ビッグデータを活用して的確な選択と決断をするためには、原因と結果の関係を正しく理解することが重要。ビジネスパーソンに不可欠なデータの読み方や思考法を鍛えるための本を、経済学者で政府の「新しい資本主義実現会議」有識者構成員など公職を多数務める柳川範之・東京大学大学院経済学研究科教授に挙げてもらいました。
膨大なデータから真実を見抜く
誰しもビジネスでは日々、選択と決断の連続だと思います。自信を持って即決できるときもあれば、決断した後も「これでよかったのか」と迷うときもあるでしょう。的確に状況を判断し、よりよい結果を手にするにはどうしたらいいのでしょうか。
連載2回目は、そのヒントとなる「思考法を鍛える2冊」を紹介します。
まず、1冊目は 『「原因と結果」の経済学 データから真実を見抜く思考法』 (中室牧子、津川友介著/ダイヤモンド社)です。
仕事を進めるときに、データに裏付けされた「エビデンス」を用いれば安心、と思う人もいるでしょう。でも、この本を読むと「手元にあるデータは本当に信頼できるものなのか」と驚き、判断基準がひっくり返るかもしれません。
経済学には「相関関係」と「因果関係」という言葉があります。例えば、ある店舗で雨が降っている日に売り上げが上がったとします。そうすると「雨が降ったから売り上げが上がった」と、「雨」と「売り上げ」に何らかの「相関関係(関連性)」があると考えてしまいがちです。
でも、本当に「雨が降ったから売り上げが上がった」という「因果関係」があるのかは、ランダム化比較試験(研究対象者を無作為に2グループ以上に分け、その効果があるかないかを比較検証する手法)を行ったり、複雑な統計データ処理を行ったりしなければ分かりません。
実際には関連がないのに、因果関係があるように見えることを「見せかけの相関」といいます。それを見抜けないまま、世にあふれているデータをうのみにするのは危険です。
この本では「メタボ健診を受けていれば長生きできるのか」「男性医師は女性医師よりも優れているのか」「認可保育園を増やせば母親は就業するのか」「勉強ができる友人と付き合うと学力は上がるのか」「テレビを見せると子どもの学力は低下するのか」「偏差値の高い大学に行けば収入は上がるのか」といった事例を挙げています。
「見せかけの相関」にだまされない
先に種明かしをしてしまうと、いずれも答えは「NO」。どの事例も相関関係があるとはいえないのですが、なぜNOなのか、なぜ正しいと思わされてしまうのか、そのトリックも説明されています。
今は特にビッグデータが活用される時代ですから、仕事や生活をする上でもデータを頼りにすることが増えていると思います。そのなかで、「このデータは真実なのか」「根拠のない通説にだまされているのでは?」という問題意識を持つことは重要ですし、自ら問いを立てることで思考回路が鍛えられます。
また、今は「AIが人の仕事を奪う」といわれるほどAIの進化が目覚ましい状況です。確かにデータから相関関係を導き出すことはAIの得意分野ですが、そこに本当に因果関係があるのかを読み解けるのは人間です。これまでの経験をもとに判断できるのは、人間の強みなのです。
どれだけAIが発達しようと、「見せかけの相関」を見抜くのは、人にとって必要なスキル。身の回りにあふれるデータや情報に振り回されないためにも、手に取ってほしい1冊です。
人生の危機からどう立ち直るか
続いて挙げるのは 『OPTION B(オプションB) 逆境、レジリエンス、そして喜び』 (シェリル・サンドバーグ、アダム・グラント著/櫻井祐子訳/日本経済新聞出版)です。
こちらは、フェイスブック(現・メタ)COOのシェリル・サンドバーグが、休暇先で最愛の夫を突然失い、そこからいかに立ち直ったかという過程を書いた1冊です。
サンドバーグは世界的企業のスター経営者です。突然、夫を失うという悲劇に見舞われても、職場には復帰しなくてはいけない。さらに、シングルマザーとして父親を失って傷ついている2人の子どもを育てていかなくてはなりません。これほど過酷な状況に陥り、乗り越えようとする姿は胸に迫るものがあります。
「オプションB」というタイトルは、共著者であるサンドバーグの友人、心理学者のアダム・グラントの言葉から付けられています。「夫にいてほしかった」というサンドバーグに「オプションAはもう無理なんだ。ならば、オプションBをとことん使い倒そうじゃないか」と声をかけたのです。
誰しも困難に直面したくない、オプションA(バラ色)の人生を歩んでいきたいと思うのが本音でしょう。しかし、それは生きている限り不可能です。困難や危機は必ず訪れますし、まして今はVUCA時代(先行きが不透明で、見通しの立ちにくい時代)といわれ、明日にもどんなことが起こるか分かりません。
そんなときに「オプションB(次善の策)」を考えられる力は、生き抜く糧となります。
取材・文/三浦香代子 写真(人物)/洞澤佐智子 写真(本)/スタジオキャスパー
「オプションB」とは「次善の選択肢」のこと。誰であれ、「バラ色」だけの人生はありえない。逆境からどう回復すればよいのか。喪失や困難への向き合い方を『LEAN IN』のシェリル・サンドバーグと『GIVE&TAKE』のアダム・グラントが自らの体験をもとに執筆。
シェリル・サンドバーグ(著)、
アダム・グラント(著)、櫻井祐子(訳)、1760円(税込)