ドラッカーは「我々の事業は何か」を問い続けることの重要性を説いています。それはなぜなのか。ドラッカーの著作で最も読まれているものの一つ『マネジメント』を、ボストン コンサルティング グループの森健太郎さんが読み解く連載第2回。 『ビジネスの名著を読む〔マネジメント編〕』 (日本経済新聞社編、日本経済新聞出版)から抜粋してお届けします。

自社の事業を定義する方法

 ドラッカーは、企業の目的は「顧客の創造」であると定義し、そのための基本的な機能は二つだけであると論じます。「マーケティング」と「イノベーション」です。

 ここでいうマーケティングとは、狭い意味の広告宣伝ではなく、顧客を理解し、営業しなくても自然と売れていくような状態を創り出すことを意味します。米アップルのiPhoneなどはその好例でしょう。企業のあらゆる機能の中で、唯一アウトソースできない中核機能であるとし、その重要性にもかかわらず多くの企業で「言葉だけで終わっている」と指摘します。

 イノベーションはドラッカー経営学の中核テーマの一つです。社会のニーズ、社会の問題を事業機会として捉えて、顧客の新しい満足を生み出すことを指します。ドラッカーは社会的なイノベーションの重要性を説き、その担い手として流通業を例に挙げます。コンビニや宅配スーパーなどは、社会的イノベーションそのものです。

 次にドラッカーは事業の定義へと筆を進めます。「我々の事業は何か」を問い続けることの重要性を説き、この欠如が企業衰退の最大の原因であるといいます。事業の定義なしに投資を行ってもばらまきに終わり、また、一度定義しても予想以上に早く陳腐化する、と注意を喚起します。

 事業を定義するには、まず顧客からスタートすべきだとドラッカーは説きます。①顧客は誰か、②どこにいるのか、③何を買うのか、④彼らにとっての価値は何か、を考察しなければなりません。しかし「我々の事業は何か」という問いの答えは、論理的に導かれるものではなく、勇気を必要とする意思決定です。それ故にドラッカーは、これこそトップマネジメントの最も重要な責任と役割であると位置付けたのです。

事業を定義するには、まず顧客からスタートする(metamorworks/shutterstock.com)
事業を定義するには、まず顧客からスタートする(metamorworks/shutterstock.com)

 ここまでお読みいただいて、株主、利益といった言葉が出てこないことにお気づきでしょう。ドラッカーは利益は企業と社会にとって必要であり、企業活動と意思決定に規律を与えるものとしてその意義を認めながらも、「企業の目的ではない」とし、行き過ぎた利益至上主義に異を唱えます。正鵠(せいこく)を射たものといえましょう。

もし新規事業に抜擢されたら

 世の中が変革期を迎える中で、新規事業に本腰を入れて取り組む企業が増えています。読者の皆さんのような若手クラスも、「若いフレッシュな視点を」と、プロジェクトメンバーに抜擢(ばってき)されることがあるかもしれません。

 ここでは、全社を挙げた新規事業プロジェクトに、若手メンバーとして選抜されたBさんと一緒に、ドラッカーを読み解いてみましょう。経営陣は「既存の枠にとらわれずに自由に考えてくれ」といいますが、あまりに多くの可能性があり、途方に暮れてしまっている。そんなBさんにドラッカーはどんなヒントを与えてくれるでしょうか。

 ドラッカーの問いの中でも最も有名なのは、「我々の事業は何か」でしょう。ドラッカーは「事業とは何か。そして何であるべきか」を問い続けることこそ、トップマネジメントの最も重要な責任と役割であるといいます。それほど重要な問いなのです。

 さて、ここに重要なヒントが隠されています。ドラッカーはBさんにこう問いかけるでしょう。

 「新規事業について考える前に、あなたの会社の事業はそもそも何ですか」

 ドラッカーはコンサルタントとして数多くの企業を支援してきましたが、こんな逸話があります。

 ドラッカーが「あなたの会社の事業は何ですか」と問うと、その企業の社長は「缶の製造です」と答えた。ドラッカーは「容器の製造ではないのですか」と問い、コンサルティングのほとんどがその会話で終わってしまった。

多角化の方法は二つしかない

 「缶の製造」では成長余地がなくても、「容器の製造」なら新たなビジネスチャンスが見つかるかもしれない。実際に企業の新規事業と多角化の歴史をひもとくと、このような事業の「拡大再定義」や、その時代時代に合わせた「新たな解釈」がその多くを占めます。言い換えるならば、まったくの飛び地ではないということです。

 ドラッカーは続けます。多角化(新規事業)を成功させるには、事業間の何らかの一体性が必要で、それには方法は二つしかない。一つは、共通の市場(顧客)の下に、事業、技術、製品・サービス、活動を統合すること。もう一つは、共通の技術の下に、事業、市場、製品・サービス、活動を統合すること。ドラッカーは、この二つの軸のうち、市場(顧客)による統合の方が一般的には成功しやすいといいます。

 自動車メーカーを例に挙げると、市場(顧客)軸での展開とは、顧客に対して、自動車、自動車保険、車検・整備、中古車販売、レンタカー……と自動車関連サービスを広く提供していくイメージで、技術の軸での展開とは、エンジンをはじめとする技術力を生かして、バイク、ボート/クルーザー、航空機、発電機などへと広げていくイメージです。

 その上でドラッカーは、イノベーションの着眼点として、確度の高い順に七つの「機会」を挙げます(ドラッカーは、イノベーションについて発すべき最も重要な問いは、「それは正しい機会か」であるとしています)。

① 予期せぬ成功と失敗を利用する
② ギャップを探す
③ ニーズを見つける
④ 産業構造の変化を知る
⑤ 人口構造の変化に着目する
⑥ 認識の変化を捉える
⑦ 新しい知識を活用する

 予期せぬ成功の例として、ドラッカーはIBM躍進の逸話を挙げます。

 IBMがコンピューターを作ったとき、それは科学計算用のものだった。ところがすぐに、企業が給与計算などの「世俗的」な仕事に使い始めた。当時最も進んだ技術を持っていたユニバックは、科学の偉業たるコンピューターが世俗的な企業によっていわば汚されることを嫌った。これに対してIBMは、企業側のニーズに驚かされつつも直ちに応じ、自社のコンピューターを企業向けに設計し直し、4年足らずで市場トップの地位を得たのだ。

 ドラッカーは、このように予期せぬ顧客や使われ方が現れたとき、またはその逆に、当然使ってくれるだろうと思っていた顧客が使ってくれなかったときには、そこに大きなチャンスが潜んでいることが多いと説きます。

 もちろん、これらをすべて考察したところで、そう簡単に新規事業が見つかり、成功するわけではありません。最後に、ドラッカーはこう付け加えるでしょう。

「イノベーションとは姿勢であり、行動である」
「前向きな姿勢とエネルギーなしには、新たなものは生み出されない」
と、Bさんを励ますに違いありません。

『マネジメント』の名言
『マネジメント』の名言
あの名著がすぐに理解できる!

多くのビジネスパーソンが読み継ぐ不朽の名著を、第一級の経営学者やコンサルタントが解説。難解な本も大部の本も内容をコンパクトにまとめ、ポイントが短時間で身に付くお得な1冊です。

日本経済新聞社(編)、2640円(税込)