Netflixドラマでも大人気となった『地面師たち』は、実際に起きた不動産詐欺事件がヒントになっています。原作の元本となったのが森功さんのルポルタージュ『地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』でした(文藝春秋4月号から続編の連載を開始)。ディープな取材で社会問題に切り込む大宅賞受賞作家の森さんに、ノンフィクションを取り巻く現状と、その魅力に出会うことができる作品について聞きました。

1回目 『地面師』森功が読む ジャーナリズムの神髄に触れる3冊 今はここ
2回目 森功 「見ているはずのもの」から事実を掘り起こした3冊
3回目 森功 圧倒的な取材で事実を突きつけるノンフィクション
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森功(もり・いさお)
ノンフィクション作家
岡山大学文学部卒業後、伊勢新聞社、『週刊テーミス』『週刊新潮』編集部などを経て、2003年に独立。2008年、2009年「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞作品賞」を連続受賞。2018年には『悪だくみ 「加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞』(文藝春秋)で「大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞」を受賞。『同和と銀行 三菱東京UFJ“汚れ役”の黒い回顧録』『ならずもの 井上雅博伝――ヤフーを作った男』『地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』『国商 最後のフィクサー葛西敬之』(以上、講談社)、『総理の影 菅義偉の正体』(小学館)、『鬼才 伝説の編集人 齋藤十一』(幻冬舎)など著書多数。文藝春秋で『地面師』続編を連載中

 ノンフィクションは今、厳しい時代にあります。雑誌の廃刊や部数減少で、雑誌ジャーナリズムそのものが廃れてきているのが昨今の現状。これまで月刊誌や週刊誌には、社員記者を鍛える伝統があったり、フリーのライターと一定の契約をして書かせたり、各社スタイルの違いはあっても、現場で取材をして記事を書く記者としての訓練の場になっていました。しかし、雑誌そのものが売れないために、人員を絞り取材費を絞り、ノウハウの蓄積が失われています。

 新聞ジャーナリズムも同様です。紙面を減らし、人を減らし、働き方改革もあって与えられた仕事のほか、記者が独自のテーマで追いかけ続ける余力がないのではないでしょうか。取材の足腰が弱くなっていると感じます。

 書く場が減ることによって、ノンフィクションそのものが崩壊してしまうのではないかという危機を感じています。そうしたなかで、今回は3回に分けて、新聞や雑誌の取材現場で足腰を鍛えられたノンフィクションライターの作品を取り上げました。

圧倒的な調査量で史実を突き付ける

『奪還 日本人難民6万人を救った男』 城内康伸著、新潮社

「これまでほとんど知られることがなかった史実を掘り起こした作品」/画像クリックでAmazonページへ
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 圧倒的な取材と調査量で、多くの人が知らなかった史実を明らかにしたのが『奪還 日本人難民6万人を救った男』。

 第2次大戦の終戦直後、朝鮮半島には約70万人の民間邦人が住んでいた。南朝鮮地域では早々に引き揚げが始まり、翌春までに完了するも、北朝鮮地域では進駐したソ連軍により北緯38度線が封鎖。北朝鮮地域で日本人の正式な引き揚げ事業が始まる1946年12月までの約1年半、難民となった在留邦人は、満州から南下した人を含め推定32万人。民間邦人のうち、27万人以上が自分の足で南朝鮮地域に脱出し、2万6000人以上が飢えと病で死亡した。

 取り残された日本人のために、朝鮮半島や旧ソ連との人脈を駆使して奔走し、約6万人の脱出を手助けした一民間人である松村義士男のドキュメントであり、同時に、凄惨な状況を知る引き揚げ史の側面ももっています。

 著書の城内康伸さんは、中日新聞社(東京新聞)でソウル支局長、北京特派員などを歴任し、朝鮮半島および中国に関して深い知見をもつ人。戦後80年を目前に控え、存命の方たちを探し当て、直接話を聞くことができるぎりぎりのタイミングだったことでしょう。本人は、もう少し取材したかったと言っていました。当初は、内容が堅過ぎて売れないのではないかと思われたようですが、これまでほとんど知られることがなかった史実を掘り起こした作品。まさに城内さんの取材の蓄積がなければできなかった、胸に迫る一冊です。ぜひ多くの人に読んでほしいと思います。

離島の農協を舞台にした巨額横領疑惑に迫る

『対馬の海に沈む』 窪田新之助著、集英社

「違和感を掘り下げていくことで、別の構図が見えてくるのは、ノンフィクションライターの仕事の醍醐味です」/画像クリックでAmazonページへ
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 ある男の死から、農協のJA共済、いわゆる保険事業で起こった横領疑惑の真相に迫っていく、まさしくルポルタージュの形式をとった本です。

 死んだ男は、対馬という人口3万人ほどの離島の農協(JA対馬)で、日本一のセールスマンになり、何度も表彰されている。死後の調査で明らかになったのは22億円を超える横領疑惑。何が起きていたのか、共犯者がいたのではないかという仮説を立て、過去の広報誌や映像を調べ、島中を歩き回って取材をしていく過程で、農協の共済システムそのものに不正の温床があるのではないかという背景を浮かび上がらせていきます。

 台風などで物件が被害を受けると多めに保険金を請求し、その分、被害者にも多めにお金を渡すことで自分ももうかる仕組み。手口は保険金詐欺に通じるものですが、何十人もの顧客の印鑑と通帳を預かり、契約と解約を繰り返した。それでも発覚しなかったのはなぜか。顧客にも金が入る、職員も「自爆営業」を強いられる過大なノルマから救われるという、謎が解き明かされていく。

 自分が感じた違和感を掘り下げていくことで別の構図が見えてくるのは、ノンフィクションライターの書き手として醍醐味のひとつ。JAグループの日本農業新聞の元記者である著者が、多くの人が気に留めていなかった事件を追って、一般には知られていない農協の実態までを描いていくという手法が斬新で魅力的な作品です。

終の棲家(すみか)から見えてくる、高級とは何か

『ルポ超高級老人ホーム』 甚野博則著、ダイヤモンド社

「高齢化が進む世間の興味をすくい上げ、今の時代を切り取っている本です」/画像クリックでAmazonページへ
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 2025年、団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となり、約5人に1人の割合になります。親の問題、あるいは自身の将来を考えて、老後をどこで生活するのかは、多くの人にとって大きな関心事でしょう。

 老人ホームといえば、食堂にあるテレビのチャンネルを巡って口論をするなど、入居者同士のささいな小競り合いもある共同生活の場を一般的には想像するかもしれませんが、超がつく高級老人ホームでも実態は同じなのか。入居一時金は数千万円~数億円、月々の利用料が数十万円の全国の施設を取材し、入居者やスタッフから話を聞き、潜入取材や業務体験を行ってその実態を明らかにしたルポ。

 豪華客船さながらのアクティビティと食事、快適なサービスがある施設もあれば、なかには「入居者カースト」というべきコミュニティが出来上がっている施設や、経費削減優先で調味料はカビだらけの悪徳施設もある。大企業の経営者など社会的に成功したとされる人や大物といわれる人たちがどんな終末を迎えるのか、やっかみも含めた世間の興味をすくい上げ、今の時代を切り取っています。

 著者は自民党の幹事長や経済再生担当大臣などを歴任した甘利明氏の金銭疑惑などをスクープした『週刊文春』のエース記者で、フリーランスとなりノンフィクションライターに転じた人。介護の問題についても著書があり、今後の作品にも期待している作家です。

取材・文/中城邦子 構成/市川史樹(日経BOOKプラス) 写真/吉澤咲子