カリスマ的な人気を誇った元・駿台予備学校化学科講師で、その講義は日本一生徒を集めたといわれる犬塚壮志さん。著書『「よい説明」には型がある。』では、予備校講師時代の経験を経て編み出された「よい説明」を11の型に分類して、分かりやすく解説しています。本書の内容をまじえ、即使えて、かつ聞き手に伝わる説明テクニックについて伺いました。今回は3回目。(聞き手は、「日経の本ラジオ」パーソナリティの尾上真也)

あらかじめ選択肢を「松竹梅」に設定

尾上真也・「日経の本ラジオ」パーソナリティ(以下、尾上) 今回も、『 「よい説明」には型がある。 』の著者である犬塚壮志さんをお迎えしています。前回は、本書で紹介されている「よい説明」の11の型から、いくつか解説していただきました。今回もその型の中から、まずは第9の型「決断誘導」について教えていただきたいと思います。

犬塚壮志(以下、犬塚) 「決断誘導」という名前を聞くと、相手の決断を誘導する小ずるいテクニックなのかなと思われるかもしれませんが、実際に説明する際には、最後は相手に決断してもらわないといけない場面があります。相手が選びやすい状況をつくるのも、説明する側の役目の1つなのです。

ただ選択肢を並べるだけでなく、聞き手が選びやすい状況をつくる。それも説明する側の役目であり、望む方向へ誘導するテクニックでもあります
ただ選択肢を並べるだけでなく、聞き手が選びやすい状況をつくる。それも説明する側の役目であり、望む方向へ誘導するテクニックでもあります

犬塚 では、どうすれば相手が選びやすくなるかというと、もう、選択肢を準備してしまう。例えば、同僚やパートナーに「ランチはどこに行きたい?」と聞いても「えーっ、どこって言われても…」となりますよね。これを「イタリアンと中華と和食、どれにする?」「○○店と○○店、どっちがいい?」などと聞くと、スムーズに事が運びやすい。相手に選択肢をしっかり提示する、相手が選ぶことを前提とするのが大事です。

尾上 本の中では「松竹梅」の話で例えられていますね。

犬塚 ビジネスの場面では、利益を上げたいから選択肢の中からこれを選んでもらいたい…という思惑があります。別にそれはやましいことではありません。相手が全く初めてのお客さんで、どれを選んでいいのか分からないときは、価格設定を含め松竹梅の3段階にして、自分が最も選んでもらいたいものを「竹」にする。そしてその上下や前後はそれよりも高価格なものと低価格なものにすると竹を選んでもらいやすくなる──と学術的な研究でも実証されています。別名、「ゴルディロックスの原理」という名前が付いています。

尾上 確かに「松コースは高いかな。でも、梅コースだとちょっとケチくさいかな」と思ってしまう場面はありそうです。

犬塚 これは値段だけでなく、例えば大中小の大きさのイチゴがあって「値段は全部一緒です」というときも、真ん中の大きさが程よく見える…ということもあります。

数ある選択肢から選んでもらう方法

尾上 松竹梅は3つの選択肢ですが、それよりも選択肢が多い「ジャムの法則」も興味深いです。

犬塚 ジャムの法則はシンプルに言うと、ジャムの種類の数によって購買率がどう変わるかを実験したものです。ジャムの種類が6種類と24種類という、2つの売り場で実験したところ、客が足を止めたのは24種類の売り場。つまりたくさんの種類があったほうが気に留めてもらえました。でも、最終的な購買率は6種類のジャムを並べた売り場のほうが高く、よりたくさん買ってもらえたという結果が出ました。つまり人は、選択肢が多くなり過ぎると「選ばないという選択」をするのです。

 私も、梅酒専門の居酒屋に行ったとき店員さんに「梅酒が50種類ある」と言われ、多過ぎて選べず「とりあえず生(ビール)で」と言った記憶があります(笑)。梅酒が50種類あることが売りならば、客の好み──例えば「甘過ぎないもの」に合わせて、甘みが少ない梅酒6種類くらいに絞ってすすめる工夫が必要だと思います。でなければ、相手が選ぶことへ誘導できません。

尾上 なるほど。説明するときも1から10まで全部説明するのではなく、相手のニーズに合わせて誘導する際には絞り込むことが必要なわけですね。

犬塚 はい。例えば高級フレンチレストランでは、何種類ものワインが書かれたワインリストを渡されることがあります。この場合も、話し手から判断基準を先に伝えてもいいと思います。「使っているブドウはこれです」「さっぱりした味わいはこれです」「お肉と合わせるのであれば、リストのここの部分から」などと客側が選びたいものに合致する形で提示しないと、選ぶのはなかなか難しいですよね。

 情報をたくさん持っている話し手はそれをしっかり厳選して提示することで、相手のアクションを引き出せる。それができると、説明としてすごく意味があり、価値のあるものになります。

尾上 前回紹介した第4の型「カットダウン」と「決断誘導」を組み合わせた使い方でもありますね。

犬塚 そうですね。今は世の中に選択肢がたくさんあるので、情報と選択肢を削減して、削減するにも理由を説明したり、相手の意向を聞いたりして、選択肢を絞るのがいいと思います。

誰が説明したのかは、忘れてもいい

尾上 では最後に、犬塚さんにとって「説明すること」とは何か、改めてお伺いしたいと思います。

犬塚 「説明」というとテクニカルなイメージが強いかもしれませんが、私自身は説明というものは知を継承するための、人類ならではの究極のスキルだと考えています。

 もともと、先祖たちは口伝で「あの場所は危ない」「ここでたくさん魚が捕れる」と伝え合い、継承し、そして人類は繁栄してきました。そのうちに文字というものに落とし込みながら、情報伝達もより進んできた。いきなり壮大な話になってしまいましたが、私自身は、知の継承は説明によって行われている、だからこそ説明スキルを磨いてもらいたいと思っています。

 話し手と聞き手は、背景も考え方も違う人同士です。でも、一緒に仕事をしたり暮らしたりするときに、言葉による説明を通して部分的にでも相手と同じ方向や景色を見られるなら、それは素晴らしいことではないでしょうか。説明とは知の継承でもあり、大事な人と同じ景色を見られる究極のスキルだと考えています。

尾上 この本の「おわりに」で書かれているように、誰が話してくれたことかは忘れてしまっても、説明した内容が聞き手にきちんと伝わっているならば、まさに「知の継承」ということですね。

犬塚 予備校講師だったときは、受験のスキルやテクニックを生徒に伝えて、大学に合格してもらうことが私の役目でした。でも、私のことは忘れてかまわないのです。説明が相手の中にさえ残れば、知の継承はできたということ。本書についても、著者である私ことは忘れられても、説明のスキルがしっかり読者の中に残れば、それが一番素晴らしいことだと思っています。

文/三浦香代子 編集協力/山崎 綾

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