人類は古より、「死にたくない」「永遠の命が欲しい」と不死への欲求を抱いてきました。しかし、どれだけ文明が発達してもそれは実現できず、今後もかなうことはないかもしれません。人類は、どう生きるべきなのでしょうか。『ケンブリッジ大学・人気哲学者の「不死」の講義』を基に、編集を担当した宮本沙織さんに聞きました。今回は2回目。(聞き手は、「日経の本ラジオ」パーソナリティの尾上真也)

4つのシナリオで不死は手に入るのか

尾上真也・「日経の本ラジオ」パーソナリティ(以下、尾上) 今回も、『 ケンブリッジ大学・人気哲学者の「不死」の講義 』の編集を担当された宮本沙織さんを迎えてお話を伺います。さて、著者のスティーヴン・ケイヴさんによると、「人類が求める不死」には4つのシナリオがあるそうですね。

宮本沙織・日経BP(以下、宮本) その4つが本書の第1~4部になります。第1部が「生き残り」、第2部が「蘇り」、第3部が「霊魂」、第4部が「遺産(レガシー)」の4つです。

「死にたくない」という思いが、人間の文明の礎となっています
「死にたくない」という思いが、人間の文明の礎となっています
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宮本 第1部の「生き残り」は、シンプルに、どうやったら死なないで長生きできるのか、ということを論じています。例えば中国の万里の長城は北方から敵が攻撃してこないよう、命を守るために造ったものです。秦の始皇帝は「死にたくない」という願望が強く、水銀や鉛を服用したり──不死への取り組みをひたすら試して、その結果、短命で亡くなったのではないかといわれています。また、20世紀の医学の発展も「死にたくない」という願望が根底にありました。「ビタミンCこそが不死の薬では」と研究をしたノーベル賞化学者の例もあります。

尾上 始皇帝もノーベル賞化学者も「死にたくない」という強い欲求があったからこその偉業なのですね。

宮本 考えてみれば、私たちも同じです。コロナ禍で、ここまで早くワクチンの開発が進み、みんなが自粛生活をしたのも、死にたくない、大事な人に生きていてほしいからではないでしょうか。

尾上 人類は、歴史のなかでいろいろな立場の人があらゆる手を尽くし、生き残りに懸けてきたということなのですね。

宮本 そうですね。ただ、平均寿命は倍くらいに延びたけれども、やはり死んでしまうというのが、著者の第1部での結論です。

 第2部「蘇り」では、「死んだ後に生き返れないのか」を論じています。その事例の1つがキリスト教の普及。もともとキリスト教は異端として迫害されていましたが、ある時期を境に広く受け入れられます。死んだ後によみがえることができるならば、死への恐怖がなくなり、すごく喜ばれたのではないかと考察しています。

 もう1つの事例はフランケンシュタイン。私、この本を担当するまでフランケンシュタインは怪物の名前だと思っていたんですよ。

尾上 私もそう思っていました。

SFの発想で研究を進める人類

宮本 フランケンシュタインはその怪物をつくり出した博士の名前らしいですね。博士が人間の死体をつなぎ合わせたところ、動き出したと。もちろんフィクションですが、生命活動が止まったものでも再び組み立て直すことで命を宿せるのではないか、という発想があったのですね。

 また、この発想がフィクション止まりでないことも面白いと思っています。例えば人体を冷凍保存して未来の医学で復活させようとしたり、脳だけ保存してアバターみたいな体に接続して生き返らせようとしたりする話もありますよね。

 SFの発想を受けて研究を進めようとするのは、人類の強みなのかもしれません。ただ、死んだ後に生き返った人というのは、まだ確認されていません。ですので、この「蘇り」を突き詰めても不死の達成は難しいのではないか、というのが著者の結論です。

尾上 そして、第3部が「霊魂」ですね。

宮本 永遠に生き続けることはできない。死んだ後によみがえることもできない。ならば死んだ後、魂が天国へ行って幸せになれたら、「不滅」「不死」なのではないか、というのが第3部の「霊魂」です。魂が違う体に宿り、輪廻(りんね)転生というかたちで生き続けられれば、不死と言えるのではないかという切り口です。

 また、ダンテの『神曲』を基に描かれたボッティチェリの『地獄の見取り図』や、それをモチーフにして映画化もされた小説『インフェルノ』、もっと根本的なキリスト教の「最後の審判」も、死後の霊魂の行く先を描いたものですよね。

尾上 しかし、その霊魂も…。

宮本 そうなんです。どれだけ天国・地獄を論じたところで、結局、そこへ行って帰ってきた人はいないのです。そして「生まれ変わり」という話でいうと、前世の記憶がないなら、やはりそれは不死とは言えないのではないかと。「霊魂」にも無理がある…というのが著者の結論です。

尾上 そして、次が「遺産(レガシー)」です。

宮本 第4部「遺産(レガシー)」では、大きな2つの切り口があります。1つが名声・名誉を残して、それを生き残りだとみなす方法。もう1つが遺伝子を残して子孫を残すことで、自分が生き残るとする考え方です。文化や芸術での名声、それから自画像を残したり、今でいうとSNSでライフログを残したりといったことは、ある種の自己複製であり、自分が死んだ後も残るために発展したのではないかと論じています。

 遺伝子に関しては、子孫が残ったとしても、それは自分自身が生きていることとはやはり違うのではないかと。レガシーによっても不死には到達し得ないというところで、4つの検証は終わります。

尾上 「生き残り」「蘇り」「霊魂」「遺産(レガシー)」の4つのシナリオがあるけれども、結局は不死には到達できないのですね。

宮本 ただ、4つの方法を駆使して、どうすれば長生きできるのかとチャレンジを繰り返した結果が、「今」なのです。不死には到達しなくても、とても意義のある、意味のあるものだと本書では捉えています。

構成/三浦香代子

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