DXを推進しようにも、「何から始めたらいいか分からない」「人材がいない」と頭を悩ませる企業は、今も多いのではないでしょうか。『総務部DX課 岬ましろ』の主人公も、そんな洋菓子店チェーンの会社で突然DX担当に任命され、悪戦苦闘しながらプロジェクトに取り組んでいきます。本書の著者、Kaizen Platformの須藤憲司さんに、DX化の現場で直面する課題や実践的な解決策について話を聞きました。今回は3回目。(聞き手は、担当編集の雨宮百子)
ミドル層で起きやすいハレーション
担当編集・雨宮百子(以下、雨宮) 『総務部DX課 岬ましろ』 の帯にもあるように、「若いからデジタルが分かるだろう」と、DX担当は若手に無茶振りされることが多いと思います。役員や社長、年配層と若手とのすれ違いは起きないのでしょうか。
須藤憲司・Kaizen Platform代表取締役(以下、須藤) 経営層と若手のすれ違いも起きますが、より深刻なのは、中間管理職と若手のすれ違いです。
やはり、トップには危機感があります。むしろ役員や部長といった層が抵抗勢力になることが本当に多いんです。
カクイチの田中離有社長にお目にかかったときに聞いたのですが、カクイチで「Slack」や「Unipos」を導入したら、「課長の意味がなくなった」という声が上がったのだそうです。
Slackには、「現場でこんなことがありました」という状況報告がどんどん入ってきます。コミュニケーションがフラットになるんですね。それまで中間管理職は情報が自分に集まっていたから権威があったけれど、役職関係なく情報がフラットになると、その力を発揮しづらくなってしまった。DXを進めると何が起きるかというと、このように昭和的な価値観がトランスフォームされてしまうのです。
雨宮 なるほど。
須藤 例えば「部長」「課長」という役職や、「書類は紙で配れ」「お茶を出せ」などの慣習は、DXをやればやるほど排除されていくでしょう。
DXの生みの苦しみは、中間層がトランスフォームできるかどうか、というところに行き着きます。いろいろな会社を見てきたなかでも、やはりそこでハレーションが起きる。デジタルを頑張って進めていこうという現場の人たちと、「いやいや、そうは言ってもさ」とブレーキをかける人たち。ここをトップや経営陣がいかにマネジメントできるかが、最難関だと思います。
雨宮 危機感についてですが、多くの中小企業の創業者が危機感を持つ一方、大企業のサラリーマン社長は「自分の代であまり問題を起こしたくない」とか、反対に「何かぶち上げて、それを自分の経歴にしたい」とか、それぞれ事情が若干違う気もします。企業の規模にかかわらず、トップはトランスフォームがうまくいかないことなどに危機感を持っているのでしょうか。
須藤 例えば上場しているような企業の社長は、株主や株価と向き合いますよね。これは明確な通知表です。グローバル競争をしていると、それこそ「めちゃくちゃやばい」と思っているでしょう。
今、競争力がある会社は、ずっと前から危機感を持っている会社です。そういう会社はいい人事をしていることが多いので、危機感を持っている人がトップにいますし、そういうなかで「安泰だ」と思っている人はほとんどいないのではないでしょうか。逆に、既成産業で厚く守られている企業は、危機感を持っていないことも多いですね。
雨宮 企業の状態で、大きな違いが出てきていると。
須藤 はい。脈々と守られてきている企業は、なかなかトランスフォームする足腰がないともいえます。現状のままで勝っているなら、変えられないですよね。急に動いたら、筋断裂を起こすとか、アキレスけんが切れる…というイメージだと思います。
DX成功にはボトムアップ体制が必須
雨宮 地道な草の根活動だったり、ツールの導入だったり、大企業・中小企業関係なく、そのような積み重ねがDX推進につながっているんですね。
須藤 DXは現場に浸透させていく活動です。普通の会社は基本的にトップダウンで、体をめぐる神経のように上から情報が落ちてきて手足が動く感覚で、現場が動きます。でも、DXは現場で起きたことから学んで吸い上げ、会社全体にどうやって広げていけるかという、逆の神経回路が必要になります。
このボトムアップがない会社が意外と多いんです。DXに関しては、下で動いているいい人材を引っ張り上げて、上を変えるチェンジマネジメントが必要です。
雨宮 Slackのようなツールを入れると情報格差がなくなりフラットになるというお話がありましたが、どんなツールを使うか、どういう意識を持っているかによって、数年後の状況は全く違ってくるでしょうね。
須藤 そうですね。それからDXはデジタルの活動なので、データが取れます。今はどの会社の中期経営計画を見ても抽象的ですが、DXを進めるともっと具体的な言葉になるでしょう。
それには、現場で起きていることをどれだけ経営側が吸い上げられるかが大切です。中間管理職が現場にちゃんと目配り、気配りをして、現場のプラクティスをどれだけ会社全体の方針に接続できるかが重要ですね。
本書でも、主人公の上司はあまり仕事をしていない感じがするかもしれませんが、陰で結構サポートしています。「実はそういう人の役割が大事ですよ」と示唆しているんです。
雨宮 そう聞いてから本書を読むと、また違った角度で楽しめますね。
構成/三浦香代子