数々の著名エグゼクティブのコーチを務め、世界有数のリーダーシップ思想家ともいわれるマーシャル・ゴールドスミス氏の世界的ベストセラー、『コーチングの神様が教える「できる人」の法則』と『トリガー 6つの質問で理想の行動習慣をつくる』が、2024年2月、同時に文庫化。編集を担当した三田真美さんを迎え、ゴールドスミス氏の言葉やその人となりについてお話を伺いました。今回は3回目。(聞き手は、「日経の本ラジオ」パーソナリティの尾上真也)

今いる場所からさらに上へ行くために

尾上真也・「日経の本ラジオ」パーソナリティ(以下、尾上) 今回も、『 コーチングの神様が教える「できる人」の法則 』と、『 トリガー 6つの質問で理想の行動習慣をつくる 』(ともにマーシャル・ゴールドスミス、マーク・ライター著、斎藤聖美訳/日経ビジネス人文庫)の2冊について、編集を担当した三田真美さんにお話を伺います。

 さて、『コーチングの神様が教える「できる人」の法則』は2007年に単行本として刊行されました。コーチング本は本書の他にもいろいろありますが、『コーチングの神様』は今読んでも古さを感じませんね。

三田真美・日経BP(以下、三田) はい。企業の経営層に向けたエグゼクティブ・コーチングの教えは、ここに源流があると思います。『コーチングの神様』の原題は、「あなたは今そこにいる場所よりも上には行けない」というような意味です。企業の中でそれなりのポジションにいて、成功したように見える人に対して「今のやり方では、さらなる飛躍はできませんよ」という教えなのですね。

 上に行く人ほど陥りがちな悪い癖があって、それを「20の悪い癖」として分類しています。知らず知らずに身に付いてしまった悪い癖を直さないと周囲は付いてこないし、人から信頼されない。つまり、よいリーダーにはなれません。20の悪い癖とは、例えば「ひと言よけいなことを言う」「『いや』『しかし』『でも』から始める」「情報を教えない」「他人の手柄を横どりする」「お礼を言わない」「責任回避をする」などです。上に上がる人が陥りがちなパターンに対し、どうやったら改善できるかという具体的なアプローチが提示されています。

 もう一つの『トリガー 6つの質問で理想の行動習慣をつくる』は『コーチングの神様』の教えをベースに具体的な実践方法が書いてあります。2冊セットで読むと、それだけでビジネスコーチングができてしまうくらいの内容の濃さです。

経営層向けコーチングの教えの源流はここにあるといっても過言ではない2冊。また、自分の行動習慣を省みるきっかけにもなる名著です/画像クリックで『コーチングの神様が教える「できる人」の法則』のAmazonページへ
経営層向けコーチングの教えの源流はここにあるといっても過言ではない2冊。また、自分の行動習慣を省みるきっかけにもなる名著です/画像クリックで『コーチングの神様が教える「できる人」の法則』のAmazonページへ

尾上 「20の悪い癖」を自覚している人は、成功者に限らないかもしれませんね。例えば経験を重ねると、ついつい余計なひと言を言ってしまいがちです。

三田 そうですね。若い頃から企画会議に出ていると、「他の人と違うことを言わなきゃいけない」「もっとよいことを言わなきゃいけない」という考えが身に染みついていますよね。「でも、それってこうじゃないですか」「でも、こちらのほうがよいのではないですか」という提案が、初めはよしとされているのに、あるラインを越えると単なる上から目線のマウントになってしまうと再認識しました。

尾上 20の悪い癖を全部持ち合わせている人はいないと思いますが、2つ3つ、もしかしたら5つ6つ、身に覚えのある人もいるかもしれません。『コーチングの神様』のPART3では「どうすればもっとよくなれるのか」として、それに気付いて直すためのステップが紹介されていますね。

三田 はい。そのステップとは──

ステップ1 フィードバックのスキルを磨く
ステップ2 謝罪する
ステップ3 公表する・宣伝する
ステップ4 聞くこと
ステップ5 感謝する
ステップ6 フォローする
ステップ7 フィードフォワードを練習する

──これら7つのステップを認識して習慣をつくること、自分のやり方を変えていくことの大切さを説いています。考え方の偏見を取り除き、少しずつ行動を変えていきましょう、と。

尾上 「ジョハリの窓」でいわれるような、自分では気付かないけれど、人が自分に対して感じている部分に気付けると一歩進むとも書かれています。でも、なかなか難しいですよね。

三田 知識が付けば付くほど、そして経験を積めば積むほど、視野は狭くなりがちです。今の時代は人と直接会わなくても、ネットの中だけでコミュニケーションが成り立ちますし、どんどん自分の世界にこもることもできます。でもそうなると、入ってくる情報は制限され、視野が狭くなりがちです。そこを打ち破って視野を広げなくてはいけない。他人や、第三者の目線を心の中に置いておかなくてはいけないと再認識させられます。

意志の弱さを乗り越えるには

尾上 ただ、もう1冊の『トリガー』の冒頭、PART1は「なぜ、なりたい自分になれないのか」というタイトルで、「大人の行動改善は難しい」とも書かれています。

三田 『トリガー』では、その行動を具体的にどう改善したらいいのかが書かれています。本のタイトルにある、「6つの質問で理想の行動習慣をつくる」というのは、言い換えると、実は「その日その日を精いっぱい生きなさい」ということなのです。「自分が立てた目標に対して、あなたはどのくらい達成しましたか」「そのために何をしましたか」を毎日自問し、それを踏まえてその日1日を一生懸命生きていくということの提案です。

尾上 変えたほうがいいと思うことがあったら、この本に出てくる「エンゲージのための6つの質問」に取り組んでみるのもいいですね。

三田 そうですね。行動を変えるには自分の内側から変えなくてはいけないということも、大事なポイントだと思います。

 また前回、著者のマーシャル・ゴールドスミスさんの動画の話をしましたが、そのときのインタビューで、もう一つ重要なことをお話ししてくださいました。私が「意志が弱いから、なかなか行動を変えられない」と言ったら「いや、僕も意志が弱いんだ。自分で行動を変えるのは難しい。だから、人の助けを借りるんだ」ともおっしゃっていました。

 自己啓発の本は「意志力革命」とか、強い意志を持って頑張れというものが多いのですが、ゴールドスミスさんは「強い意志の力」は、ある意味否定しています。できないことをやり続ける必要はないし、それよりもできることをやりましょう、そのために人を頼ってもいい、と。ただ、それだけでなく、自分の中に問いを持って、それに向かっていきなさいという考えです。

 例えば、毎日「今日1日、本当にあなたは一生懸命努力しましたか」「1日が意義あるものでしたか」「そのために周りの人とどんなポジティブなことをしましたか」と自問自答し、目標ややりたいことに対してどのくらいコミットしたかを自分なりに考えていければ、よい行動習慣ができていくと言っています。

受動的な質問と、能動的な質問

尾上 『トリガー』に書かれている実験の話も興味深かったです。研修を受ける参加者たちをグループ分けし、その期間中、あるグループはフォローアップで「あなたは今日どの程度幸せでしたか」という「受動的」な質問をされ、他方は「幸せになるために、あなたは最大限の努力をしましたか」という「能動的」な質問をされる。

 その結果には、著しい違いが生まれたとありました。後者の能動的な質問をされたグループは、他のグループよりもずっと行動に改善が見られたそうですね。つまり、「○○するために、あなたは最大限の努力をしましたか」という能動的な問いを毎日自問自答することは、それ自体が1つの行動だし、自分の中で何かを変えていくきっかけになる。計画はするけど、意思が弱くて実行できない──じゃあ、どうしたらいいのかということへのヒントになると思います。

三田 トリガーは「引き金」という意味ですが、私たちの思想や行動を変える刺激、きっかけとなるトリガーは、周囲にたくさんあります。トリガーにはよいものも悪いものもあるから、悪いトリガーを取り除いて、よいトリガーを受け入れていけるといいですよね。悪いトリガー、悪い習慣に取り込まれたら、それがずっと悪循環になってしまいますから。「悪い癖」とも通じる話ですが、よいトリガーを仲間にすることが大切です。

尾上 『コーチングの神様』と『トリガー』の2冊を読めば、自分を変えていける素晴らしいきっかけになりそうです。

三田 今はいろいろな自己啓発本が無数に出ていて、どこかで読んだ話だな、と思う部分もあるかもしれませんが、この2冊は非常に本質的でベーシックな教えを与えてくれます。そして心理学の知見が含まれた、実証された内容だと思います。

尾上 この2冊がバイブルにもなるということですね。そして、2024年に出版された『 よい人生は「結果」ではない 』(マーク・ライター共著、斎藤聖美訳/日本経済新聞出版)はゴールドスミスさんの考え方や思想を仏教的なアプローチで理解する本ということで、併せて読んでもらいたいですね。

文/三浦香代子 構成/山崎 綾、市川史樹(日経BOOKプラス編集)

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