もともとあった交通系ICやQRコード決済よりも、「PayPay」が圧倒的な支持を得ている。日本において、なぜ他社を差し置いて急成長できたのか? 「東北楽天ゴールデンイーグルス(楽天イーグルス)」の立ち上げ、ヤフーでのPayPay立ち上げなど数々の事業を成功させ、自身の評伝『小澤隆生 起業の地図』(北康利著/日経BP)が刊行された小澤隆生氏(ブーストキャピタル代表取締役)と、ベンチャーキャピタルの第一線で活躍し『ゼロから創らない戦略』(日本経済新聞出版)を刊行した野本遼平氏(グロービス・キャピタル・パートナーズ ディレクター)が、起業・事業創出について徹底的に語り合い、成功の秘訣を探る。対談の後編。
米国ビッグテックとの戦い、勝算はどこに?
グロービス・キャピタル・パートナーズ ディレクター 野本遼平氏(以下、野本) 前回、食べログとGoogleマップの話題が出たので深掘りさせてください。今までは口コミといえば食べログが強かったけれど、Googleマップも伸びていますよね。この競争はどう見ていますか?
ブーストキャピタル代表取締役 小澤隆生さん(以下、小澤) 口コミの数で考えると、日本の飲食店だけの食べログと、世界中の飲食店のGoogleマップを比べると、長期的にはGoogleマップが強くなりますよね。
野本 口コミの数を上手に、大量に集めるとなると、結局はビッグテックが構造的に有利になりますよね。Googleマップの口コミは、ユーザーが地図やナビを使う行動の「ついで」に生まれる副産物のような側面もあるので、彼らの口コミの仕入れには、私が『ゼロから創らない戦略』で紹介した「価値移転」的な側面があります(価値移転とは、特定のエコシステムでは過小評価されているものを安く仕入れて、違うところで売ること)。
ここにもまた、「消費者の声」というデータの仕入れコストの非対称性があるわけです。食べログに限らず、国内で特定領域の口コミや評価を専業で扱ってきた事業者が、ビッグテックのプラットフォームに飲み込まれていく流れは、もう不可逆なものなのでしょうか?
小澤 基本的には致し方ない流れですよね。そこに対して何かしらの風穴が開けられるんだったら、「うまくやったな」と。でも、よほど強烈なものを作らないといけないですよね。例えば、PayPayのように7~8年で莫大な資金を投じるユーザーを集められるという事例も何年かに1回は誕生しますが、難易度は高いと思います。
野本 過去にもQRコード決済の会社はあったと思いますが、過去事例はどのように分析しましたか?
小澤 数百兆円の決済金額のうち現金決済が200兆円を超えていて、それに対してQRコード決済は十数億円ぐらいだったので、ないも同然でした。
「孫正義」という存在と現場の「やり切る力」
野本 現金決済市場に対してQRコード決済がわずか十数億円だったということは、価値移転の観点からすれば、目の前に膨大な「別のエコシステムでは価値が高い情報」が転がっていたわけですよね。現金で払っている消費者の行動データには本来、広告や金融サービスへの展開可能性がある。しかし現金である限り、その価値はどこにも捕捉されない。
つまり、その現金決済をデジタルに移し替えさえすれば、決済手数料だけでなく、データという副産物も丸ごと手に入る構造だった。機会の大きさは誰の目にも見えていたはずです。なぜ先行していた他社はそこから突き抜けられなかったのでしょうか?
小澤 その会社のコンディションによりますよね。使えるお金、もともと持っているユーザー、意思決定の早さとか。
野本 なるほど。PayPayの場合は、ヤフーという母体が持っていたユーザー基盤と、ソフトバンクグループの資金力がありましたね。しかし冷静に考えると、似たようなコンディションを持っていた大企業は他にもあったはずです。にもかかわらずPayPayが突き抜けた理由は、単なるリソースの有無ではなく、それをどの速度で、どの規模感で投入するかの意思決定ができた、という点にあるように思います。つまり、リソースを持っていることと、それを一点に懸けきれることの間には、大きな断絶がある。何がPayPayにはあって、他社にはなかったのでしょうか?
ブーストキャピタル(Boost Capital)株式会社 代表取締役
小澤 結局、僕は孫正義さんがいたか、いないかだと思います。それを言っちゃあ、おしまいですが(笑)。もしかしたら、銀行も頑張ればできたかもしれないし、ユーザー数だけでいえば大手通信会社にもできたかもしれない。でも、強烈な意思決定を迅速にやり続けられたのは、孫さんという存在があったからで、成功の大半が説明できると思います。
野本 楽天もできなかった。
小澤 やろうとしていなかったですね。僕らにはユーザー数とeコマースという決済金額の土台があり、ソフトバンクというキャリア、膨大なポイントを自費で負担している仕組みがありました。ヤフー単体、ソフトバンク単体では無理です。もちろん、現場がものすごく頑張り、その上に孫さんがいたという組み合わせで、創業8年ぐらいで時価総額3兆円になる会社ができた。他にそんな事例はないと思います。細い穴に針を通すには、必死でやり続けないといけないですね。
次の1兆円規模の企業はどのようにして生まれるか?
野本 今、小澤さんはスタートアップへの投資もしていますが、そんな規模の会社が今後出てくるかについては、どうでしょう?
小澤 もう、本当に確率論としては低いですよね。ただ、ゼロではありません。
野本 インターネットなどの成熟した領域だと、どうしてもすでに強いところがさらに投資を重ねて強くなるイメージがあります。巨大化、例えば時価総額1兆円を目指すとしたら、そういった領域は避けたほうがいいのでしょうか?
小澤 1兆円だったら、なんとかなるかもしれません。例えば、ヤフオクがあるのにメルカリが躍進したように。ZOZOも1兆円を超えました。細い針穴を1000個ぐらい通すと1兆円はいくかもしれない。ただ、3兆円となると、ちょっと想像がつかないですね。
野本 1つ気になるのは、資本の量の問題です。PayPayは数千億円規模の投資を集中投下して、数兆円の企業価値を生み出しました。小澤さんがおっしゃるように、あの「強烈な意思決定を迅速にやり続ける」ためには、投入できるリスクマネーの総量が前提になります。しかし、日本のベンチャーキャピタルの年間投資額は、米国の数十分の1です。このリスクマネーの総量が足りないことが、日本から巨大なスタートアップが生まれない理由であるという声もあります。大勝負を張るための資金は本当に足りているのでしょうか?
小澤 足りていると思いますよ。まだまだ経営者のスケールが小さく、そちらのほうの数が足りていない。
足りないのは1000億円規模の勝負をした人材
野本 経営者の「スケールが小さい」というのは、どういったときに感じますか?
グロービス・キャピタル・パートナーズ ディレクター
小澤 やっぱり1000億円の勝負やった人じゃないと、次にいけません。僕も1兆円、2兆円規模の仕事をして分かったことがたくさんあります。戦い方が分かったというか。ただ、それを1から学ぶとなると「失敗し続ける」可能性が高いから大変なんです。ものすごく優秀な人が小さな市場を選んでしまったがゆえに、小さな箱の中に閉じ込められているケースを見ることがありますが、それだったら早く会社を売って、新しく、でっかい領域を探したらいいのにと思います。
僕は25年も前に会社を売り、楽天に移ってサービスをやろうとしました。スタートアップが3兆円規模になることの難しさを知っていますが、スタートアップで3兆円になるのと、大企業で3兆円規模の事業を作ることの社会的な価値って、そんなに違うかなと。実は「スタートアップ」を主語にし続ける意味を、そこまで強くは持っていないんですよ。
野本 すごく分かります。正直に言えば、「スタートアップであること」自体には本質的な価値はないと思っています。価値があるのはイノベーション、私なりの言葉で言うと、「社会構造や産業構造の新陳代謝を仕掛けていくこと」であって、その主体がスタートアップか大企業か政府なのかは、本質的にはプロジェクト形態の選択に過ぎないわけです。
むしろ、小澤さんがPayPayで証明されたように、大企業の内部にあるユーザー基盤や資金力、既存インフラといった「すでにそこにある資産」を組み合わせてレバレッジをかけたほうが、ゼロから積み上げるより圧倒的に早いケースがある。ゼロから創ることに美学を持ちすぎると、すでに存在する価値を生かす発想が閉じてしまう。
日本の大企業にもチャンスはある
小澤 もちろん、スタートアップが3兆円規模になったら「すごい」となるけれど、ユーザー側からしたら、PayPayをソフトバンクグループがやっていようが、スタートアップがやっていようが、関係ないかなと。便利なら、どこでもいいですよね。
大企業におけるイノベーションを訴求したほうが使えるお金もリソースもあるし、もったいない。スタートアップで一定の規模までいったら、大企業にマージされて、その中でレバレッジをかけて成長するのもいい。もちろん、夢とロマンを追ってスタートアップでいく道もありますが。
野本 小澤さんのお話を聞いていると、大きな金額を扱い、大きな意思決定をした経験そのものが、次の勝負における最大の資産になるということですよね。だとすれば、日本にはその経験を持った人材が大企業の中に相当数いるはずです。メガバンクで数千億円の融資を動かしてきた人、総合商社で数百億円規模の事業投資を仕切ってきた人、大手メーカーで海外市場を開拓してきた人。彼らが独立して、あるいは新しい器で、その経験をスタートアップ的な領域に持ち込めば、小澤さんがおっしゃる「1000億円の勝負をした人じゃないと次にいけない」という条件を満たすプレーヤーがもっと増えてもおかしくない。
しかし現実には、大企業の幹部が飛び出して、新しい事業を立ち上げるケースは極めて少ない。これはなぜなんでしょうか? それとも、今後は増えていきそうでしょうか?
小澤 残念ながら、日本では今後も少ないかなと。僕としては、スタートアップで大企業に買われ、大企業の経営陣に入り、そこで辞めたらいいじゃん、と思っています。僕自身はそれを2回やっています。だから、ずっと「再現性が高いですよ」と言っているんですけどね。
野本 そのお話は、ヤフーという特殊な環境だったからこそ成り立ったということはありませんか? 買収した会社の経営者をそのまま幹部に据えて、大きな裁量を与えて活躍させる。これは言葉にすると簡単ですが、実際にやれている日本の大企業はほとんどないと思います。私も買収側でPMI(買収後統合プロセス)をやってきた経験がありますが、多くの場合、買収されたスタートアップの人材は統合プロセスの中で既存の組織ルールに組み込まれ、意思決定のスピードも裁量も削がれていく。
これは、買い手の企業が上場会社であれば、コーポレートガバナンスとして致し方ない側面もあるのですが。結果として、スタートアップ時代の機動力を失ってしまうケースも少なくない印象です。
ヤフーやソフトバンクグループにはそうならない何かがあるはずで、それは組織の仕組みなのか、カルチャーなのか、あるいは特定の人物の存在なのか。他の大企業との決定的な違いはどこにあるのでしょうか?
大企業はでかい買収を通じた背水の陣で挑め
小澤 ソフトバンクには創業経営者である孫さんがいるのが大きいですね。
野本 創業経営者だと何が違いますか?
小澤 創業経営者は意思決定が早いし、責任が取れる。権力基盤が極めて強いですよね。もし、任期が4年や6年だとすると、PayPayが黒字化するのに間に合わないじゃないですか。2000億円とか赤字が出ているタイミングだったら、クビになります。「いや、やるんだ」と言ったら、やり続けられる。投資に対して責任を取れるのは、全然違いますよ。
野本 資本主義では利益の源泉は「差異」ですが、大きな差異を生む挑戦にはたいてい先行赤字の長い谷があります。経営者として任期や年度評価に縛られてしまうと、その途中で短期的に可視化される「成果」を選びやすい。一方で、創業経営者の究極的な強みは「能力」ではなく「退出しない構造」にあるのかもしれません。
もし創業経営者がいないような大企業が、PayPayのような長期の投資を伴う不可逆的な賭けに踏み出したいと思ったとして、その「退出しない構造」を人為的に作り出す方法はあるのでしょうか? 小澤さんなら、そういう大企業にどんなアドバイスをしますか?
小澤 買収ですね。買収はその瞬間における意思決定なので。事業をやる、やらないではなく、減損リスクにヒリヒリしながら経営せざるを得ない状態を作ってしまう。「でかい買収をやりましょう!」と勧めます。
買収というのは、ZOZOのような大きな会社を買うことです。新規事業を始めるときにスタートアップを買収するのは、成功する確率が低いですから。でかい会社、みんながいいと思うような会社を買収する。そんな会社は誰もが欲しいし、高い。買ってしまったら減損リスクを抱えるから、めちゃくちゃ頑張る。そんな追い込む状況を自ら作り出すといい。
唯一無二になるためには「使う理由を突き詰める」
野本 『ゼロから創らない戦略』ではZOZOも取り上げました。時価総額1兆円を超えていた時期もありますし、ファッションeコマースの代名詞になっていますが、冷静に振り返ると、ZOZO以前にもオンラインで洋服を売ろうとしたプレーヤーはいたはずです。にもかかわらず、なぜ前澤友作さんが創業したZOZOだけがあのポジションまで上り詰めたのか?
小澤 正直なところ、創業期の頃はあんまり覚えていませんが、当時は裏原(裏原宿)の洋服が人気でした。結局、インターネットで洋服を買う意味は「インターネットでしか手に入らない」か「インターネットで買ったら、めちゃくちゃ安い」のどちらかです。ZOZOは「インターネットでしか手に入らない」「裏原か、ZOZOか」という世界観をしっかり作ったんですよね。
野本 なるほど。小澤さんの分析を価値移転の視点で捉え直すと、ZOZOは「裏原宿というエコシステムとインターネットというエコシステムを媒介する商社」だったとも言えますね。裏原のブランドの価値は物理的な立地に閉じ込められていた。週末にわざわざ原宿まで行ける人しかアクセスできません。
つまり、ブランドの持つ価値に対して、ディストリビューションのキャパシティが圧倒的に足りていなかった。ZOZOはその「閉じ込められた価値」をインターネット上に移転することで、全国の消費者に届けた。ブランド側にとっても、新たに実店舗を出す家賃も在庫リスクも負わずに販路が広がるわけですから、ZOZOに商品を預ける理由は十分にあった。
しかも、前澤さん自身が裏原カルチャーの当事者だったからこそ、ブランド側の信頼を得られたという側面もあるような気がします。テクノロジー企業が外から入ってきても、あの世界観の信頼は獲得できなかったのではないかと思います。
小澤 そうですね。明確に使う理由を作れたと。一休.comもそうで、外資系のホテルや老舗旅館など、「一休でしか予約できない」という営業を頑張ったのが勝因だと思います。結局は営業力なんですよ。僕らもPayPayでは「現金かPayPayか」という状態を目指そうとして、営業で地方を回りましたね。ビジネスでは「使う理由を突き詰めていく」というのが重要です。
野本 一休の話は、エコシステムの分離という観点で興味深いですね。電話を除くと「一休でしか予約できない」ということは、エコシステムが分離されており、ネットで予約できる高級旅館には希少性があり、しかも一休がその関所で流通をコントロールしていることを意味します。
そして、見落としてはいけないのは、エコシステムの分離は「設計」だけでは完成しないということです。一休がいくら高級特化のコンセプトを掲げても、肝心の高級宿が載っていなければ、ただの空箱に過ぎない。ZOZOも同じで、裏原のブランドが実際に商品を預けてくれなければ、プラットフォームとしての価値はゼロです。つまり、供給側のリソースを一軒一軒口説いて囲い込み、「ここにしか載っていない」という状態を作り上げる作業が不可欠で、それこそが小澤さんのおっしゃる「営業力」の本質なのだと思います。リソースの独占的な集積それ自体が、そのまま参入障壁に転化するということですね。
小澤さんのおかげで、ビジネスのさまざまな原理原則を確認できました。
取材・文/三浦香代子 写真/鈴木愛子
野本遼平著/日本経済新聞出版/2420円(税込み)



