『利生の人 尊氏と正成』で第12回日経小説大賞を受賞した天津佳之さんがその次に主人公として描いたのは、今から約1400年前に即位した推古天皇。史上初の女性天皇とその時代から見える、現代社会へのヒントとは。『和らぎの国 小説・推古天皇』著者の天津さんと編集を担当した苅山泰幸さんに、執筆の舞台裏や思いを聞きました。今回は1回目。(聞き手は、「日経の本ラジオ」パーソナリティの尾上真也)

推古天皇と十七条憲法の時代を描く

尾上真也・「日経の本ラジオ」パーソナリティ(以下、尾上) 天津さんは『利生の人 尊氏と正成』で第12回日経小説大賞を受賞し、作家デビューされました。普段は会社員としてお仕事をされているのですよね。

天津佳之(以下、天津) はい、普通に会社員をしながら兼業作家をやっております。

尾上 歴史小説となると結構なボリュームですし、会社員をしながらだと相当大変ではないでしょうか。

天津 勤めながら執筆時間をつくらなければならないこともそうですが、コロナ禍で不要不急の外出制限があった時期などはなかなか取材に行けなくて。本格的な執筆タイミングがずれたことは、とても大変でしたね。

尾上 では改めて、コロナ禍に執筆されたその『 和らぎの国 小説・推古天皇 』について、編集を担当された苅山さんから紹介をお願いします。

苅山泰幸・日経BP編集者(以下、苅山) 今から約1400年前に初めて女性天皇として即位した推古天皇を主人公にした小説です。この御代には聖徳太子が摂政として政治を動かし、「和を以て貴しとなす」で有名な十七条憲法をつくりました。それによって対立していた豪族をうまく調停して、国をまとめ上げ、中国とも対等な国として相対するようになります。この後、日本の歴史の教科書に出てくる「乙巳の変」から「大化の改新」へという大きな流れが生まれる。本作は、その直前のお話になります。

史上初の女性天皇とその時代を描いた、『和らぎの国 小説・推古天皇』
史上初の女性天皇とその時代を描いた、『和らぎの国 小説・推古天皇』
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尾上 聖徳太子の外交で有名なのが「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す」という国書を中国の皇帝にささげた遣隋使ですね。では、天津さんはなぜ推古天皇を小説として書かれたのでしょうか。

天津 もともと僕は日本の文化に興味があり、前作の『利生の人』は禅をテーマにしました。また、よく「和の精神」といわれますが、和という言葉が日本史上に初めて出てくるのは十七条憲法ですし、その考え方が生まれた時代の天皇が女性だったということも興味深いモチーフだと思ったんです。歴史のなかで日本が「和の国」と称しているのは大事な価値観だったからではないかと考え、それが生まれた時代を描いてみようと考えました。

尾上 そのことは、2021年の日経小説大賞授賞式でもポロッと口にされていましたね。

天津 授賞式の座談会で、辻原登先生に「次は何を書きますか」と聞かれて頭が真っ白になり、「推古天皇を」と言ってしまったんです。もともと興味があって下調べをしており「いけるかな」と心づもりもあったので、チャレンジしてみました。

聖徳太子はあえて脇役に

尾上 タイトルは『小説・推古天皇』ですが、本のなかでは推古天皇ではなく、炊屋姫(かしきやひめ)という名前で登場しますね。

天津 推古天皇の本名にはいろいろな説があるのですが、明るく温かい人物をイメージさせる名前として、炊屋姫にしました。

尾上 天皇というと私たちからはかけ離れた人物という感じですが、炊屋姫は最初の登場のシーンから明るく親しみやすい女性というイメージを受けました。

天津 飛鳥時代には、聖徳太子や蘇我馬子たちスーパースターがいます。そのなかで推古天皇はあまりキャラクターが確立していないと感じたので、思い切り現実味のあるキャラクターにしました。それから、本作のテーマの一つである皇(すめらぎ)、いわゆる天皇はどういう人格を持って国の中心にいたのかということも含めて、造形したキャラクターです。

尾上 もう1人の重要なキャラクターである聖徳太子こと厩戸皇子には一般的によく知られている姿がありますが、序盤で戦いに出る場面があるなど、青年としての人物像が非常によく描かれている気がしました。

天津 聖徳太子はこの時代のスーパースターですし、太子信仰などの考えに従うと超人的になってしまいます。でも1人でそうたくさんのことはできないよねという観点から、もう1人のキーキャラクター、炊屋姫の息子である竹田皇子にも、太子信仰でいわれている要素を分担させました。聖徳太子には学者的な穏やかで落ち着いた部分を、改革やパワーを要する仕事については竹田皇子が関わるような割り振りを考えて造形しています。他のキャラクターを立たせるため、聖徳太子はあえて脇役に置きました。

蘇我馬子は切れ者の実務家キャラに

尾上 この物語のなかでは、蘇我馬子も重要な鍵を握る人物になっていますね。

天津 蘇我馬子は、切れ者かつ実務型の政治家という感じの造形で、ブレのない人物として書きました。加えて『日本書紀』にあるように、崇峻天皇を暗殺したことで歴史的には悪役として捉えられがちですが、暗殺にはそれなりの理由があったといわれます。『日本書紀』を読むと、暗殺後に国内が全く乱れていないんですよ。

尾上 え、そうなんですか。

天津 『日本書紀』が史実としてどうかというのは置いておいて、政権中枢の要人たちの合意がある程度あった上での行動だったのではないかと。あと、今回はスパンの長いお話なので、実務家が年を重ねたときにどうなるかという部分も含めて、キャラクターを考えました。

構成/佐々木恵美

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