です。棚は販売用ではなく閲覧用に借りていただいています。当店の改装を行った際にも、この美の条例に基づき、景観に配慮したデザインにしました。
真鶴の町が落ちついた印象なのは、この条例のおかげかもしれませんね。ところで、道草書店の店名は、夏目漱石の『道草』が由来でしょうか。
店名はさまざまな意味を込めてつけたのですが、漱石の 『道草』(角川文庫) もその一つです。私(中村道子)は漱石の中でもこの作品がいちばん好きです。物語の世界観が好きというより、漱石の内面がよく表れ、自伝的であるところが魅力です。それから私たちは移動書店から始めたということもあって、お客さんには、道草の途中で寄っていただけるような店にしたい。また私の名が道子ということもあります。
道草書店を訪れた時に立ち寄るといいお薦めスポットはありますか?
岩海岸です。ここから歩いて15分ほどのところにある小さな海岸なのですが、私たちが初めて真鶴に来た時、一目で気に入ってしまい、ここに住もうと決めました。
また、近くには 「パン屋秋日和」 というパン屋さんや 「あけび屋珈琲」 という喫茶店があります。パンとコーヒーを買って岩海岸を散策するのもお薦めです。
また、本の関係では、 「泊まれる出版社 真鶴出版」 と 「本の美容室真鶴店」 があります。いずれも本も販売しており、道草書店と一緒に周遊する方もいらっしゃいます。
これからしていきたいことはありますか?
まずはこのお店を続けていくことですね。未来というのはわかりません。3年前、今こうなっていることはまったく予想がつきませんでした。1日1日丁寧に接客をし、お客さんに喜んでいただくことが、次につながると思います。
私たちは本屋や出版の経験なしに店を始めたので、まだまだ地固めの時期です。他の本屋さんにも教えていただき、謙虚に知識や経験を重ねていきたいと思います。
お気に入りの本屋さんはありますか?
静岡県沼津にある 「書肆ハニカム堂」 という古書店がいいですね。週末だけ開いていて、本のラインナップが良く、いつ行っても良い本に出合えます。
取材・文/桜井保幸 写真/木村輝
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