なぜ、あのビジネスは勝ち続けられるのか? ちまたには「カテゴリー」や「バズワード」による説明があふれているが、資本主義的なビジネスの成功に共通する仕組みがある。フェイスブックからマグロのトロ、着物の売買まで、高く評価される事業には「価値移転」が潜んでいる。一橋ビジネススクールの楠木建・特任教授と、ベンチャーキャピタルの第一線で活躍し『ゼロから創らない戦略 イノベーションを駆動する「価値移転」の法則』(日本経済新聞出版)を刊行した野本遼平氏が、「価値移転」というレンズで事業の勝ち筋と、日常に埋もれたビジネスチャンスの見つけ方を徹底的に言語化する。オンライン対談の1回目。
単なるカテゴリーとは違う優れたコンセプトとは?
グロービス・キャピタル・パートナーズ ディレクター 野本遼平氏(以下、野本) 「日の下に新しきものなし──『価値移転』のコンセプトは戦略構想の革新を鋭く捉えている」というありがたい推薦を今回いただきました。先生にとって優れたコンセプトとは、どのようなものでしょうか?
一橋ビジネススクール特任教授 楠木建氏(以下、楠木) 価値移転というコンセプトは、非常に魅力的なものだと感じました。世の中に出回っているビジネスの成功についての分析は、ソフトウエアやAI(人工知能)といった単にカテゴリーを紹介しているだけのものが多くあります。
こうした議論では「なぜそれが優れているのか?」「成功の秘訣は何なのか?」という論理が抜け落ちてしまっています。論理を凝縮したものがコンセプトになるのですが、価値移転はまさにそれを体現しています。
一橋ビジネススクール特任教授
野本 うれしいお言葉、恐縮です。私はベンチャーキャピタルでスタートアップや新規事業への投資をしているのですが、周囲でもまさにカテゴリーの話が先行して、楠木先生のおっしゃる「飛び道具」的なキーワードに関心を寄せる方が少なくない印象があります。
もちろん、カテゴリーや飛び道具自体はマーケティングやプロモーション的にも有効な側面があることは否定しませんが、本質は違うところにあるのではないかと感じるところもありまして、今回あえて抽象度を上げて、資本主義的なビジネスの成功の裏で一体何が起きているのか考察し、それを体系化したのが『ゼロから創らない戦略』です。
楠木 抽象度が高いということは、一見つながりのないような様々な現象が1つのレンズで見えてくるとか、1つの切り口で説明できるということです。ある主体が属する経済体系である内部経済と、その外側の外部経済、そして2つの経済を仲介するゲートキーパーからなる価値移転というメカニズムであらゆる現象を捉えると、その本質が見えてくる。これは非常にパワフルなコンセプトだと感じました。
最も切れ味の鋭いフェイスブックの事例
野本 楠木先生が面白いと思った事例はありましたか?
楠木 書籍の中では様々な事例を取り上げて、価値移転というコンセプトを紹介されていますが、このコンセプトが非常に的確に説明されていると感じたのは、フェイスブックの事例だと思います。
野本 フェイスブックは、テクノロジーによるリソースの再定義、分離されたエコシステムの発見、「原材料」の無償獲得、関所の構築、外部不経済の発生、レギュレーションによる事後的対応など、インターネット時代に起きた価値移転のすべての要素が分かりやすく発現している稀有(けう)な事例でして、「今さらSNS(交流サイト)の話?」と読者に思われる一抹の不安を抱えながらも、本書では取り上げないわけにはいきませんでした。
楠木 SNS関連の事業で当時先行していたMySpace(マイスペース)に後発のフェイスブックが勝てた要因は、一般的には実名制であったことや排他的であったことが語られがちです。しかし、価値移転というレンズを通して両者の戦略を捉え直すと、まったく異なる見方ができ、核心を捉えることができました。
マイスペースは、新しい関係性やネットワークをオンライン上にゼロからつくろうとしましたが、フェイスブックはすでに存在していた「ソーシャルグラフ」(個人同士のネットワーク)をそのまま自社のプラットフォーム上へ価値移転させました。サービスの設計が実名制で排他的になったのは、「結果的に」そうなったという点で、一般的に語られる勝因とは異なります。
先行優位なのか後発優位なのかという議論についても、「プロダクトリリースを基準とするとマイスペースが先行していたのかもしれないが、価値移転の仕組みを構築したという観点においてはフェイスブックが先行していた」という指摘は、読んでいて最も切れ味の鋭いところだと感じました。
野本 「フェイスブックの実名制」とか、「クラブハウスの招待性」という表面的な機能や仕組みだけをまねしようとする方も少なくありません。そうした取り組みが結果的に成功するときもあるのでしょうけど、「根本のメカニズムは違うところにあるのではないか」という違和感をずっと持っていました。それを改めて価値移転という視点を用いることで、構造を言語化できたのではないかと思います。
また、先行優位や後発優位の議論も、ちまたでは、何をもって先後を判断するのか、何をスタートの基準時とするのかがあいまいなことが少なくありません。私には法律家としての側面もあるのですが、実は法律家の世界では、何かを判定するときに、その基準時がいつなのかが頻繁に論点になります。こういった、法律家の常識をビジネスの世界に価値移転しているところが、楠木先生にとっては切れ味鋭く感じられたのかもしれません。
マグロも着物もマイナス評価をプラスに
楠木 価値移転は2つの異なるエコシステムをまたぐわけですけれども、外部経済では移転対象となるリソースが過小評価されていて、それゆえに安く、早く手に入るわけです。ですが、安いどころかマイナスだとなお良いですよね?
有名な話で言うと、マグロのエピソードがあります。マグロのトロは昔、廃棄コストをかけて捨てられていました。ところがあるときから「トロはおいしい」ということになって、今では非常に高級な食材になっている。
このケースはエコシステムをまたいでいるのではなく、単に時間的な変化かもしれませんが、そういった例は他にもあると思います。特に2次流通の領域などではたくさんありそうです。
例えば、私が少しお手伝いしている会社にオークネットという会社があります。2次流通の仕組みや市場の設計を事業としているのですが、そこではコストをかけてどうにかして捨てなければならないものが、ある文脈に入れるとものすごく価値を持つものになっています。
野本 着物やブランド品の買い取り・販売を手がけるバイセルテクノロジーズも、そうした側面がありますね。メルカリが主に扱う商品は所有者にとって「タンスの肥やし」ですが、バイセルが対象とする着物などは、不用品であることは大前提として、処分の手間も負担に感じているケースが多いそうです。
グロービス・キャピタル・パートナーズ ディレクター
出品はもちろん発送も含めて身体的にも負担が重く、いわゆる取引コストが他の商品と比較しても高い。だからこそ、「もはやマイナス」になっている着物や反物を含めた不用品を出張で買い取りしてくれるというのが受け入れられており、同時に、バイセルとしては高いマージンを確保できているそうです。
あるエコシステムではマイナス評価のものを仕入れて、他のマーケットで流通させていくという観点は、まさに価値移転の実践につながるものです。
埋もれている事業機会も価値移転で発見
楠木 本当にそういうことです。ですから、今もしかしたらあるかもしれない事業機会は、価値移転という考え方があって初めて見えてくるということですよね。本にも書かれていましたが、リソースは初めからリソースとして存在しているわけではない。価値があると認識できない状態で埋もれているのだと。これがテクノロジーの出現や社会変化といった何かのきっかけで再定義されて、リソースとして浮上してくる。
野本 おっしゃる通りです。私たちが事業機会を探る際に最も重要なのは、「この新しいテクノロジーや社会の変化は、いったい“何を”リソースとして再定義する可能性があるのか?」という想像力なのではないかと思います。何らかの変化によって再定義されるリソースを他者に先駆けて独自の視点で捉えることこそが、価値移転を仕掛け、大きな利潤を生み出すための最大のカギになるはずです。
楠木 これは裏を返すと、今多くの人が価値あるリソースだと認識しているものは、外部経済としては面白くない、魅力的ではないということですよ。労働やスキルの価値移転の事例としてアクセンチュアのオフショア開発の話がありましたが、これは私からすると外部経済としては魅力的だとは思えません。確かにアクセンチュアは価値移転の構築に最初に成功しましたが、模倣も可能だと思います。
ライドシェアのウーバーも、レビュー機能による信頼性担保とかキャッシュレス決済とか関所としての性能を上げていくのですが、競合企業が次々と現れて、寡占に至るまでに投資を続ける必要がありました。いずれも、競争戦略の独自性という面が少し弱いと感じました。
逆に私が最近、面白いと思っているのはSHIFTというソフトウエアのテストを事業とする会社です。それほど花形ではなかった仕事を再定義することで、ものすごく重要な価値が生まれています。
価値移転というコンセプトを頭の中に持っていると、日常のいろいろな現象や情報が違って見えてきて、その中に非常に重要な機会が埋もれていることに気づくことができます。ここはすごく重要なポイントだと思います。
(第2回に続く)
文/橋口いずみ バナー写真(楠木氏)/斎藤弥里
野本遼平著/日本経済新聞出版/2420円(税込み)


