ニーズをくまなく調べるべきか? コストを極限まで削るべきか? 美しいビジネスモデルを構築すべきか? 起業や新規事業創出には正攻法はなく、先が見えなくても、進み続けなくてはならない。「東北楽天ゴールデンイーグルス(楽天イーグルス)」の立ち上げ、ヤフーでの「PayPay」立ち上げなど数々の事業を成功させ、自身の評伝『小澤隆生 起業の地図』(北康利著/日経BP)が刊行された小澤隆生氏(ブーストキャピタル代表取締役)と、ベンチャーキャピタルの第一線で活躍し『ゼロから創らない戦略』(日本経済新聞出版)を刊行した野本遼平氏(グロービス・キャピタル・パートナーズ ディレクター)が、起業・事業創出について徹底的に語り合い、成功の秘訣を探る。対談の前編。
勝てる事業の「ゼロから創らない仕組み」
グロービス・キャピタル・パートナーズ ディレクター 野本遼平氏(以下、野本) 10年ほど前、当時の上司に映画に誘われてついていったのですが、そこに小澤さんもいらして、ご挨拶させていただいたのが最初の接点だったと記憶しています。なぜか3人でインド映画の『バーフバリ』を鑑賞するという、実に奇妙な会でした。
2026年1月、私は『ゼロから創らない戦略』という本を出版し、イノベーションの裏側に隠された「価値移転」という概念について解説しました。今回は、この価値移転という考え方をベースに、小澤さんが携わられてきた事業に新たな光を当てて分析し、感想を伺いたいです。
ブーストキャピタル代表取締役 小澤隆生さん(以下、小澤) この「価値移転」とはどういった考えなんですか?
野本 何かビジネスをするときに、普通に値段がついているものを仕入れると利益が出にくいですよね。しかし、特定のエコシステムでは過小評価されているものを、安く仕入れて、違うところで売るのが「価値移転」です。
具体例を挙げると、Facebookの収入源は広告事業ですが、ユーザーデータの仕入れに直接的な対価は払っていません。ユーザーデータの仕入れはほぼ原価ゼロの状態なのに、それを加工して広告プロダクトにすると儲(もう)かるというSNS(交流サイト)事業の成功例となりました。資本主義の枠組みの中で勝っている企業は実はこの「価値移転」で稼いでいるのではないか、と本書では考察しています。
「価値移転」といえば、もともとヤフーも米国発ですが、その仕組みをうまく日本に移転しました。なぜ成功したのか、小澤さんはどうお考えですか?
ブーストキャピタル(Boost Capital) 代表取締役
ビジネスの基本は「根源的ニーズの把握」から
小澤 いやあ、当時はまだヤフーにいなかったからね(笑)。ただ、FacebookやGoogleでいうと「ユーザーのニーズというものをバカスカ投げ込めるボックス」を持っているわけです。検索ボックスですね。ユーザーの興味関心がデータとして無料で入ってくるというのはすごいことで、無敵のビジネス。
なぜなら、ユーザーの欲しいものが分かっているんだから、それに合わせて商品さえ充ててしまえば売れるのは確実です。今はFacebookでもGoogleでも検索ボックスが究極のニーズ収集装置になっていて、確かにタダでニーズを聞き出せる「価値移転」が起きていそうです。この仕組みを持っていれば米国でも日本でも、世界中どこでもビジネスは成功するでしょうね。
野本 ユーザーデータの話でいうと、まさにここに「価値移転」の構造が表れていると思います。例えば、企業がマーケティング戦略を立てるとき、従来であればリサーチ会社に数百万円、場合によっては数千万円を払って消費者調査を委託するわけです。
しかしGoogleやFacebookは、小澤さんがおっしゃったように「検索ボックス」や「いいね」というユーザー体験そのものを通じて、精緻なデータをほぼゼロコストで手に入れているわけです。しかも従来の調査だと「ある時点のスナップショット」に過ぎないのに対して、プラットフォームに蓄積されるデータはリアルタイムかつ継続的で、量も桁違いです。
こういった仕入れコストの非対称性こそが、彼らの利益の源泉であり、「価値移転」そのものです。ある経済圏では「お金を払って買うもの」が、別の経済圏では「タダで湧いてくるもの」になっている。
小澤 確かに。そのように考えられそうです。
野本 「ユーザーの根源的なニーズから考える」のが小澤さんの経営理論ですが、そのときに、先ほどおっしゃっていた「ユーザーのデータが無料で入ってくる」といったような「仕入れ」の観点にはどのくらい比重を置きますか?
「仕入れ」と「モデル」どちらで考えるべき?
小澤 まずはマーケットのニーズ、解き明かすべき課題、サステナブルであるかどうか、より利益率を上げるにはどうしたらいいかというビジネス上の観点があり、その中で仕入れについても考えます。要するに、何かを欲しい人がいる、それを提供できる人がいる。両者の「内外価格差」が作れるかどうかが勝負になります。
野本 その「内外価格差」の見立ては、事業や投資の意思決定でどのように考慮されていますか? 「意外と利益が薄いからやめておこう」ということはありますか?
小澤 しょっちゅうですね。とはいえ、正直なところ、僕は仕入れ値をものすごく下げるようなビジネスはしてきませんでした。例えば、プロ野球の「仕入れ」とは何か? プロ野球でお金がかかるのは人件費ですが、選手の報酬を仕入れと考える人はいないのでは?
無理に仕入れ値を下げなくても、いいものを提供できれば利益は上げられます。ディズニーランドでも同じアトラクションなのに、追加で料金を支払えば優先的に乗れるプランがあり、利用料をさらに上げられるわけですよね。
私が最初に起業したeコマースのビジネスでは、マーケットプレイスという「自分たちは仕入れないけれども、商品を置ける」という構造上の仕組みを考えました。最初は古本から始め、古本を探している人、古本を売りたい人をつなぐプラットフォームを作ろう、と。この場合は仕入れを考えたというよりはビジネスモデルを工夫した、と考えるほうが近いかもしれません。
「楽天イーグルス」の立ち上げは再現できるか?
野本 なるほど。小澤さんといえば楽天イーグルスの立ち上げを抜きには語れませんが、球団再編があったからチャンスをつかみ取れたのでしょうか? 仮定の話になってしまいますが、例えば、球団再編がない状態から新しく1球団を作るのと、球団再編に乗じて1球団を作るのとでは、立ち上げコストはどのくらい異なってくる印象ですか?
球団が1つ減ったことによって行き場をなくした選手がいたことや、東北地方というプロ野球空白の地があったという構造がどのように影響したのかに関心があります。
小澤 楽天イーグルスは特殊事例だと思います。例えば、3年に1度、新球団の立ち上げが起きていてコストが比較できるのであれば別ですが、約50年ぶりに新球団ができ、その後は今に至るまで誕生していない。2004年当時は近鉄とオリックスの合併による球界再編問題があり、「1リーグ制はおかしいんじゃないか」という世論を受けて、楽天イーグルスができました。
球界再編問題がなかったら入れないので、そもそも論になってしまうかもしれません。再現性がないので、コストが高かったのか、低かったのかを比較するのは難しいですね。ビジネスには再現性も重要です。
グロービス・キャピタル・パートナーズ ディレクター
野本 楽天イーグルスといえば、球場の魅力を高めるための「ボールパーク構想」も功を奏したと思います。「球団」というリソースを飲食マーケットに持ち込んだ結果、集客力が高まったメカニズムがあるように見受けられます。
小澤 そうですね。ただ、仙台周辺の飲食店をライバル視したことはありませんでした。夜7時から9時ぐらいまで過ごす場所の1つとして、居酒屋がある。もし野球に興味がなかったとしても、居酒屋のように心地よい空間を作って、おいしい球場グルメがあって、しかも目の前で野球の試合があったら大勢で楽しく盛り上がれるよね、みんな来てくれるよねという発想でした。
「センターピン」を見極めるには?
野本 小澤さんは常々「事業の最重要ポイントとなる『センターピン』を見極めるのが大事だ」とおっしゃっています。これは身体感覚などのセンスとして身につけるものなのか、それとも構造的に分析しているのか、どちらですか?
小澤 見つけ方にはHowがあります。まず、自分がやろうとしているビジネス領域のトップ3社を探します。これはAI(人工知能)で比較しても、自分でサービスを体験してもかまいませんが、「なぜ、うまくいっているのか?」「単純に店舗数が多いのか」「サービスマニュアルが行き届いているのか?」「特許があるのか?」といった理由を探します。そうすると、その3社に「いい仕入れルートがある」などの共通点が見つかるケースがあるんです。仮説を立てて共通点を見つけ、その上で4位から10位も同じ観点で見ていくとリサーチが早く終わります。
野本 経営の変数は無限にありますが、ある程度当たりをつけておくということでしょうか?
小澤 同じ商品の売れ行きを見るにしても、安いから売れているのか、多少価格が高くてもコンビニエンスストアのように店舗数が多く、顧客にとって便利だから売れているのか、売れる理由が違います。価格や仕入れ値といったビジネスの変数は無限にあったとしても、最後の最後、先ほど言った「価格差をつけている理由」を探すのは、それほど複雑ではないと思います。
例えば、サービス内容や報酬が制約により変えられない事業があったとします。そうなると比較検討するのは、立地と営業時間。その上で上位を調べると、ウェブサイトでの集客、予約の取りやすさといったセンターピンが見えてきます。
「価値移転」でセンターピンを捉え直すと?
野本 例えば、トップ3社に共通して「いい仕入れルートがある」ことが分かったとして、なぜその仕入れルートが「いい」のか? 単に交渉がうまいからなのか? それとも、ある経済圏では過小評価されているものを別の文脈に持ってくることで価値が跳ね上がる構造、つまり価値移転が埋め込まれているのか?
「仕入れコストの非対称性」があるケースは、外から観察しただけでは分かりにくい。なぜなら、正規の市場取引だけを見ると何も異常がないように見えるからです。Googleの検索ボックスが「便利な無料サービス」に見えるのと同じですね。ですから、小澤さんの方法論に価値移転の視点を重ねると、「トップ3社は何を安く仕入れているか?」だけでなく、「その安さは、どのエコシステム間の評価のズレから生じているか?」まで掘り下げることが重要になります。
ところで、立地と営業時間がカギになるビジネスもあるというお話しでしたが、一般的にどんなビジネスでも立地がいいと物件の賃料も高いですよね。そのコストはどう考えますか?
小澤 客数です。賃料を上回る客数があれば勝ちです。その上で予約システムを整備する、回転率を上げる、といったことに気をつければ問題ありません。僕たちが実際に投資する際にもそうしたビジネスモデルを構築しますね。
40年前でも成り立つか?
野本 例えば20年前であれば、飲食店の客数は立地のポテンシャルにほぼ比例していました。駅前で人通りが多ければ、看板を出しているだけでも一定の来店がある。その場合、高い賃料は「客数を買っている」のとほぼ同義で、方程式はシンプルでした。しかし今は、インスタグラムの投稿1つで裏路地の無名店に行列ができたり、逆にGoogleマップの低評価1つで駅前の好立地店から客足が遠のいたりします。客数の源泉が「物理的な人の流れ」から「情報の流れ」に一部シフトしてきています。
そうなると、「賃料を客数、回転数で回収する」という計算式の分子のほうの決定要因が変わってくる可能性があるわけですが、それでも引き続き立地と営業時間というセンターピンは有効なのか? そこが気になるところです。
小澤 どんな時代でも、立地がよく、営業時間を延長すれば、ほぼカバーできます。実は、40年前でも今でも通じるビジネスモデルを見つけるほうがテクノロジーの変化に耐え得る。例えば、「おいしいものを食べたい」という人の気持ちはいつの時代も変わりませんし、食べログやGoogleマップで口コミが集まっているところは繁盛します。インターネットが普及する前から存在しているミシュランという権威によっても評価されますよね。普遍的なビジネスモデルは多少の変化はあっても、大きくは変わりません。
(後編に続く)
取材・文/三浦香代子 写真/鈴木愛子
野本遼平著/日本経済新聞出版/2420円(税込み)




