「明日何を行うかではなく、明日のために『今日何を行うか』を示しなさい」。「経営学の父」と呼ばれるピーター・ドラッカーはトップマネジメントにこうアドバイスします。ドラッカーの名著『マネジメント』を、ボストン コンサルティング グループの森健太郎さんが読み解く連載第4回。 『ビジネスの名著を読む〔マネジメント編〕』 (日本経済新聞社編、日本経済新聞出版)から抜粋してお届け。
トップマネジメント、三つの定義
ドラッカーが『マネジメント』の締めくくりに置いたのが、トップマネジメントについての考察です。ここでドラッカーはトップマネジメントの仕事を、(1)「我々の事業は何か。何であるべきか」を考えること、(2)基準と規範を定め、自ら良識機能を果たすこと、(3)組織とその精神を創り上げること、と定義します。
こうしたトップマネジメントの仕事は、企業の発展ステージや置かれた状況によって大きく異なるので、継続的な見直しが必要だと説いています。
ドラッカーは「現業の仕事を続けるトップマネジメントの方が健全な本能の持ち主である」と指摘しており、トップマネジメントが現業を抱えることを必ずしも否定しません。ただし、グローバル企業のトップは例外だというのがドラッカーの考え方です。
グローバル化した企業の活動は、複雑性・多様性が一気に高まります。グローバル企業のマネジメントは国内企業とは本質的に異質であり、戦略・構造・姿勢に関して、トップマネジメントに対し異なる要求を課しているというわけです。

全社レベルのトップマネジメントチームは、いかなる国・事業のトップをも兼ねてはならないと強く戒めています。その上で、組織の多階層化は官僚主義をもたらすとして、意思決定の現地化を求めます。また、コングロマリット企業のグローバル化は極めて難易度が高いとし、グローバル企業は多角化の誘惑に打ち勝つ必要があると論じます。
もう一つ、ドラッカーがトップマネジメントの能力を測る試金石と位置付けるのが「イノベーション」の推進力です。「変化をマネジメントする最善の方法は、自ら変化を創り出すこと」であり、トップはその先頭に立つべきだと考えるからです。
最後にドラッカーはトップマネジメントにこう言います。「部下に大きな責任を与え、重要な分野を任せることができない理由をあれこれ挙げる。『優秀だがまだ準備ができていない』と。これはまさにトップ自身に準備ができていない証拠である」。トップでなくても、身につまされますね。
長期計画の本質とは?
ドラッカーは『マネジメント』の締めくくりとして「トップマネジメントの役割」を考察しています。まだトップマネジメントの方は少ないかと思いますが、経営企画や事業部スタッフの一員として経営計画の策定に携わるチャンスはあるかもしれません。
今回は、経営企画部で初めて中期経営計画の策定を担当することになったDさんと一緒に、『マネジメント』を読み解いてみたいと思います。
ドラッカーは『マネジメント』の中で、長期計画の本質は「戦略的な意思決定」であると述べています。初めて中期経営計画の策定に関わるDさんに対して、ドラッカーは五つのアドバイスをするでしょう。
アドバイス(1) 明日何を行うかではなく、明日のために「今日何を行うか」を示しなさい
『マネジメント』の中でドラッカーは「計画とは、未来の意思決定に関わるものではない。未来を考えて、今日取るべき行動のために、今日意思決定を行うことである」と述べています。「しかし、いまだに我々は、明日行う意思決定について計画しがちである。楽しいかもしれないが無益である」。夢を語るだけでは経営計画としては不十分、ということです。
アドバイス(2) 「昨日を(過去を)体系的に廃棄する」ことに着手しなさい
ドラッカーは、「陳腐化したものを廃棄することなしに新しいことに取り組んでも、何の成果も生まない」と述べます。「企業は業績に貢献しない活動を切り捨てることによって成長する。業績に貢献しない活動は企業の力を枯渇させるだけである。真の成長力を傷つけるだけ」だからです。
アドバイス(3) 網羅的ではなく、「メリハリ」を付けなさい
事業活動の中から重要なものを抜き出して、そこに人・モノ・カネという経営資源を集中的に投入する計画を立てる、という意味です。ドラッカーは「集中の決定は、基本中の基本とも言うべき重大な意思決定」であると、その重要性を繰り返し説いています。
もちろん、集中の決定にはリスクを伴いますが、ドラッカーは「それ故にこれこそが本当の意思決定」だと言うのです。
アドバイス(4) イノベーションの目標を盛り込みなさい
連載第2回 でも論じましたが、ドラッカーの言うイノベーションとは、社会のニーズ、社会の問題を事業機会として捉えて、顧客の新しい満足を生み出すことを指します。ハイテク業界に限定されたものではありません。
アドバイス(5) 実行推進責任者と、締め切り期日、成果の尺度を設定しなさい
ドラッカーは「そもそも戦略とは、資源、特に優秀な人材をどこに配置すべきか(を決めること)である」と述べ、最高の人材を今の担当から引き抜いて、明日のために優先配置できないなら、そのような計画はまったく意味を成さないと強調しています。
昔の日本企業には、各部門の計画をホチキスで束ねたような網羅的な中計が散見され、「ホチキス中計」と言われたものです。しかし、ここ数年は企業の変革意識の高まりを受け、ドラッカーが求めているようなメリハリを利かせた中計が増えてきているように思います。

さて、ドラッカーからもらった五つのアドバイスを理解した上で、経営計画策定の実務に取りかかるとしましょう。そこで最も悩むことの一つが、全社目標の設定でしょう。特に、将来の利益や売り上げの成長目標をどう設定するか。
ドラッカーは「企業にとっての成長の目標とは、量的な目標ではなく、質的な目標でなくてはならない」と述べています。ドラッカーに「わが社は何%の成長を目指すべきですか」と尋ねても、答えてはくれません。しかし『マネジメント』を読み解くと、いくつかのヒントを見つけることはできます。
成熟市場だからこその成長戦略
まずドラッカーは、競争力を維持するために「最低限必要な成長率」を意識すべきだ、と述べています。例えば、新興国やハイテク業界で、仮に市場が年率15%で成長していたら、それを上回る成長を達成しないと限界的(マージナル)な存在になってしまうからです。
では、日本のような低成長の国ではどうでしょうか。ドラッカーは、歴史をひもとくと、経済が低成長の時期こそ、実は(安定期ではなく)激動期で、変化は急激となり、成長できない産業や企業は衰退を始めると説きます。逆説的ですが、成熟市場であるからこそ、成長戦略が必要との考えです。
利益については、ドラッカーは、「企業の目的ではない」として、行き過ぎた利益至上主義に対して異を唱えます。一方で、企業が自らの将来のリスクをカバーし、将来に向けた投資を行い、事業活動を通じて社会に貢献し続けていくためには、一定水準以上の利益率が必要であると述べています。
そして、将来への投資と現在の利益とのバランス、売り上げと利益率のバランス……などの「さまざまな目標間のバランス」が、優秀な企業とそうでない企業を分ける、と指摘しています。
Dさんも、ぜひドラッカーの五つのアドバイスを意識しながら、中期経営計画の策定に取り組んでみてください。

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