マネジャーとは「組織の成果に責任を持つ者」。「経営学の父」と呼ばれるピーター・ドラッカーはこう定義します。では、組織の成果を上げるためにはどうすればよいのか。ドラッカーの名著『マネジメント』を、ボストン コンサルティング グループの森健太郎さんが読み解く連載第3回。 『ビジネスの名著を読む〔マネジメント編〕』 (日本経済新聞社編、日本経済新聞出版)から抜粋してお届け。

成果を上げる3つのポイント

 マネジャー(管理職)とは何でしょう。

 ドラッカーはマネジャーとは「組織の成果に責任を持つ者」と定義します。「部下の仕事に責任を持つ者ではない」とあえて対比しているところにドラッカーの洞察があります。責任はあるけど権限がない、とついぼやいてしまいますが、まず責任ありきというのがドラッカーのスタンスです。

 ドラッカーは、組織の成果を上げるためには、次の3点が重要と説きます。

(1)問題ではなく、機会に目を向ける
(2)人の強みを引き出し、人の弱みを無意味にする
(3)今日必要なことと将来必要なことのバランスを取る

 機会と人の強みに常に焦点を当てるところが、ドラッカーの真骨頂です。

 マネジャーになると誰でも悩むのが意思決定でしょう。ドラッカーは答えを見つけるより、問題を明らかにすることの大切さを挙げます。議論に移る前にまず問題の所在を関係者でしっかりと共有し、「その問題に着手することのコンセンサス」を得ることが重要としました。

 その例としてドラッカーは、経営会議で異論が出ないときは「議論不十分」として追加の検討を求めた、という米ゼネラルモーターズ(GM)の名経営者スローンの逸話を取り上げています。

部下を持ったら注力すべき2点

 今回は、入社5年目で初めて部下を持つことになったCさんと一緒に、ドラッカーの『マネジメント』を読み解いてみましょう。

 初めて部下を持ったCさんに、ドラッカーはまず、こうアドバイスするでしょう。「いろいろなことが気になるでしょうが、次の二つに注力してみてください」

(1)「組織の成果」を上げること
(2)部下の「強み」に焦点を当てること

 ドラッカーによると、マネジャーになったCさんの最も重要な役割と責任は、部下一人ひとりを「オール5」に育て上げることではありません。部下それぞれの5の分野の強みを生かしながら、3の分野の弱みは他の部下や自分でカバーし合って、チーム全体としての成果を最大化することが、Cさんに求められる役割と責任です。スポーツに例えると、経営(マネジメント)は、サッカーや野球と同じ団体競技です。

マネジャーとは「組織の成果に責任を持つ者」(imtmphoto/shutterstock.com)
マネジャーとは「組織の成果に責任を持つ者」(imtmphoto/shutterstock.com)

 ドラッカーは、マネジャーは「組織の成果に責任を持つ者」と定義して、「部下の仕事に責任を持つ者ではない」とあえて対比をしていますが、野球の監督やキャプテンを思い浮かべると、イメージがわきやすいかもしれません。

 ボストン コンサルティング グループ(BCG)でコンサルタントの育成担当を長年務めてきた私の経験から言っても、プロフェッショナルは「強み」を起点にしてしか一流になりません。ドラッカーも、部下の強みに焦点を当てることで、組織の成果が上がり、かつ部下も育つという考え方です。

マネジメントの五つの仕事

 (1)と(2)を理解したCさんに、ドラッカーは次の課題を与えます。

(3)「机上の学問よりも、実践と行動を」

 ドラッカーは、マネジメントとは実践であり、その本質は知ることではなく、行うことにあると繰り返し述べています。ドラッカーは、マネジメントの基本的な仕事として、次の五つを挙げます。

 1 「目標を設定する」こと
 2 誰が何を担当するかを「組織する」こと
 3 「動機付けとコミュニケーション」を通じて、チームをつくること
 4 「評価をする」こと
 5 自分自身を含めて、「人材を育成する」こと

 部下の強みに焦点を当てることで、組織の成果が上がる(metamorworks/shutterstock.com)
部下の強みに焦点を当てることで、組織の成果が上がる(metamorworks/shutterstock.com)

 石切り工の話を例にドラッカーはこう語ります。

 3人の石工がいた。何をしているかを聞かれて、それぞれが、「暮らしを立てている」「石切りの最高の仕事をしている」「教会を建てている」と答えた。3人目の石工こそ、マネジャーである。

身に付けるべき唯一の資質

 ドラッカーは、これらのスキルはすべて実践と行動を通じて学ぶことができるとしていますが、学ぶことのできない資質、初めから身に付けていなければならない資質が一つだけあると言います。

 「最近は、愛想をよくすること、人を助けること、人づきあいをよくすることがマネジメントの資質として重視されているが、そのようなことで十分なはずはない」

 「事実、うまくいっている組織には、必ず1人は、手をとって助けもせず、人づきあいもよくない者がいる。この種の者は、気難しいくせにしばしば人を育てる。好かれている者よりも尊敬を集める。一流の仕事を要求し、自らにも要求する。基準を高く定め、それを守ることを期待する。何が正しいかだけを考え、誰が正しいかを考えない」

 こう説いた上で、ドラッカーはマネジャーについて最も重要な資質について言及します。

 その資質とは、

(4)「才能ではない。真摯さである」

 「真摯さ」は、ドラッカー経営学の精神を理解する上で重要なキーワードなので、少し補足させてください。「真摯さ」と翻訳されていますが、原著では「Integrity」です。Integrityは日本語に訳しにくい英語の一つで、私も一語でしっくりくる和訳にまだ出合っていません。真摯さに、倫理性や、人格や行動の統合感のようなニュアンスが加わった感じでしょうか。

 余談ですが、BCGでは、我々が重んじる価値観を九つ掲げていますが、その筆頭に来るのが Integrity です。

優れた企業の人事の考え方

 ドラッカーは続けます。

 「真摯さはごまかせない。特に部下には、上司が真摯であるかどうかは数週間で分かる。無能、無知、頼りなさ、態度の悪さには寛大になれる。だが真摯さの欠如は許さない。知識がさしてなく、仕事ぶりもお粗末であって判断力や行動力が欠如しても、マネジメントの人間として無害なことがある。しかし、いかに知識があり、聡明(そうめい)であって、上手に仕事をこなしても、真摯さに欠ける者は組織を(そして最も重要な資源である人を)破壊する」

 若い読者のみなさんにとってはピンとこないかもしれませんが、実際に優れた企業の人事というものはこのような考え方で行われているものです。ドラッカーはCさんに言うでしょう。「あなたの持ち前の真摯さをもって、自信を持って進みなさい。マネジャーに求められる資質は、才能ではない。人づきあいのよさでもない。真摯さですから」

 さあ、これで初めて部下を持つCさんも勇気づけられたはず……。しかしドラッカー自身が指摘している通り、マネジメントとは実践であり理論ではありません。明日から部下にどう接すればいいか。それを考えるとCさんは、やっぱり不安を感じてしまいます。そんなCさんをドラッカーはこう励ますに違いありません。

(5)「失敗を恐れずに!」

 ドラッカーはこう言っています。

 信用してはならないのは、間違いを犯したことがない者、失敗したことがない者である。そのような者は無難なこと、安全なこと、つまらないことにしか手を付けない。そのような者は、組織の意欲を失わせ、士気を損なう。人は優れているほど多くの間違いを犯す。優れているほど新しいことを行うからである。

 最後にまとめてみましょう。初めて部下を持ったCさんへの、ドラッカーからの五つのアドバイスです。

(1)「組織の成果」を上げることに注力する
(2)部下の「強み」に焦点を当てる(その結果、組織の成果も上がり、部下も育つ)
(3)机上の学問よりも、とにかく「やってみる」(実践と行動ありき!)
(4)これからは、人の上に立つ者として、「Integrity(真摯さ)」が求められる(能力よりも重要な資質)
(5)決して、守りに入らない(失敗を恐れず、伸び伸びやる)

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